一章 傲慢王女は帰りたくない③

 アン達を意識的に名前で呼ぶようにしてから一週間がった。

 あれ以来かなり彼女達との関係が改善されたような気がする。今日はアンが中心になり、三時のお茶の用意をしてくれている。アンと交代でつくシエナはまだまだ態度が硬いので、アンが当番の日は私もうれしい。

 しかし、かんじんの問題については全く解決していない。

「やっぱりリュークはわたしがきらいなのかしら? こんなに美人で可愛かわいいのに」

「…………。当主様はき嫌いで態度を分ける方ではありませんよ。ついでにしゆうでも」

「だってもう一週間よ。仮にも婚約者がりようようしているのに、一週間ほうっておくだなんてありえる?」

「えー……それは、その。……おそらくですが、ユスティネ様に最後にお会いした時がそのう……」

「最後? ああ、あれは我ながら誠心誠意立派に謝罪できたわよね!」

 最近は話を合わせてあいづちをうってくれていたアンが、何故か目をらす。あれ、なんでそんな気まずい顔なの?

 あれから色々考えたのだが、やはりリューク本人となんとか話は出来ないだろうか。

 だって嫌われている原因のほとんどが誤解なのだから、ちゃんと話せばそんなことするような子じゃないって分かるはず。そう思って食事や移動の時間を見計らって会いに行こうとしたのだが、いずれもいそがしいだとか外出してるだとかで断られ続けている。

(これはちがいない、完全にけられている)

 それに気がついたわたしがしようちんし、泣く泣く言われた通り王都に帰っていく……というのが彼の筋書きなのだろう。

 確かに並のれいじようなら避けられ続けて傷心し、ていこうする気力をなくすかもしれない。

 記念すべき二十三回目のお断りをじゆうに告げられかたふるわせていると、あわれに思ったのかアンがなぐさめるように声をけてきた。

「そう気を落とさないで下さい、ユスティネ様。実際このところ当主様はぼうなんですよ。そもそも城にいらっしゃる時間自体が少ないんです」

 わたしが肩を震わせていたのは気落ちしていたからではなくいかりのためだが、そこはあえてていせいする事はあるまい。

「ふーん……。じゃあ昼間に部屋に行っても会える可能性は低いって事ね」

 アンはこくこくとうなずいた。

「ということは、こちらからむかえてやればいいって事よね。それなら善は急げだわ」

 今度はげんな顔で首をかしげた。

「アン、出発の準備をしてちょうだい!」

 心を入れえたとはいえ、わたしはユスティネ王女様なのである。



 気候は厳しく天候は悪い日が多く。

 しかしまれに現れる晴天の日の美しさはらしいものであると評判のバルテリンク。今日は幸いなことにその素晴らしい日に当たったらしい。

「うっわあああ! 広い! 大きい! 素晴らしいわ!」

 思わずかんたんの声を上げる。

 さわやかな青空の下どこまでも続く平原と緑のコントラストがえている。遠くに見えるさんりようは雪で光りかがやいていてまるでげんそう世界そのものだ。ふうこうめいな光景は心が洗われるような美しさだった。

(やっぱり世界は広いなぁ。これほどの平原がどこまでも続いていくこんな風景は王都では絶対にお目に掛かれないもの)

「ユスティネ様、あまり乗り出されますと馬車から転がり落ちてしまいますよ」

 大興奮のわたしとは裏腹にアンは落ち着いた様子だ。

 外から来た人間にとってはげき的でも、彼女にとっては子どもの頃から見慣れた景色で、さほどの感動はないようだった。しかしそれでも生まれ育った場所を賛美されるのは嬉しいものらしく、まんざらでもなさそうにしている。

「そろそろ目的地のブルの街が見えてきましたよ。この近辺にほかの街はありませんから、きっと警備中のご当主様達が小休止に使うはずです」

 王都から連れてきた王宮達に警護されながら馬車を走らせ数刻。リュークが立ち寄るであろう街に先回りした。

 名付けて『城で会えないなら城の外まで押しかけてやろう作戦』である。

 うん、そのまんまだわね!

