第11話 取り調べ

 翌日、僕は道地君との約束で札幌方面中央署に赴き、いわゆる事情聴取というやつを受けることになった。容疑者もはっきりしていないのに被害者扱いとはてんでおかしな感じがするが、必要なのだと頼まれたら僕に断る理由は無い。普通に、その晩道地君と焼き肉屋で飲んでいたことから、バスで運賃台に頭をぶつけたところまでを、一生懸命思い出しながら説明した。


 ところで、僕の事情聴取に使われた一室(一応取調室というやつらしい)に道地君の姿は無かった。不思議に思って開け放したままの扉の向こうに拡がるデスクを眺めたが、取り調べを担当する刑事に扉を閉められ、こう聞かれた。


「ところで、バスには運転手と、優先席に座っていた女性、田原、南戸さんの他に搭乗者はいなかったんですかね」


 え? と、僕は一瞬呆然としてしまった。一体何を聞かれているんだ?


 ……いや、そういえば、バスの乗客はまだいたはずだ。今の今まですっかり忘れていたが、バス後方座席で談笑していた一団――


「ち、違います。確か、後方座席に若者が――たしか、三人の若者がいた。……いましたよね?」


 「いましたよね?」という僕の問いには答えず、目の前の刑事が手元の書類に眼を落としながら「三人の若者」と僕の言葉を反芻しながら何かを書き込む。

 

「それで、その三人の若者についてなにか憶えていますか?」


「……たしか、スマートフォンを三人で見ていて、大声で笑っていたような。それで、道地君――田原が不快だ、というようなことを話しました」


「その三人について、面識は?」


「ありません」


 どうしてこんなことを聞かれるんだろうか。


(……あ)


 そこで思い至ったのが、過去のハッキングによる逮捕歴だった。未成年だったので、最終的には前科ではなく「前歴」というものが僕の経歴に付くことになったが、そのときの記録は警察のデータベースにはまだ残っているはずだ。


 僕は、刑事たちの目付きがどことなく暗い理由が分かった。


(これは、犯罪者を見る目付きか)


 彼らの中で、ハッカーという仮想世界の脅威が現実で起こっていることと、どう関連付けようとしているのかは検討も付かないが、とにかくこの場では下手なことは言えないということは分かった。


「ところで、今はどんな仕事を?」


「IT系です」


「会社員?」


「自営業ですよ」


「若いのに大変でしょう」


「まあ……そうですね」


 ……というように、僕は、恐らく刑事は既に知っているであろう僕の情報を聞かれるままに答えていく。特に、最近の人間関係は特に時間が割かれ、念入りな聴取が行われた。


 とはいえ、交友関係においてはからっきし乾燥している僕であったので、大して質問が深められず、結果「田原道地」と「叔父」、昨日会った「冴羽伊代」の名前が異なる質問への回答として何度も出るのみだったのが、我ながら虚しいところだ。


 数時間の問答の後、ようやく刑事は溜息を吐いてこう言った。


「あの、後方座席の三人ですが。彼らも亡くなっています」


「ええっ!?」


 突然刑事から提示された事実に、僕は驚愕した。


 バスの横っ腹に自動車が数台追突したとは言え、僕の怪我の具合からは大した被害では無いと思っていたのだが――


「そ、そんなに酷かったんですか……あの事故……」


 目の前の刑事は、片眉だけを上げた。


「それが、死因は事故によるものではないかも知れないんですよ。そもそも、バスの損害にしても、まあそう大したものではありません。赤信号で停止していた乗用車が運転手の急死によって交差点を加速してきたわけですから」


「ああ……?」


 僕は勝手に安心しかけたが、バスの損傷が軽微だったからといっても彼ら三人が亡くなったことには変わりない、と考え直して思わずこめかみを揉んだ。


「事故の被害じゃないんだったら、どうして……?」


「運転手や、優先席のご婦人と同じです。原因不明ですよ」


 おもむろに刑事は立ち上がった。部屋の隅で調書を取っていた刑事も素早く立ち上がり、彼が閉めた部屋の扉を開く。


「本日はありがとうございました。また、何かありましたら、お手数ですがお話をお聞かせ頂く場合があるかもしれません」


 そう言って、有無も言わさず僕を送り出すのだった。

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