29 呪いの石

 「あ、あるじ様!

 こんなに、せ、成長なさって!」


 悲鳴のようなサーラの声が聞こえた。

 他の面々も凍り付いたまま。

 ユイは依然として気絶したままで、ダイスケに介抱されている。

 半分天族になったショックのためだが命に別状はない、と女神ハトが言う。


 見える。

 鏡がないのに、自分の姿が見える。

 真後ろの様子まで見える。

 超人的な能力を獲得したというのに、胸にこみあげるのはただ悲しみだけだった。

 もう人間ではない。

 先祖から受け継いだDNA――肉体を失い、人間としての感覚もない。

 人間だから、という言葉に甘えることができなくなった。


 背丈は前とさほど変わらないが、白樺のように細く、関節が見当たらない。

 筋肉質の両腕には白銀の鱗が生え、指は5本だが薄水色の爪に変わっていた。

 全身の肌が漂白されたように白く、髪の毛はダークブルーで背中の半分ぐらいの長さ。

 彫刻のような顔に、金色の目、瞳孔はネコのように縦状になっている。

 血のように赤い唇、ヘビのようにしなやかな肢体。

 見目よい悪役にふさわしい男になっていた。

 そして、ジャージがものすごく似合ってない。

 

 「成長したって?」


 おれが問うと、サーラはうなずいた。


 「あるじ様がにっくきナンダ龍王により下界に落とされたとき、まだ5歳でしたのに。

 まさかこんなに・・・龍族の青年となられているなんて!」


 「でも、人間に戻れるんだろ」


 おれの言葉に、ナビがうなずいた。


 「さて、ではこの厄介な渦に飛び込むとするか。

 ユイはまだ目を覚ましてないな。

 じゃ、行ってくる」


 「え!

 ユウマ君だけじゃ危ない・・・」


 スズナが親切な言葉を投げかけてくる。

 彼女の様子から、自分は想像を超えたナニカになってしまったのだと悟った。


 「大丈夫。

 スズナはダイスケ、ユイと一緒にここで待機しててくれ。

 中有界だから魔物は出にくいと思うけど、異能者がねえ」


 ヤタガラスや他の異能集団が襲ってきたらたまらない。


 「サーラ、悪いが今回は彼らと一緒にいてくれ。

 ユイがまだ目を覚ましていないし。

 彼らと共に戦い、守ってくれるか?」


 「は・・・い」


 彼女はがっかりしたように言い、銀髪をはらった。

 本当は一番戦力になりそうな彼女を連れて行きたかったのだが、ユイが攻撃されてはせっかくの共有も泡となってしまう。

 

 「ナビ、おまえはこの中でも平気か?」

 

 「大丈夫でしゅ。

 をれ、天界の生き物だから」


 ナビは答え、ふっさりした尻尾を持ち上げた。

 情報収集や操作は得意だが、戦力にはならない。

 しかし。


 「ペンは剣よりも強し、正確な情報は最大の強み。

 おれと一緒に飛び込むぞ」


 「コーン!」


 ナビはいさましく鳴いた。

 なに、おれが二人分戦えばいい。

 

 「ユウマ様」


 女神ハトが丁寧にお辞儀をする。


 「どうぞお気をつけて。

 あたしも本当は一緒に付いていきたいのですが」


 顔を青くして震えているダイスケを見やった。


 「あの子たちを放っておくわけには・・・」


 「分かっているよ、ハト。

 後のことは頼む。

 もしも手に負えない相手だったら、おれを捨てて逃げろ。

 いいな。

 無理して戦うな。

 怪我したら何にもならん」


 「かしこまりました」


 おれは渦に近づいた。

 生臭いが、以前ほど気にならない。

 耐性がついたのだろうか。

 左手にナビを抱え、右手にはキラナ剣。

 一気に飛び降りた。

 重々しい空気が体にまとわりつくが、苦しくはない。

 落ちているはずなのに、異様な浮遊感がある。


 着いた先は、白黒写真の世界だった。

 中有界と似ているが、あちらはセピア色。

 まだぬくもりがある。

 対してこちらは白黒灰色のみの、寒々しい風景が広がっていた。


 「過去の中にいるでしゅ」


 ナビが不安そうに言った。


 「どういうことだ?

 もしかして、時の流れが狂っているとでも?」


 「たぶん、そうでしゅ」


 神狐はそう言うと、不安げにぴたりとくっついてきた。


 「これは人間の歴史ではないみたいでしゅ。

 あるじ様、少ししらべてみるでし」


 ナビを抱いたままおれは異空間をさ迷った。

 彼と自分の姿だけが色付きだ。


 そこは戦場だった。

 しかも、地球ではない。

 なぜならば、戦っている者たちの様子が異形だったから。

 大勢の兵士たち、黒髪黒目で日本人風のがエルフみたいなのを虐殺している。

 その只中に来てしまった。


 「デーヴァ!

 裏切者!