「ふっ……あははははは! 今日があなたのねんの納め時よ。かくなさい、リューク!」

「ユ、ユスティネ様、馬車でおうちはおめ下さい」

「絶対につかまえてギャフンと……いいえ、『申し訳ありませんでした王女様、どうかいやしい自分とのこんやくりようしようして下さい』って言わせてやるわ! あ痛!」

「ああほら、だからちゃんと座らないと危ないですって」

 てんじように思い切り頭を打ちつけた頃、馬車は街の入り口にとうちやくしたのだった。


 さて、着いたはいいがまだリューク達が来ていないということで、わたしとアンは街はずれの丘の上にある果樹園をプラプラと散歩していた。何故なぜって? 楽しそうだから!

「ブルの街はベイルだんしやく家のちよつかつで、特に農業が盛んなんですよ。なんでも代々伝わる特別な魔法をお持ちとか。この町以外にも昔から農地を持っていますし、人が住むには不便な場所ばかりですが土地の保有量だけならご当主様に次ぐのではないでしょうか」

「へえ、バルテリンクの気候は植物の生育に向かないって聞いたことがあるけど、そういう人もいるのね」

 おかの上に広がる果樹園は、すでにしゆうかくが終わっているらしく葉を落とし始めていた。近くに無造作に貯蔵されている収穫物はよく見知ったプルーネという果物だったが、一般的なものよりも一回りサイズが小さいように思えた。

 丁度そこら辺で作業していた農民らしきボロ着の男性にたのんでみると、いかにも人のよさそうな彼は試食だと言ってプルーネを一つプレゼントしてくれた。

「ふうん。サイズは小さいけど、色つやはいいわね」

「ええ、もちろんです! 雨量が足りないと大きくは育たないのですが、むしろ降水量が少ない時の果実の方が甘みが増して美味おいしいんですよ」

 彼は心から嬉しそうに語った。

 そういえばバルテリンクに来たばかりの頃しよくたくに出た、小さいけれどとても甘いプルーネに驚いた記憶がある。あれはこの辺りの果樹園でれたものだったのかもしれない。

 早速一口かじると、あのたまらない味わいが口の中に広がった。

「美味しい……!」

 わたしが思わず感嘆の声をらすと農民の男はまんざらでもなさそうに「へへ……」と笑う。

 その時遠くの方から呼びかける声が聞こえ、農民はあわててそちらの方へけて行った。

「まいったな! ああ、こんなものを店で出せやしない」

「申し訳ありません、今年はどうしても天候の関係で育ちが悪く……」

「いや、仕方ないのは分かっているよ? 俺だってなんとかしてやりたいんだ。だけど見てくれよ、王都のプルーネと比べたらとても同じ果物だとは思えないだろう?」

 どうやら商人が果樹園に商品の引き取りに来たらしい。やたら大きな声で納品される果物の不作をうつたえている。

「なんだかさわがしいわね」

おそらくああやってこうしようして、もっと安い値段で取引したいのでしょう。バルテリンクでは大きく育った果物が好まれますからね」

 アンはそう言いながらチラチラと丘の下に見える市場のあたりを気にしている。

 だけどわたしは、二人の間でなされている会話が気に入らなかった。

「さあそろそろご当主様も到着するでしょうし、市場にもどりましょう。ユスティネ様……ユスティネ様!?」

 商人と農民の間にはそろそろ落としどころを見つけようかという空気が流れていた。

「本当なら農園で穫れないのならよそで買ってでも用意して欲しいぐらいなんだよ。だがまぁ、困っているならおたがい様だからな。他ならぬアンタのためだ。今回は半値で仕入れてやるよ、特別だぞ?」

「ほ、本当ですか!? それで十分で……」

「なにぼけた事を言ってるのよ。いくら契約だからといって買って納めろは言いすぎでしょ!」

 わたしが今にもあくしゆをしそうな勢いの二人の間に割って入ると、飛び上がらんばかりにおどろかれた。

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