第56話 後悔と、お見舞いと、麻婆ナス

「なあ、わしを殺してくれんか。あんたの不思議な力で」


 訪ねてきた俺にシゲさんはそう切り出した。


「どうしてそんな事を言うんだ」

「孫に川へ遊びに行ったらと薦めたのはわしなんじゃ」

「シゲさんは悪くないだろう。田舎に来るのに水着を用意してきたって事は、シゲさんが言わなくて川に行っていたさ」

「わしのせいなんじゃ。わしを殺してくれんか。あんたの不思議な力で。そして、その命を孫にやってほしい」


「そこまで覚悟があるなら、飴の光る成分を与えてみる?」

「それで助かるのなら、何でもするわい」


 車を運転して、シゲさんと病院に行く。

 マスコミがついてきた。


 病院はお盆の休日で玄関が閉まっている。

 夜間に出入りできるオートロック付きの通用口の前に立つ。

 シゲさんがインターホンで話し、入れて貰った。


 マスコミはここから入れない。

 強行突破するような記者はいないみたいだ。


 休日の病院は照明も落ちていて、寂しげな印象だ。

 患者もいなければ職員もいない。

 ガランとしたロビーを出て廊下を歩く。

 俺達の足音だけが響く。


 ナースステーションだけは煌々こうこうと灯りが点いている。

 人の気配もあって少しほっとした。


 面会に来た事を伝え、病室に行く。


「よく面会を許してもらえたね」

「重症じゃから」


 そうか、明日をも知れないから、会わせてくれたのか。

 病室に入る。

 子供には色々な機械が取り付けられていて、付き添いのシゲさんの息子夫婦と思われる人達がいる。


「わしが見ておく。ジュースでも飲んでこい」

「お父さん」


 息子さんの咎めるような目つき。


「一生のお願いじゃ」


 涙ながらにシゲさんが言うと、息子夫婦は黙って病室から出ていった。

 さて始めますか。


 俺は持って来た回復のバスタオルを掛けた。

 子供に変化はない。


 やっぱり、エリクサーが頼りか。

 粉をどうやって食わせよう。

 粉を水に溶けば飲ませやすいが、

 意識がないのに液体を飲ませるのは危険だ


 医者ならエリクサーの成分を抽出して、点滴したりするんだろうな。


「わしがやる」


 俺が躊躇していると、シゲさんが指にエリクサーの粉を付けて、管の隙間から無理やり口に押し込んだ


 ピクリと子供の指が動いた。

 そして子供の目が開いた。


 シゲさんは泣いていて言葉が出ないようだ。

 俺はシゲさんを残して病室を後にした。


 どことなく、暗い廊下が明るく見えた。

 物悲しい雰囲気も吹き飛んだようだ。


 通用口を出るとマスコミに囲まれた。


「医療行為をしたのですか?」

「してない。お見舞いにきただけだ」


 そう言って、俺は家に帰った。


 ナスが沢山あるので、お昼ご飯は麻婆ナスにする事にした。

 こってりしたのだけだと飽きるので、キュウリとナスをスライスして塩で揉んだ。

 ポテトサラダも作るか。


 ナスをぶつ切りにして、ひき肉とフライパンで炒める。

 麻婆の素を入れて、それから溶いた片栗粉を入れる。

 味見してみると、安定の美味さだ。

 市販のこういうのは誰が作っても美味い。


 キュウリとナスの塩揉みは熟成が足りないな。

 もう少し寝かせておいた方が美味いだろ。

 沢山作ったから晩御飯にはちょうど良いはずだ。


 茹でておいたジャガイモを潰して、マヨネーズを入れる。

 キュウリと玉ねぎのスライスしたのも入れる。

 良くかき混ぜたら、塩こしょうで味を調え、完成だ。


 麻婆ナスをおかずにご飯をかき込む。

 暑い夏は辛い物が美味い。


 汗をかきながら食った。

 ポテトサラダを食って、辛いのを緩和する。

 キュウリとナスの塩揉みを食う。

 さっぱりした味で、暑さが和らぐようだ。


 ご飯をお替わりしてしまった。

 ご馳走様でした。


 テレビをつけると、ニュースをやっていた。

 俺の事はやってない。

 ワイドショーじゃないから、低俗な題材は扱わないか。


 玄関のチャイムが鳴った。

 出てみるとシゲさんが水滴の滴るスイカを持って立っていた。


「その様子だと上手くいったみたいだな」

「ああ、感謝のしようがない」

「俺は見舞いに行っただけだ」

「そうじゃな」


 スイカを割って食う。

 助かったのか。

 シゲさん、良かったな。

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