一章 傲慢王女は帰りたくない⑤

「リュ、リューク……。なんでここに?」

「ご自分がどれだけ目立つ容姿なのか自覚がないのですか? 街で、あれはだれかと散々聞かれました。ここまで追ってくるのは難しくありませんでしたよ」

 ようぼうに関してはそっちだって同じようなものだろうと言いたいが、こちらは『正体不明の』という前置きがつく分、悪目立ちをしてしまったらしい。

(……で、このおおさわぎをもくげきされてしまったのね)

 はたから見たらこのじようきようがどう映るのかに気がつき、血の気が引く思いがした。

 わたしは悪者ではないと、いじめをしてまわっているといううわさは全部デマだとうつたえるためにこんな場所まで追いかけてきたというのに。

 今のわたしは完全に、地元の農民をいじめるあくれいじようの姿そのものではないか。

「ご当主様、よくぞ止めて下さいました! ひどいのですよ、ユスティネ様ったらただでさえこの方の商売のじやをしてしまったのに、その上大切なプルーネを捨てようとしたんです!」

(ああ! 確かにその通りなんだけど!)

 ごていねいにもアンがこれまでの経緯いきさつをあれこれ説明しまくった。リュークはただそれを静かに聞いているが、さぞかし酷い悪魔だと思っている事だろう。

(……お、終わった……!)

 暗雲を背負っているわたしをよそに彼は農民に向きなおった。

「ハンス・ベイルだんしやく。ユスティネ王女がめいわくをかけたようですまなかった」

 ……うん?

「今、男爵って言った?」

 この辺りを管理する、大農家のベイル男爵家。

「ユスティネ……王女殿でんでいらっしゃいますか!? まさか、そんな!」

「あなたこそ貴族なの? うそでしょ、欠片かけらも見えないわ!」

 おたがいの正体におどろき合うわたし達をしりにリュークは話を続けた。

「思うに、ユスティネ王女は貴方に怒って欲しかったのだと思う」

「え?」

「王女は貴方の仕事をいたく気に入ったようだ。その期待にこたえ、今後は相応の値段で取引するようにたのむ」

「ええ!?」

 農民……ではなくハンスは再び驚いた。

 いや、驚いたのはわたしも同様だった。

「い、今の行動が、どこをどうやったらそういうかいしやくになるんですか!?」

「そうですよ! ユスティネ様はやっぱり噂通りのごうまん王女だったんです!」

 アンまでいつしよになって責めてくる。つらい。

 しかし残念ながらこれがつうの反応なのだろう。

 リュークは少し考えてから口を開いた。

「……王女が捨てようとした時に感じた気持ちと同じものを、貴方が価値あるものを買いたたかれている時に彼女も感じたのではないか?」

「えっ……!」

けんきよひかえめなのは美徳だが、それも過ぎれば一方的に利用されるだけだ。王女はおそらく、それが許せなかったのだろう」

 その場がしんと静まった。

 アンとハンスは思いもよらなかったわたしの行動の裏にある気持ちを知って。

 そしてわたしは、リュークが自分の気持ちを言い当てたことに驚いてだまり込んだ。

(一方的に怒られるかと思ったのに……)

 安心すると共に、何故なぜ分かったのだろうかという疑問でまじまじと彼の顔を見つめた。見過ぎたせいで目が合ったがプイと視線を外されてしまった。

「ユ、ユスティネ様。あの、あたしその……誤解を……」

 アンが何かを言いかけるが、結局もごもごとつぶやいた声は聞こえなかった。

「い、いえ。なんでもないです」

「?」

 アンの様子は気になるが、それよりも今はせっかく会えたリュークだ。

 ハンスといくつか言葉をわしていた彼は、話が終わるとさっさと馬にまたがった。

「リューク、ちょっと待ってよ! 話があるの」

 彼はろくり向こうともしない。

「こんな場所まで来て頂いてすみませんが、今は本当に無理です。帰り道はよく慣れた者を一人お貸ししますから、気をつけてお帰り下さい」

 言葉通り、丁度向こうから団員らしき人物がけてくるのが見えた。彼の指示だろうか。

 話す事などないとでもいうような背中に思わずさけんだ。

「リューク! そんなにわたしに王都に帰って欲しいの!?」

 いつしゆんちんもくの後、馬上から投げかけられた彼の瞳はどこまでも冷たくこおり付いているようだった。

「ええ。一日でも早くバルテリンクから立ち去って頂けるよう願っています」



 これは、本当に無理かもしれない。

 さすがのわたしも、そう思わずにはいられなかった。

 帰りの馬車で黙り込んでいると、アンがあれこれ話しかけてくれたがそれどころではなかった。

(こうなったら仕方ない。何かほかに助かる道はないか考えなきゃ……)

 気分を変えたくて馬車の小窓を開けると、馬でそばを走っていた辺境騎士と目が合った。

「いやあ、リューク様のエスコートではなく申し訳ありません! 最近はとなりのキウル国との関係が悪化したせいであちこちけいかいする必要があるんですよ」

 もくな王宮騎士達とちがい、こちらの騎士達はずいぶんと親しみやすい。

 あいまいうなずいていると、彼は思いもかけなかった事を言ってきた。

「それにしても、あんなに慌てたリューク様は初めて見ましたよ。この街にユスティネ王女殿下らしき人物が現れたと聞いて、あっという間に先に行っちまいましたからね。いやあ、若いってのはいいもんですな」

「………なんですって?」

 おかしな報告を聞いて、そういえばと思い返す。

(よく考えたら、なんで市場から出てあんなところまで来たのかしら。わたしに会いに……はないとして、何かしでかしてないかかんに? じゆうも付けずにわざわざ一人で?)

「なんでなのかしら」

 思わず口に出していた。

 それを聞きつけた騎士は大声で笑った。

「そりゃあ王女殿下が心配だったからに決まってますよ。急に王女殿下が予定にない事をなさったから何かあったのかと気をもんだのでしょう」

(……心配? リュークがわたしを?)

 そんな事があり得るだろうか。

 しかし今思えば、さわぎを止めていた時の彼はどこかほっとしたというか、気のけたような顔をしてはいなかっただろうか。



 その夜、わたしはとても思いなやんでいた。

 結局何一つ問題が解決していない。

 それに……。

(結局リュークはわたしを追い返したいの? そんなにきらいならなんで血相を変えて心配なんかするの? ああ、こんなのは『前回』のあの時と同じじゃない、モヤモヤする!)

 やがて時間がつにつれてじわじわといかりがいてくる。

(無愛想で、冷たくて、何を考えてるか全然分からない。どうせならてつてい的にいやなヤツでいてくれたらよかったのに!)

 一度だけなら、会う方法はある。

 前世であまりにもひますぎて、城中をうろつき回った際に気が付いた『奥の手』だ。

 ただ正直、わりと好き放題やっているわたしでもどうかと思う方法なのでちゆうちよしていたのだが。

(ええい、どうせ分からないなら、いっそこれ以上ないほどドン底まで嫌われてスッキリした方がずっとマシよ。最後に言いたい事全部言ってやろうじゃないの)

 そう腹を決めるとにんまり笑った。

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