28 命の共有

 「一度死んで復活する!?」

 

 ダイスケが悲鳴に近い声を上げた。


 「ナビ、ユウマをゾンビにするのかよ!」


 「ダイスケ、落ち着いて。

 ナビさんには彼なりの考えがあるのよ」


 スズナが至極冷静な声を出す。

 しかしその手は震えていて、彼女自身の動揺を隠せていない。

 サーラがキツネに詰め寄った。


 「あたしが許さないからね。

 あるじ様をそんな・・・ひどい目に合わせるなんて!

 ナビ。

 あなたやっぱり、他の神のスパイだったんだわ。

 裏切者め!」


 「ちがうでし」


 ナビはエメラルド色の目をしぱしぱさせて反論した。


 「をれはダーキニー女神からあるじ様に送られた天界AIでしゅ。

 裏切りなんて組み込まれてないでし!

 あるじ様のことが大切なのは、をれだって同じ・・・」


 「ナビ、おまえが思いついた方法を言ってみろ」


 おれが命令すると、彼はうなずいた。

 ぴたっとくっついてくる。


 「この渦は、生身の人間の身体では耐えられない。

 だから、あるじ様には本来の姿に戻ってもらうでしゅ。

 つまり、神としての姿に。

 その後・・・」


 緑色の目が、ユイ、スズナ、ダイスケの三人を一瞥した。


 「この人間たちのうちの一人と、命を共にする。

 そうすれば契約者の寿命が尽きるまで、あるじ様は人間としての存在を維持できるのでしゅ。

 さあ、誰が名乗り出るかな?」


 「仮に・・・その人が途中で亡くなった場合は?」


 おずおずとスズナが言葉を発した。


 「その時は、あるじ様との契約が切れるでしゅね」


 ナビが答えた。


 「でも、人間の異能者は概して生命力に溢れて長生きの傾向があるんでしゅが」


 「他の異能者にやられない限りはね」


 ユイが締めくくるように話した。


 「誰があるじ様と共有するでしゅか?」


 残酷な神獣の問いに、一同は黙った。


 「私がやる」


 沈黙を破ったのは、なんとユイだった。

 下を向いていて表情はうかがえない。


 「スズナは不動明王と契約しているし、ダイスケ君にはハト様がいる。

 私は生まれ持った異能で活動しているだけの人間にすぎないわ。

 それにこの問題をどうにかしないと、他の場所までおかしくなってしまうだろうし・・・。

 だから、私・・・。

 私がユウマと共有する」


 「無茶はよせ!」


 おれは強く言った。


 「土屋さんは、出来なかったら調査だけでいいって言ってたろ。

 まあ、全部始末するなんて言っちまったのはおれだがな、すまん。

 安易な契約を結ぶもんじゃないぞ。

 おまえの命はおまえだけのものだ。

 粗末にするな」


 「ううん、ちゃんと考えたことなの」


 ユイはこげ茶色の乱れたポニーテールを払い、真摯なまなざしをこちらに向けた。

 どきっとするほど美しい。

 

 「8つの時、魔物に母と兄を殺された。

 目の前でね・・・。

 あの金鳶野郎よ。

 ヤタガラスの主神。

 崇徳上皇を名乗ってたけれど、嘘をついている可能性がある。

 いずれにしても、人間に仇をなす魔物よ。

 魔物は一体とて許さない。

 魔物を滅ぼすためならば、喜んで命を差し出すわ」


 「ユイ」


 サーラはうずくまったユイの背を撫で、こう言った。


 「あたしはあるじ様がいなくなって約8世紀も地上を捜し歩いた。

 その間、人間界の光と闇を見て来たわ。

 はっきりいって、ほとんどの人間が闇へと堕ちてしまった。

 だから人間って愚かで邪悪なだけの生物だと思ってたけど」


 銀髪がさらりとゆれた。


 「あなたたちを見て、あたしの考えが間違ってたと思った。

 でもね、ユイ。

 果たしてあなたのお父さんやお母さんは、この選択を喜んでくれるかしら?

 あるじ様と・・・神と命を共有するってことはね」


 優しく撫でていた手が止まる。


 「あなたも半分、人間じゃなくなるってことよ。

 覚悟は出来てるのかしら?」


 「人間じゃなくなる・・・?」


 「半分天界人になるってことでしゅ」


 ユイの疑問にナビが答えた。


 「降魔の力が増長されるし、感覚も天人同様になるでし。

 チミは耐えられるかな?