 天の盗人に呪いあれ!」


 耳の尖った兵士らが光の刃で殺される直前、叫んだ。

 哀れ、彼らの頭は銅と離れ離れになると同時に光の粒と化して消滅する。

 

 「謀叛者はみなこうなるのさ。

 弱小ガンダルヴァの分際で!」


 相手方の兵士らが大笑い。

 黒髪黒目(デーヴァ)がエルフ(ガンダルヴァ)をなぶり殺しにしている。

 ガンダルヴァはただ虐殺されるだけで反撃もままならぬ。

 女性のガンダルヴァが殺される光景には、思わず怒りの声を上げてしまった。

 しかし、何にもならない。

 ここではおれは完全に部外者、幽霊よりも空しい存在なのだ。

 彼らはおれを見ようともしない。

 それもそのはず、彼らは過去でありおれは未来から来たよそ者だからだ。

 未来は過去を見ることができる。

 過去は未来を感知することすらできない。


 「テイオリウムは渡さん!

 ガンダルヴァの意地にかけて」


 将軍と思しき男性が石をなでた。

 耳が尖り、りっぱな造りの鎧兜、長いマントを着けている。

 その石―――大きさはリンゴほどしかなく、白黒の風景だというのにまばゆく光っているのが分かる―――が戦争の原因なのか。


 「インドラよ、デーヴァよ、呪われるがいい。

 力を正義と勘違いして精霊族を蹂躙した報いを受けよ。

 我らガンダルヴァは今この時より、テイオリウムに呪いをかける。

 おお、 神の石よ!

 祝福をもたらすべき存在よ!

 汝は今より世界で最も呪われ、世に災厄を招くものとなるのだ」


 将軍はそう言い、短剣で喉をついて果てた。

 どろりとした液体が石にかかり、それは真っ黒い禍々しい物体へと変化する。


 白黒の場面はそこで終わった。

 おれの目の前には、地面にめり込んだ真っ黒な石が現れた。

 それがそもそもの元凶だ。

 金鳶魔王がどこでどうやってこれを得て、地上に落としたかは分からないけど。

 石が発する強烈なマイナスエネルギーが渦を巻いて地上に出ている。

 その周りには、亡者の魂と思しきものがぎっしりと付いていた。

 まるで、船底のタニシのように。


 「異世界の歴史はよく分からんが、早う成仏せい!」


 キラナ剣を一振りすると、それらは甲高い悲鳴と共に消滅した。

 まるで明け方の悪夢のごとく。


 「生きたいよ、もっと生きたいよ!」


 「あたし、死にたくない。

 もっと生きて、彼氏つくって結婚するんだ!」


 「エリナ!

 エリナはどこにいるんだ!

 こうしちゃいられねえよ」


 「おじいちゃん、今度海に連れてってくれるって言ってたのに」


 わうわう、わうわう。

 死者たちの最期の思念が響き渡る。

 思わず歯を食いしばった。

 彼らは生きていたのに。

 それぞれの立場で、境遇で、いろんな思いを抱えて生きていた。

 しかし、あの日。

 あの日にそれがすべて奪われたのだ。


 「金鳶野郎・・・。

 許せねえ」


 「あるじ様!

 気を付けて!」


 ナビの悲鳴で我に返った。

 死者の念が去った後、石から出現したのはガンダルヴァの将軍だった。

 尖り耳の男。

 エルフにも似ているが、服装や装備は完全に(地球上でたとえるならば)東洋風だ。


 「渡さん・・・ワタサン!」


 それはキイキイ声で言い、剣を抜いて飛びかかてきた。

 カキーンと鋭い音がする。

 おれがキラナ剣で受け止めたからだ。


 「うぬがインドラか!

 許さぬ。

 我らガンダルヴァを辱め、乙女をを汚し、宝を盗んだ男など!

 成敗してくれる!」


 「勘違いだぜ」


 おれは叫んだが、耳の尖った男は聞き入れない。

 彼は過去の亡霊だから。


 「あるじ様、こいつは生物じゃないでし!

 手加減不要!」


 「おうさ、戦に慈悲は不要だ」


 おれは剣を握った手に力をこめた。

 刃の大きさが二倍になるが、重さは変わらない。

 電流がまとわりつき、ぴりぴりしている。


 「過去の邪念はこうしてやるぜ!」


 電撃を伴った刃で邪念/将軍の姿をバッサリと斬った。

 相手は実体を持たぬというのに、ふわふわのパンを思いっきり切ったような手ごたえがある。

 

 周囲の空気が変わった。

 将軍の姿は風に吹かれた炎のようにゆがんで消えた。

 呪いの渦が一気に消滅し、石にまとわりついていた亡者どもが白い光を放って天高く上がっていく。

 後に残されたのは、毒リンゴのように黒ずんだ石だ。


 「これがテイオリウムってやつか」


 おれがそれを手に取ると、石は瞬間白く光り、掌におとなしく収まった。

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