第12話 調査開始

(取り敢えず、これで僕の疑いは晴れたと思って良いのだろうか)


 札幌方面中央署から大通りの方面へと向かう道すがら、僕はどことなくふわふわとした不安感を足に纏わり付かせて歩道を歩いていた。既に昼頃だ。今朝は道路に染みついていた筈の雨は、夏の強烈な日差ですっかり霧散したらしい。


 ……いや、あの刑事の目……。


 取り敢えず追究する材料がないので、僕に情報を落としてどういう反応をするか見ていた、という感じか。


 そんな馬鹿な、とは思いながらも、話を聞く限りあのバスで無事だったのは僕と道地君であることは確からしい。客観的に見なくても、ちょっと変だと思う。


 そもそも、突然死の原因は一体何だ?


 秋葉から聞いた、都市伝説による死亡数の増加説はどこまでマトモに受け取って良いのか。


 昨晩、ダークウェブで見た掲示板。


 ミトリ様、とは……。


 思考がそこに至ったところで僕は立ち止まる。丁度前方の信号が赤を示したところだ。


 ……困ったな。分からないことだらけだ。


 その上、警察に眼を付けられたとあっては街も歩きにくい。というか、仕事に支障が出たら困る……。なにしろ、この手の仕事は一歩間違えれば攻撃、つまり犯罪行為に抵触するから、顧客とトラブルでも起こしたら、どんなやっかみを付けて署に引っ張り込まれるか分かったものじゃない。


 僕はハッと気が付いた。

 もうこの事件に片足どころか腰まで漬かっているじゃないか。


 道地君から話を聞いている時は、なんだか世の中不思議なこともあるんだなあと呑気なことを考えてたのに。


 気が付けば大通公園に差し当たっていた。ここは札幌の零点とも言うべき場所で、この都市の住所はこの大通公園から北と南へ一条、二条……と碁盤上の通りを進む度に増えていくのだ。そういうわけで、札幌の人間は一度住所を聞けば大体場所が分かる程の土地勘がある。


 さて、どうするか。


 公園の敷地内では噴水が上がっていた。辺りではこの暑さでも元気な子供達が水の飛沫に当たって喜んでいる。


 まずは手堅い所から当たってみよう、と僕は思った。


 そして、大通り公園の南へ向かう。既に夏の盛りで、道路が照り返す太陽の熱が鬱陶しい。


 *


 名刺の住所を見ながら通りを進んでいくと、狸小路のアーケード街にほど近い雑居ビルに、冴羽の務める事務所があった。僕は何度となく名刺に書いている住所とスマートフォンで確認している今の現在地を見比べた。


 本当にここなのか?


 雑誌の編集社と聞いていたから、何となく小中規模のビルのフロアを借りているようなイメージだったのだが、今僕の目の前にあるビルというと、地上階がラーメン屋で、その入り口から右手に人一人が通れる程度の細い入り口があり、割と昇るのが大変そうな急角度の階段が見える、古びた建物だ。


 二階の窓を見ると、<月刊ヨミ>というボールド体のシールが窓に貼ってあったので、とうとう僕は観念して細い階段を昇り始めた。


 ……そりゃあ、雑誌社と言ってもピンキリなのは分かるけど、こりゃあんまりのボロさじゃないか。しかも一階がラーメン屋とは。以前引っ越しの時に不動産屋から聞いたのだが、下の階が飲食店の物件は害虫が良く出ると聞いたことがある……。


 恐る恐る磨りガラス付きのアルミ扉をノックすると、中から何かがバタバタと落ちた音がして、秋葉がにゅっと頭を出した。


「あらあ。南戸さんじゃないですかあ」


「やあ。昨日はどうもありがとう」


「いえいえ。……冴羽さんですか?」


「いや、秋葉さんに聞きたいことがあったんだ。アポ無しで悪いんだけど」


 秋葉は小さな溜息を吐いて苦笑した。


「いっすよ。別に。暇なんで……」


「悪いね」


 秋葉は得意そうに大きな眼鏡中指で押し上げる。


「で、何ですか? 聞きたいことって」

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