第33話 才華と、眷属と、シイタケの醤油炒め

 今日は晴れ。

 玄関のチャイムが鳴る。

 朝から来客とは、珍しいな。

 隣の家のおすそ分けだろうか。

 玄関を開けると知らない女性。

 セミロングで黒髪。

 眼鏡を掛けていて知的な感じがする。

 清潔感はあるから、オタク臭はしない。

 新しく引っ越して来たのかな。


「私、才華と言います。伝説の殺し屋さん」


 俺は驚いた。

 それは掲示板で俺の事を指す名前だ。


「何の事かな?」

畑山はたけやま創太そうたさん、惚けても無理です。松ぼっくりの指紋を繋ぎ合わせてあなたのと照合してあります」


 くそう、失敗した。

 量販店のパソコンは手袋をして触ったが、松ぼっくりには素手で触ってしまった。

 なにか上手い言い訳は。

 駄目だ思いつかない。

 そうだ。


「副業で松ぼっくりを売ったんだよ」

「表に停めてある自転車のタイヤ痕が神社の物と一致してます。靴の跡もです」


 くそう。

 あれっ、こいつ誰だ。

 警察なら、警察ですって言うはずだ。


「おっ、お前、誰なんだ」

「鑑識です」


「ちっ警察か。分かったよ。逮捕すると良い。どうせ執行猶予がつくだろう。次は医療行為を匂わせる言葉は使わない」

「逮捕するつもりはありません。負けたのが悔しいだけです。あなたの技術が知りたい」

「俺は一般人だぞ。治ったとすれば思い込みだ。全ては思い込みだ」

「失礼」


 才華はカッターナイフで指を切ると、俺の首にあるタオルを手に取った。


「ほら、傷が治った。大体、重要な物は身近に置いておくものです」


 才華は傷が治った指を見せつけた。


「くっ」

「このタオルに細胞を治す薬が染み込ませてあるんですか。この薬はどちらで手に入れられました。あなたの事は学歴から就職先まで調べてあります。薬品に対する化学知識はないはずです」


 何にも言えない。

 困ったぞ。

 異世界の事を言ったらどうなる。

 国が異世界との行き来を管理するようになるんだろうな。

 外圧なんかが掛かると、侵略するような未来もあるかも知れない。

 それは嫌だ。


「信じてくれるか分からないが、俺が喋ると死人が出る。おそらく万の単位でだ。すまん言えない」

「逮捕しますと言ってもですか」

「さっきも言ったが、執行猶予が付くだろう」


「仕方ありませんね」


 バチッと音がして、俺は気を失った。

 気が付いたら意識が朦朧として縛られていた。


「自白剤を使いました。あなたから聞いた方法では、異世界にどうやっても繋がらないのですが」

「繋がらないよ。俺がダンジョンメイカーだから」

「本物の能力者には初めて会いました。とっても興味があります。どうすれば異世界に行けると思います」

「俺の眷属になるしかないな」


「ではそうしましょう」


 いきなりキスされた。


「うっぷ、何を」

「これで私はあなたの物です。さあ異世界に繋いで下さい」

「俺は秘密を全部喋ったか?」

「ええ、世界滅亡の事なども聞きました」


「そうか」


 俺はロープを解かれて地蔵様にミニトマトをお供えした。

 境界が山の斜面に切り替わる。


「これがなんです」

「見えないのか?」

「ええ、何も。どうやら眷属にはなってないみたいですね」


 押し倒された。

 畑の真ん中で婿に行けないような行為をされた。


「初めてだったんだな」

「ええ、些細な事です。おかげで異世界に行けそうです」

「見えるのか」

「はい、山の斜面が」


 才華を俺が眷属として認めてしまったという事だな。

 心理的な要因が大きいらしいから。


「仕方ないな。少しだけだぞ」


 右手にシイタケの袋を持って、左手に才華の手を握り、おすそ分けスタンピードを起こした。

 しばらくして、牛の大きさの狼が現れた。


「遺伝子改良というわけではないのですね」


 才華はすたすたと歩き、狼にペンぐらいの何かを刺した。

 倒れる狼。


「何をしたんだ?」

「像も倒れる麻酔薬を打ちました。空気圧で自動注入する優れものです。投げてよし、専用銃で撃ち出すのもよしです」

「分かったろう。ここが異世界だって」

「いえ、ある国家が秘密裏に研究しているエリアかも知れません。転移の条件はあれですが。遺伝子情報がキーになっているのかも知れませんし」

「帰るぞ。シイタケで1品作るから食べていけ」


 畑に才華と帰った。

 シイタケを切りプライパンで炒める。

 醤油で味付けして、七味を振り掛ける。


 シイタケの醤油炒めだ。


「頂きます」

「頂きます」


 シイタケは美味かったが、才華の真意が読めない。

 この女、何がしたいのだ。


「私、彼氏にするなら対極の人物か、私を上回る人物と決めてました」

「はぁ、俺がそれに合格しちまったって事ね」


「そうですね。異世界に行ける能力者。ある意味対極です。自転車と靴は処分した方が良いですよ」

「自転車、県外の知人にでもあげるよ」


「私がタイヤを換えてあげます。それから持って行くと良いでしょう」

「今の靴は異世界に捨てて来る。これから神社に行くときは靴にビニールを履かせるさ」

「靴はそれで良いでしょう。異世界にはこれからも連れてってくれますよね。デートです」

「仕方ないな。出会いは強引だけど、関係を結んでしまったし、彼女として異世界の知人に紹介するよ」

「楽しみです」


 放っておくとこの女は何をしでかすか分からない。

 そんな危険性を感じる。

 相棒が欲しいなと思ったがこんなのじゃない。

 どちらかと言えば、相棒でなくて悪の秘密組織の幹部みたいだ。

 だけど、行動力はあるみたいだから、何かの助けにはなるだろう。

 地球滅亡回避のヒントを貰えるかも知れない。

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