第8話 球技大会があるらしい


 

 実は来週に年一回の球技大会があり、私とひとみちゃんは卓球のダブルスに出場する事になっている。何も好きでこうなった訳では無い。女子はバレー、バスケから好きな子達でメンバーが決まって行き、余った少人数は卓球のダブルスへ押し込まれる。私とひとみちゃんは最後まで声がかからず、余った人同士で卓球に自動的に決まっただけだ。



 1年生だけで順番制で練習をしていくらしい。てっきり全学年が行うと思っていたけれど、どうやら1年生だけのよう。2,3年生は既に球技大会を経験していると言う事で事前練習はさせてもらえないのだそうだ。


 月曜日から順番に1組、2組……と続いていくようで、私達は明日事前練習を行う事になる。考えてみれば、校庭も体育館も卓球の台も数に限りがあり、一学年全員が同時に出来る訳では無い。


 私は事前にスマホで卓球のルールについて調べてみた。


 シングルとダブルスで若干ルールが違うようで、それを覚えるのにも苦労しそう。卓球のダブルスはテニスと違ってぺアが交互に打たないといけないみたいで、全部をひとみちゃんに任せようと思っていた私の出鼻をくじく。

 

 サーブも対角線上に打たないといけないみたいだし、その他にも色々と複雑なルールがあるようでとても覚えきれない。ひとまず交互に打つと言う事だけ意識して明日に望もうと思う。


 

 翌日の放課後、同じ1年2組の別のもう一つのペアと体育館へ向かう。武藤君と吉田君のペア。2人も私達の様にどこのグループにも属していない、いわゆるボッチキャラ。当然4人の間に会話など無く、球技大会の卓球の闇を見た気がした。


 体育館の中2階に置かれている卓球台をお借りして、4人で試合形式で行ってみた。4人の中に卓球経験者はいないけれど武藤君はある程度ルールを知っている様で、事前に一通り説明してくれた。しかし、いざ始めてみるも全くラリーは続かない。ルールなんて知らなくても良いくらいに何も起こらない。まず、吉田君がサーブを打つ。いや、実は打たない。ボールを上げてラケットを振るも、それは空を切りボールは床にコンコンコン……と転がる。ダブルスの場合、レシーブした人が次のサーブを打つらしいのだけれど、レシーブ役の私はレシーブをしていない。


 とはいえ、レシーブをする筈だった人が次のサーブをする決まりなので、次は私がサーブをする。


 ボールを上げラケットを振る。しかし当たらない。ボールは床を転がる。


 武藤君がサーブを打つ。今度はラケットに当たった。だけれどボールはネットに引っ掛かった。


 次にひとみちゃんがサーブを打つ。ボールは吉田君に向かって跳ねた。吉田君が構える。「おらぁっ!」と声を出してラケットを振ったその上をボールは無情にも通り過ぎて行った。


 そんな事をしながら1時間程練習らしき物をしていたけれど、ハッキリ言ってこの練習の効果は不明で、何の収穫も得られずに事前練習の終了の時間がきてしまう。


 4人共俯いて無言で教室へ戻った。


 教室へ入ると、「家の事あるから私先に帰るね」と言ったひとみちゃんが急いで荷物をまとめると慌ただしく教室から出て行く。武藤君と吉田君も塾があるからといそいそと教室を後にした。


 私も帰ろうとリュックを背負うと、ちょうどサッカーの練習を終えたのか、数人のクラスメイトと共に宮田君が帰って来る。宮田君は私を見かけると、


「館山さん、卓球どうだった?」と問いかけてきた。


 どうだったって……どうもこうもないんだけど上手く説明も出来ず、苦笑を携えて頭を左右に振るだけだった。


「そうだ、館山さん、今から時間ある?」


 唐突に訊かれ、別に用事はないからかぶりを振ると、


「今からもう少し練習しよう。僕が教えるから。こう見えて卓球は結構得意なんだ」


 こう見えてって、どう見たって運動神経の良さそうな宮田君が苦手なはず無いのに。そう心の中で突っ込んでみる。だけど、教わるって言ったってもう事前練習の時間は過ぎちゃったし、今はきっと卓球部が卓を使用していると思うんだけど。


「大丈夫、卓球部に知り合いいるから。さあ、行こう!」


 私の疑問に答えると、白い歯がキランと輝くような錯覚を覚える程に爽やかに笑った宮田君に手を引かれ廊下へ連れ出された。


 え! え! 手?


