一章 傲慢王女は帰りたくない④

「だっ……だれだアンタ!」

 とつぜんちんにゆうしやに買い付けに来ていた商人は顔をみにくゆがませた。

「その上半値にまで値切っておいて特別も何もないわ」

「なんだと!? ……あ、いやその」

 しかし上等な衣服と後ろの護衛の騎士達を見て貴族階級だと気がついたのだろう。たんにペコペコと低姿勢になる。

「いえ、大声を出して申し訳ありません。ですがねぇ、男爵家との契約で決まってるんですよ。きっちりこぶし大より大きな果物を納入するってね」

 わたしはちらりとプルーネを積んだカゴを見た。

「なるほど、だから買い取ってやるだけでも感謝しろと言うわけね」

「あ、あのう!」

 それまで事の成り行きを見ていた農民が初めて口を開いた。

「す、すみません。でも、その、取引のじやをしないで頂いてもよろしいでしょうか」

 勇気をしぼっているのかにぎりこぶしをふるわせている。

(そうよね、彼のような農民が貴族に逆らうだなんてとんでもない事だもの)

「ユスティネ様、いい加減にして下さいよ。早く戻りましょう!」

 後から追いかけてきたアンが私の手を引いた。

 しかしわたしはその手を振りはらった。

いやよ。だってなつとくできないもの」

 アンは不可解とばかりに顔をしかめた。他の二人も似たような反応だ。

「じゃあ聞くけど、そこにあるカゴいつぱいのプルーネをあなたはどうする気なの?」

「え? そりゃ商品として売りに……」

「どうやって? この果物は収穫するとすぐに甘みがけてあっという間に食べごろが過ぎてしまうのよ。ほかの果物とちがい生で売るには限界があるわ」

「そ、それは……」

 わたしはビシリと指をきつけた。

「どうせほとんどをジャムかジュースにするのでしょう? だったら大きさなんか関係ないじゃない! それだけ恩に着せるのだったら半値と言わず通常の値段で買い取りなさいよ!」

「し、しかし契約が!」

 まだ食い下がろうとする商人に私は右手を突きつけた。

「こぶし大なら大丈夫なんでしょ、ほら」

 わたしは握りこぶしを作ってその横に果物を並べてみせた。

 グローブのような手の男達と違い、ほっそりと小さなわたしの握りこぶしと比べれば、果物は十分に大きいと言えた。

「分かったら今回はこれで良しとしなさいな。それから、次から契約書には握りこぶしなんてあいまいなものじゃなく、きっちり目方で測れる数字を入れなさい。それと同時に納入出来なかった時の取り決めまでしっかりさいするのよ」

「そんな……っく、分かりました」

 商人はくやしそうにするが、いい加減な契約書を作っておきながら不測の事態になった途端に一方的に責任を押しつけようとする方が悪い。

 しかし……。

「や、めて下さい! 何てことを言うんですか!?」

 ほぼ半値で捨て売られそうになったプルーネの取引を正規の値段に戻してもらったというのに、農民の男は真っ青になってわたしにってかる。

「え、どうしたんですか? ユスティネ様のおかげで損をせずに済んだじゃないですか」

 アンは事態がみ込めてないらしく意味が分からないという顔だ。

 しかしそれも商人の男がいた、腹立ちまぎれの台詞せりふこおり付いた。

「くそっ……ほら、約束の代金だ。今回ははらいますがね、だが次からアンタとの取引はなしだ! 男爵にも伝えといてくれ!」

 商人の言葉に農民は顔色を変えた。

「ああ! 待って下さい、小さい果物の値段は半値で結構ですから!」

「ふん、お貴族様に逆らえってのか? ごめんだね、これっきりにしてくれ」

「ま、待って! 待って下さい!」

 農民は取りすがったが、商人はいかりもあらわにあらあらしく帰っていった。

 うなれる農民を見てアンが決まり悪そうにしている。

「あ、あの、ごめんなさい。謝って済む問題じゃないのは分かっていますが、その、ユスティネ様は貴方あなたを助けたいと思って……」

 しかしいかりだすかと思われた彼は、よれよれの服と同じ、少しくたびれたがおでゆっくりうなずいた。

「……はい、分かっています。今回は残念でしたがまた取引先を探してみますよ」

「うっ……ごめんなさい、ごめんなさいっ!」

「顔を上げて下さい、大丈夫。貴方が謝る事はありませんよ」

 なんとも驚いたことに、農民はこのおよんでも誰かをにくんだり怒ったりするつもりはないようだった。そうして、わたしにすらあいに満ちた笑顔を向けてくる。

「おじようさまもどうかお気になさらずに。人間ばんさいおうが馬と言いますしね」

(ああ、この人はなんて……なんて……)

 わたしはたまらず息を吸い込んだ。


「この……おけ──っ! そんなんだからいつまでってもさくしゆされる側なのよ! いい加減目を覚ましなさいっ!」


 広大な果樹園にわたしのたけびがひびわたった。

「なっ……な、ななな……!」

 あまりの事に口もきけなくなったアンは、完全にわたしに対してヤバイ人かなにかを見る目だ。農民も先程までのそうな空気はどこへやら、すっかりほうけた顔になっている。

「まずはさっきの取引だけど、聞いていたでしょう? アイツは貴方の農園の商品になんくせつけてたけど、いいように安く値切って不当な利益を得ようとしていたのよ? そんな信用のおけない人間との取引なんてこっちから切り捨ててやりなさいよ」

「は、はあ、でも」

「でもじゃないわ。さっきあなた、自分で言っていたじゃない。なんで味がいのに値段を下げられなければいけないのよ。むしろ高値で取引しなさいよ」

「え!? いや、いくらなんでも高値は無理ですよ」

 農民はあわてて首を振った。

 いくら口で説明しても分かってもらえそうもない。

 だったらと、わたしはカゴに置かれたままのプルーネをつかんだ。

「ふうん、そう。ならもういっそこのまま捨ててやろうかしら」

「え? あ、そ、そんな!」

「捨てるような値段で売ってもいいような、どうでもいいものなのでしょう? お金だったら支払ってやるわよ、あなたが価値を認めないならその通りにしてやるんだから!」

 もちろん本気で捨てるつもりではない。

「い、嫌だ! めろ──!」


「その辺にしておいてあげて下さい、ユスティネ王女」


 冷たい感情のこもらない声は、わたしの動きを止めるのに十分な存在感を持っていた。

 振り返ればそこには何事にも動じない絶対れいひとみがあった。

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