27 災禍の爪痕

 「では我々はここで待機してますんで」


 ワゴン車で送ってくれた男性たちが声をかけてきた。

 いずれもシラネの構成員で、最低限の退魔術は使えるらしい。

 おれらはありがとうございます、と言い、車から降りた。

 ここはS市とT市の境目だ。

 むんと腐臭が漂ってくる。


 「瘴気除けの術をかける」


 黒装束のユイが緊張した面持ちでメンバーにシールドを発動した。

 

 「ありがとう。

 なんか体が軽くなったわ」


 紺色の作務衣姿のスズナが数珠を持ちつつ答えた。

 ダイスケとおれはジャージ姿だ。

 動きやすい服装と言えば、これしかないから。


 「ダイスケ、ジャージ破れてもおれが直してやる」


 おれの言葉に、ダイスケがありがとう破れなければいいけど、と言った。

 緊張を通り越して、ガーゴイルのようにこわばっている。


 「ユ、ユウマが裁縫得意なんて、知らなかったぜ」


 「ダイスケ、そんなに固くなるなよ」


 おれが背中をぽん、と叩くと、女神ハトもこう言った。


 「彼、きっと役に立つわ。

 あれから一週間、みっちり特訓したからね」


 「期待してるぜ」


 おれはそう言い、彼と拳を合わせた。

 もとはいじめっ子グループの一員だった男とこうするなんて、人生分からないものだ。

 まあ、ダイスケは脅されてしもべになっていただけだったのだが。

 


 T市の惨状は・・・いや、惨状と言うべきか。

 文字通りなにもない平面と化していた。

 ところどころに置き去りにされている瓦礫だけが、かつてここが人の住まう場所だったことを物語っている。

 幸か不幸か、人の遺体や遺骨は見なかった。

 動物一匹・・・野良犬野良猫どころか、カラスやスズメの類すらいない。

 完全な非生物の風景だった。


 遠くに巨大なトルネードみたいなのがみえた。

 じっと見ていると、それはトルネードではなくガスの塊で、渦を巻きあげつつ地上から空へ吹き上げているのが分かった。

 泣き叫ぶような妙な音、生臭い異臭はこれが原因なのだろう。

 

 「あれのせいね。

 空が変色しているのは」


 スズナが金色に輝く数珠を撫でつつ言った。


 「ナビ、あれの正体は?」


 おれが聞くと、神狐は首を横に振った。


 「分からないでしゅ。

 でもたぶん・・・」


 ふっさりした尾が神経質そうに動く。


 「悲しみの塊、かな。

 怨念が視える形になったモノでしゅ」


 「ふむ。

 おや、お出迎えだぜ」


 土むき出しの部分の、黒い渦みたいなところから這い上がってきた。

 青い肌の小柄な魔物だ。

 猿のように俊敏な動きをしている。

 20匹ほど出現した。


 「ユイのスマホに映ってたのって、これだな」


 おれの言葉に答えるより前に、ユイは弓でそれらを消滅させた。

 驚くべきは、彼女が矢を持っていなかったことだ。

 

 「奥の手を見せちゃったわね」


 彼女は照れ笑いしつつ、説明した。


 「この弓は、先祖代々の退魔師が使っていたものなの。

 もちろん修理していろいろと形を変えているけれどね」


 「フゴー、すげえ!」


 ダイスケが仰天している。


 「矢がないのに攻撃できるんだ」


 「そう」


 ユイはうなずいた。

 

 「霊力で矢を作るの。

 だから人に当たることはない。

 万に一つ当たったとしても、無害よ。

 でも悪霊や魔物には・・・」


 美しい顔に残酷な笑み。


 「そうはいかないわ」


 瘴気の発生源を目指してしばらく歩いた。

 地面の黒い部分からは、青肌の魔物が出現して襲ってくる。

 そのたびにおれらは武器を振るい、お神酒や解呪で死骸を消滅させた。

 一瞬だけ生前の姿―――老女だったり、金髪のヤンキー野郎だったり、中年のおばさんだったり―――に戻り、昇華されるがごとく消えてしまう。

 骨も遺髪も布切れすら残すことなく。

 子供の遺体だった時はさすがに心が痛んだ。


 たぶん1時間ぐらいそれを続けた。

 単純作業だが、霊力を削るのできつい。

 倒しても倒しても地面のよどみから現れてくる。

 これではきりがない。

 ダイスケは空を指さし、こう叫んだ。


 「気を付けろ、何かが飛んできてる!

 鳥?

