第7話 シュウカイドウに蕾がつく



 あのゴミ捨ての日以降、宮田君は以前よりもさらに私に関わる様になってきた。


 挨拶は勿論の事、休み時間もちょくちょく話しかけて来る。それにただ話しかけて来るばかりでもない。


「館山さん、プリント職員室に運ぶの手伝って」


 この様に彼の手伝いを頼まれることもある。クラス委員の彼は他の生徒に比べて何かと仕事が多い。彼も内気で大人しい私には頼みやすいのか、こういった雑用を私に頼って来ることが多い。これに関して迷惑かと問われれば全然そんな事は無くて、寧ろ気兼ねなく私に頼ってくれることが嬉しくもある。私が手伝う事で宮田君の負担が少しでも軽くなるのであればそれは私も嬉しい。優しさを受け取る分、私も優しさを返したい。


 とはいえ、やはり他のクラスメイトに比べても宮田君が私に関わる頻度は多いような気がする。席が近いとは言えないのにわざわざ私の元へやってきて雑談をしたり雑用を頼んだりする。

 彼には友達が沢山いて、わざわざ私に関わる必要もないと思うのだけど、彼の行動に少しばかり戸惑う。

 私の事を陰でコソコソ揶揄っていた男子生徒達も、クラスで人気の宮田君が私に関わるからなのか、最近ではあまり蔑みの目で見てくることは少なくなってきたような気がする。気のせいかも知れないけれど。クラスの人気者が味方に付く事で彼らの戦意も消失するのかも知れない。それかただ単にシラケたのか。


 逆に女子からはあからさまに嫉妬ややっかみの目を向けられる事が増えてきた。特に清香ちゃんは私と目が合うたびに睨んでくる。そもそも何故、清香ちゃんはそんなにも私を目の敵にするのか少し理解に苦しむ。私など、美人でスタイルの良い彼女にしてみれば月とスッポンで相手にすらならないし、私なんかに危機感を覚えるのもおかしい気がするのだ。


 清香ちゃんが宮田君に少なからず好意や恋心みたいな物を抱いている事は、彼女を見ていれば解るし、それを邪魔しようとも思わないし、寧ろ応援したい。宮田君が清香ちゃんの彼氏になれば私に感心など無くなるだろう。私なんかが清香ちゃんのライバルになどなりえる筈も無いし、初めから勝負になんてなっていない。宮田君だって私なんかを異性として見ていないし私も宮田君をそう言った目で見ていない。私なんかに構わずにもっと宮田君に接近すれば良いのにと思うのに。



その日のお昼休み。空いているひとみちゃんの前の席をお借りして、向かい合ってお弁当を広げた。今日の彼女のおかずは大根を煮たものだった。それだけだ。


 早速、卵焼きとウインナーと冷凍のクリームコロッケをひとみちゃんのお弁当箱に放り込む。最近食欲があまりなくてひとみちゃんに食べてもらう量が増えた気がする。でも、それはそれで良いと思った。食欲がないのに無理に食べる位ならひとみちゃんの胃袋に入った方が良いに決まっている。


 教室には3分の1くらいの生徒が残ってお昼を食べている。食堂へ行く人や、中庭や空き教室で食べる人も多いのだろう。


 そう言えばお昼の時間に清香ちゃんたちを見かけたことがないけれどどこで食べているのだろう。




 お昼寝がしたいというひとみちゃんを置いて私は廊下へ向かう。


 教室を出ると私は1階まで降り、渡り廊下を通って南校舎へ入る。廊下を東へ歩き端にある出入口から校舎を出る。湿気を含んだ生温い風が頬を撫でる。ねずみ色の空はやっぱり憂鬱そうで今にも涙を流しそう。ゴミ捨て場へ向かう通路脇には花壇がいくつかあり、その間にベンチもあるからそこで昼食を取っている生徒もいた。私の目的はシュウカイドウの花。シュウカイドウがどうなっているか気になったのだ。花壇脇のベンチでお喋りの花を咲かせている生徒達を横目にシュウカイドウのある花壇へ向かう。


 宮田君は8月頃咲くと言っていたからそろそろ蕾が付いたかも知れない。


 あ!


 シュウカイドウの花壇に着くと思わず声が漏れた。濃い緑色の葉に間にピンクの蕾が小さなサクランボみたいに垂れていた。

 宮田君は薄いピンク色と言っていたけれど、これは薄いと言うよりは鮮やかなピンクだ。蕾が鮮やかなピンクというだけで花びらは薄いピンクなのかもしれない。

 あらためて蕾たちを観察する。蕾たちは皆俯いていて上を向いている物は無い。木の枝から生えて来る蕾と違ってこの蕾たちは細い茎の先に付いているから重力で俯いてしまうのだろう。その姿がなんだか自分と重なってフっと自嘲気味な吐息を漏らす。

 葉は大きくハート型をしていて色も鮮やかだ。その合間にピンクの蕾たちが下を向いて垂れている。その色のコントラストが綺麗だと思った。


 花言葉は「片想い」って言ってたっけ……


 自分には縁の無い言葉に少しだけ苦笑する。

 

 どんな花が咲くんだろう。可愛いだろうな。少し楽しみな気持ちになり、満足して教室へ戻った。


 教室に戻るとひとみちゃんはまだ机に突っ伏して寝ていた。








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