第29話 猟師と、産業と、ツルムラサキの玉子炒め

 天気が良くなって、家庭菜園の作物が沢山採れるようになった。

 キュウリが15本、ミニトマトが25個、ナスが2個、ピーマンが2個、インゲンが30本、ミニカボチャが2個。

 それとモロヘイヤとツルムラサキが、小さなざる一つ。

 一人で暮らすには余る。

 近所も畑をやっている家が多いから、野菜のおすそ分けはあまり喜ばれない。

 一週間に1回も持って行くと嫌がられる。

 異世界におすそ分けスタンピードしよう。


 どこに持って行こうかな。

 エイザークとクルームとユークスには何時も持って行っているし。


 残るのは村と砂漠なんだけど。

 村は嫁取り攻勢が激しくって、つい足が遠のく。

 村に若い男を連れて行く、方法も思いついてない。

 パスだな。


 砂漠は何もない所だから、飽きるんだよね。

 砂漠に出ようにもおっかないモンスターがいる。

 パスだな。


 ミニトマトをお供えしてみるか。

 さあ、どこに出るかな。


 山の斜面に出た。

 また、人がいなさそうな所だな。

 境界からは出ない。

 モンスターがいる可能性があるからだ。

 しばらく、畑仕事をする。


 男が境界に立っているのに気が付いた。

 じっとこちらを見てる。

 武装は弓と山刀。


 毛皮のチョッキを着ている。

 山賊のような出で立ちだが、目が優しい。


「野菜でも食っていくか」


 俺は声を掛けた。


「ああ、ご馳走になろう」


 俺はこの男なら大丈夫だと、キュウリとミニトマトでおすそ分けスタンピードを起こした。


「どうだ、美味いぞ」


 俺はキュウリとミニトマトを食ってみせた。

 男もキュウリとミニトマトを食う。


 男がにかっと笑い、握手を求めて来た。


「俺は猟師のガガシムだ」

「俺はソウタだ」


「あんたは山の神かね」

「いや、普通の人間だ」

「だが、雰囲気がなぁ。大いなる土の気配がする」


「農夫だからな」

「そうか農夫か」


「若い男とか余ってないか?」

「そりゃあ、3男以降は大抵村を出るが、都会に行く。金になるからな」


「金が問題か。食い扶持が稼げない事にはな」


 俺が嫁取りを勧められたのは畑を持っているからだろう。

 小作農でもないしな。

 狭い畑だが4人ぐらいの野菜は作れる。

 米とか、肉とか、調味料は買わないといけないけど。


 それと、俺はめんどくさいので、冷凍食品にも結構頼るがな。

 思考がそれた。

 とにかく耕す土地がない事には始まらない。

 開拓はしんどいだろうな。

 あの村に男が来ない理由が分かった。

 産業を起こすしかないんだよな。


 まあ無理だな。

 日本でも過疎はどうにもならない。

 俺の今くらしている隣組も最初は12軒ほどあった。

 それが2軒減って10軒。

 そのうちの若い跡取りがいる家は俺を含めて3軒。


 年寄りが死んだら、3軒しか残らない。

 隣の隣組は5軒ほどが人の住んでいない家になっている。

 日本でもこんなだよ。

 解決策などありはしない。


 あの村は若い女性がいるだけ、先が明るい。

 でも、産業は難しい。

 地球から際限なく物が持ち出せれば別だが、そんなのは産業を起こしたとは言えない。

 F1でない種は持っていっても問題ない。

 F1は一代交配で、種を採って植えると、不味い原種に戻ってしまう。


 F1はおいといても、品種改良された野菜は色々と弱い。

 病気や、虫、それに肥料。

 種を分けてあげれば良いという物ではない。


 美味くて収量が上がっても、病気で全滅とかありえる。

 土地の野菜はまず間違いがない。

 その土地で昔から作り続けているからだ。


「産業を起こすなら何だと思う」


 目の前の男に聞いてみた。


「染物か。陶芸だな」


 おう、なかなか博識だな。


「理由は何だ?」

「染物は山の植物で染められる。俺のかあちゃんも小遣い稼ぎにやっているぞ。陶芸は良い土があればな」


 その時、村に行く為の供え物のツルムラサキの事が頭に浮かんだ。

 ツルムラサキの実は服に付くと紫の色になって落ちない。

 染物に使っている人がいると聞いた事がある。


「綺麗な紫の布はどうだ。売れるか?」

「紫は高貴な色だな。場所によっては高く売れる」


 決まりだな。

 村にツルムラサキの種を持ち込もう。

 今回は良い収穫になった。

 だが、今年種を分けたとして、村にツルムラサキの種が出来るのは来年の秋だな。

 まあ、良いさ。

 気長にやろう。


 一つ懸案が片付いた。

 ツルムラサキで何か一品作って夕飯にしよう。

 ツルムラサキの玉子炒めというか玉子とじだな。


 ツルムラサキを炒めて、火が通ったら、溶いた玉子を入れてかき混ぜる。

 塩コショウで味付けして完成だ。


 ツルムラサキは少し泥臭いが油で炒めると、それが薄れるような気がする。

 ほうれん草と似た味で美味い。

 ほうれん草特有のえぐみみたいな物はない。

 ご飯が進む。

 ついでにビールもだ。

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