 いや、骨しかねえよ」


 遠くから白いナニカが飛んでくる。

 小型飛行機なみの大きさだ。


 「あれは飛んでるけど鳥じゃない。

 どれ、あたしの出番ね」


 サーラが言い、白鳥もどきに変化した。

 脚の鉤爪が銀色に光っている。

 猛禽の脚をした水鳥だ。

 驚愕する人間をよそに、彼女はすばやく飛び立つ。

 遠くで凄まじい空中戦が繰り広げられ、サーラは敵の頭蓋骨をもぎ取って勝利した。

 丁寧にもそれをこちらに持ってくる。

 それは・・・人間の頭蓋骨を巨大化したものそっくりだった。

 ビッグスカルだ。


 「これって・・・。

 人のモノではないよね。

 こんな大きな頭してる人なんていないもの。

 巨人なんて存在しないし」


 スズナが恐る恐るいう。

 ナビが口を開いた。


 「誰かこれを清めるでし」

 

 ユイがお神酒をかけると、それはバラバラに・・・複数の頭蓋骨へと姿を変えた。

 その数、数百。


 「どうするべ。

 これ被害者の遺骨だよな。

 運んで鑑定してもらうとか・・・?」


 ダイスケの言葉は途中で終わった。

 頭蓋骨が飛び跳ね、彼に頭突きしたのだ。


 「いてえ!」


 「火葬するのが一番」


 おれは火球を投げつけ、火葬してやった。

 大勢の男女のうめき声が聞こえた。

 同時に頭蓋骨も幻のように消え去った。


 「残念だけど、ここにあるものは皆汚染されてるみたいね」


 ユイがつぶやいた。


 「ふふ、人間はいつも汚れてるだろ」


 おれが言うと、一同は黙った。

 しばらくしてスズナが言う。


 「心の穢れが具現化しているのね。

 一般人は入ることのできない、この場所で・・・」


 「一般人が入れない場所?

 ああっ!」


 おれはあることを閃いた。

 ここは中有界に似ているのかもしれない。



               ―――



 「ここに入るの、これで2度目だよ」


 ダイスケがセピア色の風景を見ながら言った。

 そう、ここはおれが『開いた』中有の世界。

 行動できるのは、神精霊と死者の霊、そして異能者のみ。

 モンスターは入れないのでは?

 そう考えて開いてみた。

 ここにいる間、普通の人間は魔力がないので動くことができない。

 しかし能力者は自在に動き、しかも魔力を(少しずつだが)回復できる。

 そうはいっても、危険はあるとユイは言った。


 「別の能力者に襲われる危険があるわ。

 ヤタガラスとか・・・」


 一刻も早く爆心地に向かい、原因になったモノをどうにかしなくてはならない。

 その後自宅で爆睡するのがいい。


 幸いにも、異能の敵対者には出会わなかった。

 何度か死者の霊らしきモノにすれ違っただけだ。

 かろうじてヒト型と言うだけで、男か女か、老人か若いのかすら判明しない。

 白いもやが何体も通り過ぎ、どこかに消えていくのだ。


 「三途の川を目指して行くのでしょう」


 サーラがしんみりと言った。


 「人間も天界人も、行く末はああなる。

 有意義に生きたいものですね」


 「どれ、目的地に到着したぞ。

 中有界から出るが、用意はいいか?」


 おれが話すと、皆はうなずいた。


 かつて西之森勇学校があった場所。

 そこは直径300メートルほどの巨大な穴になっていた。

 黒い瘴気が渦を巻いて満ち、空に向かって勢いよく吹き上げている。

 

 「ヤバくないかこれ」


 ダイスケが真っ青になっている。


 「上昇して・・・まさか雨みたく妖怪が降り注ぐわけじゃないだろうな」


 「嫌な予想ね」


 ユイも顔をしかめている。


 「日本全土、いや世界中で魔物が発生したらと思うと、気が気じゃないわ」


 「退魔師の数も限られてるしね」


 スズナが話に参加した。

 白い鉢巻をつけている。

 ユイ同様、戦闘慣れしているようだ。


 「して、ナビ。

 この瘴気の正体は分かるか?

 巨大隕石でないことは確かだ」


 おれの問いに、神狐はしばらく沈黙しそして答えた。


 「これは、天の悲しみでし。

 石には違いないでしゅが、それが何かは分からないでしゅ。

 人間のにおいはありません」


 「というと、天上界のモノが地上に降ってきたということか」


 キツネはうなずいた。

 

 「ともかく、原因はこの中にあるでしゅ」


 巨大な渦巻きを示した。


 「仮におれがこの中に飛び込んだら・・・?」


 「あるじ様、なりません!」


 サーラに腕を掴まれた。

 

 「そんなことしたら・・・。

 そうしたら、あるじ様は人間としての形を失ってしまうでしょう」


 「おれが死ぬということか」


 彼女は小さくうなずいた。


 「弱ったな。

 肉体を保持したままこの中に入るというのは・・・」


 「一つ、方法があるでし」


 ナビが声を出した。

 それは思いもよらぬ手段だった。

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