第9話 にわか仕込みはやっぱりダメで



 そうして迎えた球技大会。


 私とひとみちゃんは会場となる体育館の中2階にいた。


 トーナメント表を2人で確認し、私たちは3番目、1年4組のペアと対戦するようだ。


「佳澄ちゃん、勝ちたい?」


 所在なく2人で佇んでいると徐にひとみちゃんが口を開いた。


 勝ちたいか? 正直、それ程でもない。私は曖昧に首をひねる。事前練習ではひとみちゃんは4人の中では一番まともで、私も宮田君のコーチのおかげで少しはボールを返せるようになっている。4組のペアの実力は未知数だけれど、私たちもそれなりにやれるかもしれない。


「ま、それなりにやろうね」


 ひとみちゃんはそう結論を出したようだ。


*


「姫、初陣を飾るでござるよ!」


 1年4組のペアの体格の大きい女の子の方が対峙した私たちを見て隣の女の子に発破をかける。腕組みをして私たちを睨みつけるその女の子は私と同じような体型で、銀縁の眼鏡をかけ、何故か体中から汗をかき髪が額に張り付いている。体操着には「中山」と書かれていた。姫と呼ばれた女の子の方はとても小さくて華奢で、同じく赤縁の眼鏡をかけたショートボブの子だった。発破を掛けられたその女の子も、「おう!」と答えて腰に両手を当てた。


 再度、卓球競技の闇を見た気がした。


「館山さん! 佐野さん! 頑張って!」


 突然聞こえてきたエールに驚いて振り返ると、宮田君が右こぶしを握り、左手はメガホンの様に口の前でカタチを作り私たちの応援をしていた。

 わざわざ応援に来てくれたんだ。


 そう思うと嬉しいと思うも、同時に申し訳ない気持ちにもなって来る。特訓もしてもらったし頑張らないと。

 そう気合いを入れて4組のペアと対峙する。


 試合が始まり、4組がサーブ権を得る。中山さんは掌にボールを乗せると何故か小刻みに手を震わせたかと思うと、信じられないくらい高くボールを上げる。ダンっ! という床を蹴る音と共にラケット外へ滑らすかのような動きで繰り出されたサーブは、真っすぐ私に向かって弾んできた。


 これなら返せるかも。


 先日の宮田君との特訓を思い出し、腰を落としラケットを振る。しかしボールは私のラケットに当たると明後日の方向へ飛んで行ってしまった。 


「サアアアッ!」


 中山さんはそう叫ぶと大袈裟にガッツポーズをする。


 あれ? 返せると思ったのにな。


「ガチの奴だよ……」


 私の隣でボソっとひとみちゃんが呟いた。


「スピンかけて来てるからアレは返せないよ、佳澄ちゃん」


 中山さんは腕組みをすると私を見てニヤリとした。こんな素人相手にムキにならなくても……。


 気を取り直して私のサーブだ。慎重に狙いを定めて姫さんの方へボールを打つ。上手く跳ねてくれたボールを姫さんはひとみちゃんへボールを返す。ひとみちゃんもなんとか中山さんに返す。


「デブの方を狙うのじゃ!」


 姫さんが聞き捨てのならない言葉を中山さんに叫ぶ。


「承知!」と返した中山さんは大きく振り被った。


「だあああっ!」


 パシン! と、思い切り振り抜いた中山さんのボールは早すぎて全く見えなくて、アレ? っと思った時には私のおでこに衝撃が走る。どうやらボールは身動き一つ出来なかった私のおでこに直撃したようで、ボールはおでこに当たるとポーンと跳ねて行った。


「サアアアアアッ!!」


 再び中山さんが雄たけびを上げ派手なガッツポーズする。軽い卓球のボールだけどあの速度で直撃すると結構痛い。あまりの衝撃に立ち尽くしてしまい、軽くおでこをさすりながら申し訳ないと言う表情でひとみちゃん見た。ひとみちゃんは頬っぺたを膨らませて私のおでこを見ている。どうしたの? 不思議に思い首を傾げると、


「……ぷっ……お、おでこ……あ、赤くなってるよ……ぐふっ……」と口にした。笑いを堪えているんだろうと理解した私は、笑うなんて酷いと思いながらも、久しぶりのひとみちゃんの笑顔にときめいていた。ひとみちゃんが笑ってくれるならこのくらいなんでもない。ひとみちゃんが笑ってくれる事があるなら私のおでこくらい安いものだ。

 自分でそう心得て気持ちを切り替え試合へと意識を戻した。



 

 だけど、その後も試合は一方的で、姫さんも卓球経験者なのかスピンを効かせたボールで私たちを翻弄した。


 「ピーッ! 試合終了! 4組の勝利です」


 審判がそう宣言して私たちの球技大会が終わる。あんな相手ではどれだけ練習したって勝てなかったと思う。



「だーはっはっはっは! おぬしらがわしらに勝つなど100年早いのじゃ!」


 100年も生きているかな? などと考えながら、差し出された手汗まみれの中山さんの右手を握る。ひとみちゃんも遠慮がちに姫さんと握手をしている。


 試合後、握手を求めてきた4組のペア。きっと彼女らは普段の私たちの教室での立ち位置なんて知らないのだろう。


 試合はコテンパンに負けたけれど、不思議と高揚感に包まれていた。





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