 幾分ふくよかな私の手を覆いつくす程大きな宮田君の手。その手の熱が全身に伝わり体中が熱くなる。その熱は汗を吹きださせ私の身体中から湿気を帯びた熱気が立ちのぼる。


 廊下をある程度進むと、やっと宮田君は手を解放してくれたけれど、相変わらず私の返事なんて聞かずにどんどん進んでいく。


「佐竹! ちょっと付き合って」


 卓球場に着くと宮田君は知り合いと思しき男子生徒に声をかけ、手招きすると事情を説明した。佐竹と呼ばれた男の子は私を一瞥すると怪訝そうな顔で私と宮田君を見比べる。そりゃ、クラスで人気者の宮田君がこんなデブで陰気な女子を連れてくれば疑問に思うはず。いたたまれなくなり俯いていると、


「いいよ。30分な」


 佐竹君はそう言うと空いている卓球台へ歩みを進める。年季の入ったラケットを手渡されそれを握るも、


「館山さん、握り方が違うよ」と言った宮田君が私の手を掴み正しい握り方に整えてくれる。その手を握られたまま私は台の前に移動させられた。


 佐竹君と対峙するように立った位置で宮田君は私の背後に寄り添うと右手で私の右手を掴み、左手は私のくぼみの無い腰に添えられた。私の背中にピッタリ寄り添う宮田君に、佐竹君の方がポカンとして固まってしまう。


 宮田、正気か?


 そう顔に書いてある佐竹君を見て増々いたたまれなくなる。体中から汗が吹き出し、絶対汗臭いよ。


「よし、佐竹、打ってくれ」


 いまだに固まっていた佐竹君が我に返り、「ああ、いくぞ」と言ってボールを打ってきた。私は操り人形の様に宮田君に操作され佐竹君の打ったボールを打ち返す。それをまた佐竹君が返し、またそれを打ち返す。信じられない事にラリーは続く。私はただ脱力し宮田君に身を委ねているだけだ。


 カコンカコン……


 子気味の良いラリーの音が響く。私の腕が重いからか、次第に宮田君の呼吸が上がってきて、


「はあ……はあ……」と言う吐息が私の耳をかすめる。訳の分からない熱が篭ってきて、もう私は殆ど放心状態だった。


 しばらく操り人形状態だった私をようやく解放した宮田君は、


「はあはあ……じゃあ……一人でやってみよう……はあ……」


 私の右腕がいったい何キロあるのか知らないけれど、その重量のラケットを持ってラリーをしていたのと同じなのだから宮田君が疲労困ぱいするのも無理はない。申し訳なくなるけれど、私は先程宮田君に動かされた動きを再現して素振りをしてみる。出来るかもしれない。


「じゃあいくよ?」


 佐竹君はそう言って再びサーブを打ってきた。さっきの動きを思い出しながら右手を振る。ボールはラケットに当たり佐竹君へ跳ね返した。


「お!」と背後から宮田君の声が聞こえる。


 佐竹君は私が打ち返しやすい様にゆっくりとしたボールを私に返す。同じ要領で打ち返す。だけれど私が打ち返したボールはネットに引っ掛かった。


「良い感じじゃん」


 宮田君が呼吸を整えながら再度私に近付く。


「もう少しこう、腰を落として。で左足を右足より前に。こうやって」


 宮田君は再度私の腰に両手で触れると、少し落とすようにと少し下に押す。さらに膝の裏から左脚に触れ少し前に移動させるようにと押し出す。脚に直に触れられて心臓が口から飛び出しそう。もはや卓球どころではなくなってしまった私はその後まともにボールを打ち返す事なんて出来なかった。

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