第13話 月刊ヨミでの解読

 <月刊ヨミ>の事務所は、ビルの外観から感じた印象と殆ど相違なく狭くて汚い空間だった。基本的に通路は半身になってようやく通れる程度のスペースで、事務所の真ん中に据えられている大型のテーブルを仕切りで区切って各編集員の作業スペースとしているようだが、正直僕には境目なんてものは無いように見えた。どの机にも、大量のコピー用紙や書籍のタワーが乱立しており、どうやら倒れたらしい散乱した書類の上に、さらにタワーが築き上げられているのだ。


 ここ、消防法とか大丈夫なんだろうか?


 そんな混沌としたデスクの上でも、秋葉は手近なスペースの書類をざっと払いのけてスペースを作ってくれた。


「取り敢えず、座ってください。ご覧の通り応接スペースなんてないんで狭くて申し訳無いんですけど。えーと……缶コーヒーしかありません」


「うん……じゃあそれで」


 すると、秋葉は事務所の隅にあるダンボール箱をバキバキと開き始めた。何をしているのかと思ったら、中からブラックの缶コーヒーを一缶出して僕にくれた。


 ……なるほど。

 

 取り敢えず、常温の缶コーヒーを机の隅に置いてから、僕はノートパソコンをバッグから取り出して開いた。


 PCの画面には既に、僕がこの間閲覧したダークウェブの掲示板が表示されている。普段持ち歩いているトートバッグにはポケットWifiとモバイルバッテリーを入れているので、どこでもインターネットに接続した状態でパソコンを利用出来る。


「ちょっとこれを見て欲しいんだけど」


「何ですかこれ?」


 秋葉は温い缶コーヒーに口を付けながら画面を覗く。


「……ミトリ様?」


「ちょっと調べ物をしていてヒットしたんだけど、僕にはこの掲示板に書いてあることが良く分からなくてね。なんだか知らない専門用語がバンバン飛び交ってるし、どことなく怪文書風だし……」


 僕はノートパソコンのタッチパネルを操作して、幾つかの書き込みを見せた。すると、秋葉は微笑んで言った。


「こりゃあ確かに怪文書ですねえ。混乱したでしょう」


「まあ。……この、主語がまず分からないんだな。『能戸向け 今夜二十二時ピン』って書いてある。『能戸』って何なんだろう?」


「ああ、それはきっとあれです。例えば、匿名掲示板で不特定多数に呼びかけるときに『ぽまいら』とか、『あきとし』……じゃないや、『としあき』なんて言うことあるでしょう?それと同じなんです。この掲示板では無駄な文化を無駄に継承していったりするから……」


「なるほど。『能戸』イコール『おまいら』、ね。……『ピン』ってのは?」


「それは分かりません」


 僕は秋葉の顔を見た。目許にぐっと皺を寄せて肩をすくめる。


「……いやいや、私だって対して知らない掲示板の怪文書をパッと見せられて意味を理解できるワケじゃないですからね。こういうの、大抵数日はROMって様子を見るものじゃないですか」


 まあそれはそうなのだが、この掲示板には一つ厄介な規約があるのだ。


 会員は一月あたり一定数以上の発言をしなければならない。


 そして、規定となる発言数は明示されていない、ということは二言三言喋ったくらいではBANを喰らう可能性がある。それどころか、消極的な会員は目に見えないボーダーに怯えなければならない。


「そういえば、冴羽はここでどういう話をしているんだろう……」


「ああ、それなら」


 そう言って横から秋葉が俺の前に腕を伸ばして操作し始めた。画面に別の板が表示される。


「なんだこれ」


 板のタイトルには「【告発】札幌月刊誌Yの闇【文書】3」と書いてある。内容は荒唐無稽なものばかりで、「月刊誌Yは裏で札幌の経済界と繋がりがある」だの「宇宙人らしき人影が事務所を出入りしている目撃談がある」だの「実は存在しない」だの……それも、そういうことを「暴露」しているのは殆ど一人のユーザーで、他の書き込みは半ば盲目的にそれを信じ、わざわざ購入した月刊誌Yの内容をを批難しているようだ。これは……。

 

「ステマですね」


「ステマかあ」


 どうやら冴羽がこの「暴露」を行っている奴だろう。ユーザー名は「月刊Yの闇を暴く」。これでは炎上商法のためにアカウントを作ったようなものじゃないか。


 まさしく商魂だ。


 ……いや、商魂と言っては冴羽に失礼かも知れない。何しろ、彼女にしたらあくまで真面目に世界の危機を訴えているのだから。そういうことなら、彼女のこの広報活動だって彼女の芯から一切ぶれていないのか。

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