 人間の肉体を持ちながら、人外の感覚を味わうなんて」


 沈黙が訪れた。

 しばらくして、ユイは答えた。


 「私の考えは変わらない。

 ユウマとこの命を共有する。

 そして、魔を滅ばす。

 二言はない」


 「よくぞ言った」


 ナビは言い、瞬時にして彼女に緑色の稲妻を発射した。

 ユイは気絶している。


 「何をするんだ、ナビ!」


 「あるじ様、彼女に誓いの接吻を」


 ナビがとんでもないことを言い始めた。


 「んなことできるわけないだろ!

  実体はともかく、今のおれは未成年。

  女の子とキスなんて・・・」


 「誓いの儀式でし!

  変な妄想は捨てるでしゅ!」


 ユイはピクリとも動かない。

 このままでは、精神体が傷ついてしまうという。

 おれは覚悟を決めた。

 スズナは顔を青くし、ダイスケはハトと手をつなぎながら震えている。

 サーラは意を決したように話し始めた。


 「天界の精霊・サーラメーヤが立会人となります。

 龍神と人間の娘・ユイの生命の共有の儀を見届けます」


 薄黄金色の光が空から差し、おれとユイを照らし始めた。

 おれは覚悟を決めた。


 「すまない、ユイ。

 おれは・・・今度こそ逃げない」


 彼女の唇は柔らかく、桜の花のようなにおいがした。

 黒木ユウマとして生まれて初めて、おれは女性とキスをした。

 全身から真っ白い電火が発生し、おれとユイの身体を焼く。

 多少の清涼感・・・を伴うが、熱くはないし火傷もしない。

 目を閉じた。

 脳裏に広がったのは、幸せな家庭の一コマだった。


 これは彼女の今までの記憶だろう。


 両親と祖父母。

 3つ年上の兄。

 みんな優しくて、何不自由しない幼少期。

 好きなのは、イチゴのムースケーキ。

 幼稚園の時の一番の親友は、片山ミナちゃん。

 小1のときの怖い先生の名前は、竹口トモコ先生。

 好きな教科は国語と社会で、苦手科目はなし。

 すみ〇こぐらしのキャラを集めていた。


 そんな平穏な生活が、一気に壊された。

 小学校3年の秋。

 思い出したくもないあの日。

 お月見用のススキを狩りに出た時だ。

 怯える彼女の目の前で、金色の鳶が母と兄をついばむ。

 首をやられた母親はカッと目を開き、いまわの言葉を発した。

 誰に?

 ユイに?

 いや・・・。


 「私の娘を守って・・・!」


 彼女はおれに・・・向かって話していた。

 おれがこうすることを予知していたのか?

 ユイの母・ミツキは死んだ。

 その上を、金色の鳶が嬉々として飛ぶ。

 こいつが自称上皇か。

 はてさて、この前会ったやつと雰囲気が違うような気がする。


 「復讐してやる!」


 両手足を折られ、泣き叫ぶユイに無駄だと告げる魔物。

 その鉤爪が少女の腹に食い込みそうに・・・!


 おれは無意識に魔力の刃を飛ばしたようだ。

 魔鳥は両脚をすっぱり切断され、奇妙な叫び声と共に消え去った。


 「この娘には・・・邪神がついておる!」


 そう叫びながら。

 その後ユイは父親に助けられ、悲しみと復讐に燃える日々が続いた。

 退魔師としての地獄の訓練を受け、これまで様々な邪霊を下してきた。

 それでもなお。

 彼女の心は晴れることがない。

 そんな折、父親が大国主命より託宣を賜った。

 源義経―――正体は異国の邪神―――がこの世に蘇ったと。

 父は、敵の敵は味方、とも話す。

 シラネに取り込んでみよう、とも。


 「そんな、騙すようなことをしたって無駄よ。

 相手は邪神といえども神。

 人間が敵うわけないのに」


 ユイはそう言い、父に反抗していたのだが・・・。

 

 初めておれを見た日。

 退魔の仕事を終え、T市を通りかかったその時。

 ああ、おれが記憶を取り戻してすぐ、ユウジやギンコンスに襲われた日だ。

 その時初めて義経の転生体・黒木ユウマを見た。

 そして、どきっとした。

 その感情はまるで・・・。


 「あるじ様、もういいでしゅ!」


 ナビの言葉で我に返った。

 ユイはおれの腕の中で気を失ったきりだ。

 そして悟った。

 自分がもう人間の姿でないことを。

 両腕には白銀色の鱗がぎっしりと生えていたのだ・・・。

 

 

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