26 TMA発足

 隕石衝突から二週間が経った。

 T市の生存者はわずか448人。

 町はずれの畑にいた人とたまたまT市から離れていた人たちのみ。

 隕石が直撃したのは西之森中学校で、そこから衝撃波が広がったとか。

 しかし土谷(千里眼の異能がある)いわく、おおかたは瘴気でやられてしまっただろうとのこと。

 一応隕石呼ばわりしているが、実際は別の物質なのだろう。

 S市からT市の方角を見ると、そこだけ空が黒ずんでいるのが分かる。


 テレビではこの話題が持ちきりだ。

 ミサイルが撃ち込まれたと騒ぐ者がいるが、どの国もどの団体も犯行声明を出していない。

 まして、その部分だけ空の色が変わるなんて、常識では考えられないことだ。


 おれはといえば、土屋が紹介してくれたラビットパレスというアパートの一階に仮住まいしている。

 仮設住宅よりはプライバシーが保たれるし、何より光熱費水道代込みで馬鹿安いのが魅力的だ。


 「タダより安い物はないって、人間のことわざがありますが」


 茶菓子を出してくれたサーラが不満げにつぶやく。

 彼女はナビと違い、土屋を信用していない。

 その娘のユイに対しても心を許していないようだった。


 部屋は8畳1Kで、真ん中にちゃぶ台を置いている。

 テーブルでなくちゃぶ台。

 珍しそうにスズナ&ダイスケも見ている。

 その通り、ここは実質上みんなの家になりつつあった。

 とはいえ、スズナは親戚のおばさんの家でちゃんと寝泊まりしている。

 ダイスケは・・・S市に知り合いがいないので、仮設住宅だ。

 少なからず山田らに絡まれるが、その時はやり返しているらしい。

 とはいえ妨害がひどいときは、ここで寝てもらっている。

 ずっといていいぞと言ったのだが、家賃を払えないので、と却下された。

 山田の奴、すべてを失っても性質の悪さは変わらない。


 いじめグループとの別れは突然に来た。


 おれはスズナ&ダイスケと共にS市立第三中学校に編入していた。

 土谷ユイが通っている所だ。

 それぞれ別のクラスになったが、サーラとおれは同じクラスになった。

 校長の判断らしい。

 いとこ同士が一緒にいた方が、心の傷が和らぐというのか。

 

 「山田らはいないな」

 

 おれはつぶやき、教室の後方を見た。

 土谷ユイが本を読んでいる。 

 彼女とも同じクラスになった。

 大変複雑な気分だ。

 しばらくして、おれと同じく西之森中学から転入した渡辺と言う女子から、山田らが別の場所に引っ越したことを聞いた。

 山田は逗子にいる親戚に引き取られることとなったそうな。

 沼田は三重に、鎌田は広島に行くという。


 「あたしは頼れる人がいないからさ」


 渡辺は媚びるように言い、おれにねっとりした視線を向けた。

 仲良くしようよ、というオーラが全開である。

 でも無駄だ。

 今はこうして話しているが、かつてこいつに給食抜きにされたことを覚えている。

 食べ物の恨みは怖いのだ。

 

 「黒木君、ちょっといいかしら」


 救いの騎士ならぬ巫女がやってきた。

 ユイだ。

 渡辺はあわててまたね、と言い去って行く。

 なにがまた、だ!

 ずうずうしい女め!

 思わず苦虫をかみつぶしたような顔をすると、ユイはこう言った。


 「・・・大変ね。

 西之森中の人でしょ、いろいろ噂、聞いてたから」


 「何か用か?」


 おれが言うと、ユイはうなずいた。

 サーラが図書室から戻ってきて、こちらに来た。

 ユイは念話に切り替え、こう話し始めた。


 「隕石衝突の件についてなんだけど。

 先日S市とT市の境の所で、こんなのが発見された」


 スマホ画像を見せてくれた。

 そこに映っていたのは、ゲームに出てくるゴブリンみたいな魔物だった。

 小柄で肌は青く、サルみたいに小さい。

 頭はつるっぱげで、あんぐり開いた口からは鋭い歯がのぞいている。

 手足の鉤爪は4本。

 ボロボロの布で辛うじて隠れているが・・・メスなのが分かる。


 「ユイ、ハロウィンは10日後だぞ」


 「あるじ様、これ、本物です!」


 サーラが興奮している。

 ユイはじろっとこちらを見ると、念話を続けた。


 「お父さんと部下の退魔師がこれを始末した。

 死骸はしばらくそのままだったけど、お神酒をかけたら消滅したらしいの。

 お父さんいわく、T市から魔物が湧いているのだろう、とのことで・・・」


 「おれに調べろってことだね」


 ユイはうなずいた。


 「その際は私も一緒に行く。

 対瘴気の術も使えるし」


 「あるじ様、どうしますか?

 この娘の言葉を信じますか?」


 サーラは未だにユイを疑っている。

 女同士の仲悪さなのか、それとも精霊としての勘なのか・・・?

 しかし魔物が湧いているのはヤバい状況だ。

 土谷はあやしい男だが、棲家を与えてくれた恩もあるし。


 「実際に何をすればいいんだ?

