第15話 モロヘイヤと、砂漠と、梅酒水割り

 エルフの聖域とドワーフの謁見の間にダンジョンを接続したあとナスをお供えした。

 境界から向こうが暗闇に切り替わる。

 真上は、日本の青く晴れた空だ。

 ほっとした。

 暗闇に漂流したんじゃないかと思ったからだ。

 日本と切り離されたわけじゃない。

 ナスが駄目だったんだな。


 切り替えの仕組みに不具合が起きたのかも知れない。

 分からないから、放置しておこう。

 ナスが不味いという事だけ覚えておけばいいな。


 仕方ない。

 お供えはモロヘイヤにしておこう。


 境界から先が砂漠に切り替わる。

 ほへぇ、見渡す限り砂だな。

 ちょっと観光してみたいな。


 その時、遠くで砂が柱の様に噴き上がった。

 何だ、怪獣でも出てくるのか。

 俺の視線は釘付けだ。


 出て来たのはミミズの化け物。

 どのぐらい距離があるのか分からないが、ミミズの化け物は300メートルぐらいの大きさはありそうだ。


 そして、それはこちらに向かってきた。


「ひっ」


 俺はしゃがんだ。

 足は固まって動かない。

 とっさにしゃがんでどうするんだと思っているが動けない。


 ミミズの化け物は境界に当たり跳ね飛ばされた。

 凄いな境界。

 微塵も揺るがないぞ。


 ミミズの化け物は諦めたのか砂に潜ってどこかに行ってしまった。

 あんなのがいるんじゃ観光は出来ないな。


 砂漠を恨めしそうに見ていたら、むくむくと砂が動いた。

 またモンスターか。

 それはラクダみたいな動物に乗った人だった。

 頭に帽子を被り、その上に氷の塊が載っている。


 涼しいだろうが、氷の塊は重いだろう。

 その人は、畑を見つけたようだ。

 俺の方に進んで来た。


「魔法使いに告ぐ。水を寄越せ。さもないと攻撃する」


 反り返った剣を抜いて威嚇する男。

 水ぐらい別にあげても構わないけど、円滑な取引と行きたい。


「やってみろ」


 男は剣で散々斬りつけて、そしてへばった。


「【水魔法、氷解】」


 頭の上の氷の一部が水に変わると、それを飲み始めた。


「ぷはぁ、なんて硬い結界だ。くそう、魔力さえ十分なら、こんな事にはならなかったのに」


 そろそろ、話を聞いてもらえるかな。


「疑問なんだけど、魔法で水を出せないの?」

「ふははっ、魔法の素人か。結界を張った主人を出せ」

「俺が主人なんだな」


「何っ! この結界はどうした。物凄い魔力が要るはずだ。妖精族ならともかく人間にできるはずない」

「これはダンジョンなんだよ。ダンジョンの床や壁は壊せないのを知っているだろう」

「なんとダンジョンの中に住んでいるのか。可能か? 物資さえ手に入るなら可能か。畑があるぐらいだからな」

「納得したか」


「済まない。氷が少なくなってきたので頭に血が昇ってた。頼むから水を分けてくれ。お礼ならいくらでも払う」

「じゃ、商談といこうか。俺のダンジョンは準備中なんだよ。アイテムは出せるが。そちらからは物は受け取れない。受け取れるのは魔法だけだ」

「くそう、魔力は足りないんだ。余分な魔法は掛けられない」

「じゃあ、ツケにしておいてやるよ」


 アイテムじゃないと不味いんだよな。

 キュウリのジュースなんか良いんだが。

 照りをくらって生りが少し悪いので、在庫が十分でない。


 よし、梅紫蘇ジュースにしよう。

 梅干しをつけた汁に砂糖を入れて水で薄める。

 塩分も摂れるので熱中症対策になる一品だ。


 俺はピッチャーに入れた梅紫蘇ジュースを差し出した。


「鮮やかな赤紫色だが、毒ではないだろうな」

「疑うのなら、飲まなくても良いぞ」

「いや頂こう」


 男は銅製のコップを取り出すと梅紫蘇ジュースを飲んだ。


「ぷはぁ、体に染み渡る味だな。疲れが吹き飛んだようだ」


 俺は梅酒の水割りでも飲もうかな。

 家に帰ると梅酒をコップに3分の1ほどいれ、氷を入れて水を注いだ。

 梅酒が水と混ざって、湯気のような模様がコップの中で揺らめいた。


 一気に呷る。

 ぷはぁ、美味い。

 梅の酸味と氷砂糖の甘さ、ホワイトリカーの酒精が混ざっていい塩梅だ。

 氷がカラカラと音を立てた。


 お替わりを飲もう。

 外を見るとまだあの男が立って居た。


 頭の上には赤紫の氷の塊がある。

 傍に行くと、こんな事を言い始めた。


「あれはマナポーションだったんだな」

「なんかポーションになっているらしいよ。それより水は魔法で出せないの?」

「砂漠は水気が無い。雨季ならともかく、そうでない時期は、莫大な魔力を使って、少しの水しか出せないんだ」


 ああ、大気中の水分を集めるのね。

 納得した。

 凍らせるのはそんなに魔力を使わないのかも知れない。


「ツケがあったな。どんな魔法が得意だ」

「幻だ。蜃気楼を見せる」


 うわ、要らない魔法だな。


「他にはないのか?」

「方角を知る魔法も得意だな」


 もっと要らない。

 そうだ。


「水を集める魔法は得意じゃないのか」

「もちろん熟達している。砂漠では必須だ」

「いいねえ。コップの内側に水が溜まるように魔法を掛けてくれ」

「分かった。【水魔法、生水】」


 やった、除湿器だ。

 エアコンは除湿でも、体調が悪くなるんだよ。

 この魔法は、一日ぐらいしか持たないのか。

 ちょっと残念だ。

 1ヶ月ぐらい持てばいいのに。


「水の魔石とか知らないか?」

「砂漠にいる人間には酷な質問だな。海のモンスターなら持っているらしい。砂漠では貴重品だから、買えない。俺も喉から手が出るぐらい欲しい」


 気長に探すか。

 ドワーフ王国は水とは縁がなさそうだな。

 エルフの所も森だ。

 まあ気長に行こう。

 そのうち海と繋がるだろう。

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