 調査だけか?

 それとも魔物退治で殲滅をする?」


 「根本治療をすべきだって。

 もしダメなら、調査のみで」


 「甘っちょろいな。

 全部殺してしまおう。

 調査?

 そんなものは知らねえ」


 おれは腕組みしつつ答えた。

 ユイは息をのんだ。

 ・・・怖がらせてしまったようだ。


 「で、おまえとサーラとナビ、おれだけで行くんだな。

 スズナとダイスケはやめた方がいい。

 特にダイスケは能力に目覚めたばっかりだから危険だ」


 「ねえ、ユウマ」


 彼女はこげ茶色のきれいな目を向けた。


 「スズナは・・・強いよ。

 もしかして私よりもずっと有能かも。

 是非ともお願いした方がいいわ。

 あのメガネ君はちょっと分からないけど。

 でも神憑きかぁ。

 初めて見たわ。

 ひょっとして・・・」


 廊下からダイスケがやってきた。

 少しやせたようだ。

 炊き出しの飯だけではカロリーが補えないのかもしれない。


 「おっす、ユウマ」


 「うっす、これから帰り?」


 「うん」


 ダイスケは片上を浮かぶ女神ハトと手をつなぎ、念話に切り替えた。


 「なんか相談事でもしてたのか?」


 おれはユイから調査もとい魔物殲滅の依頼があったことを話した。


 「力が芽生えたばかりのおまえには危ないからなあ」


 「いいえ」


 ハトがふわりと宙に浮かび、両手を腰に当てた。


 「ダイスケは大丈夫よ!

 きっとあなたの役に立てる。

 とりあえず、また特訓ね。

 最近治癒法ばかりで攻撃術がおろそかになってるから」


 「ええっ、またあのスパルタ・・・」


 ダイスケのメガネがずり落ちた。

 ハトは自信満々にうなずく。


 「あんたの12代前のご先祖様は、そりゃあ立派な退魔師だったのよ。

 彼を超えるべく、精進しないとね」


 「うへえ、将来のジョブが勝手に決められているよ!」


 小さな女神は緑色の目でこちらを見て、言った。


 「スズナちゃんにも伝えないとね。

 みんなで力を合わせればきっと大丈夫!

 うふふ、腕が鳴るわあ~」


 「あたしも頑張るわ」


 サーラも応戦した。

 それらを見たユイは、驚きつつもこう言った。


 「なんだかとっても・・・すごいわね。

 義経公の生まれ変わりのユウマ。

 天女のサーラさんに、女神のしもべのダイスケ君。

 スズナも不動明王の契約印を持っているし・・・。

 ねえユウマ、いっそのことみんなで同盟を結ばない?」


 「同盟ってなんだよ?

 さっき社会の授業で日英同盟習ったから、それをマネてるの?」


 おれが茶化すと、ユイはクスリと笑った。


 「ええ、でも面白いでしょ。

 私、複数の異能者に―――それも同じくらいの齢の人に会ったのは初めてなんだ。

 だから、この先も仲良くしたいなあと思ってね。

 ほら、異能持ちなんてめったにいないからさ」


 「確かにおれらみたいのがたくさんいたら、憲法が変わるよ。

でも毎日ハトにしごかれるのは・・・いてて!」


 ダイスケがハトに秘孔をつかれて悶絶している。


 「ってことで、どう?

 学校から帰ったら、うちの神社に来てよ。

 そこで今後のことについて話しましょう!

 ああ、スズナには連絡しとくから」


 ユイは朗らかな調子で念話を締めくくった。



                ―――



 S市の白鼠シラネ神社には、毎年初詣に行っていた。

 祭神は大国主命。

 神社のイメージキャラが青い目の白いネズミで、女の子たちに人気があるらしかった。

 ミ〇キーマ〇スとは似ても似つかないので、著作権でもめることはないだろう!

 7月の終わりに盛大なお祭りがあり、2回ばかり行ったことがある。

 露店が立ち並び、一人で来たというのに楽しい気分になっていた。

 ・・・母のさつきは神社仏閣が大嫌いで、絶対に行きたがらなかった。

 今の県に越してきたとき、おれは小5だった。

 友人がいないので、いつも一人だった。

 家庭でも孤独、学校でも独りぼっち。

 そんなおれでも、祭りは楽しくよい思い出がある。


 「すいません、ユイさんにお会いしたいのですが」


 社務所でおれは狩衣姿の爺さんに声をかけた。

 自分の名前を言う。


 「ほう、あんたが黒木君か」


 爺さんはまじまじと見た。

 異能力者だ。

 姿を消したキツネ型ナビを凝視している。


 「失礼、わしはユイの祖父で、彪雅ヒュウガといいます。

 ユイは、ちょっと待ってて」


 爺さんは家の方へ急ぎ、しばらくして巫女姿のユイが現れた。

 

 「ああ、来てくれたのね、こっちにどうぞ」


 招かれるまま、家におじゃました。

 和室に通される。

 すでにスズナとダイスケが来ていた。


 「いらっしゃい、ユイのお友達ですね。

 これからも仲良くしてね」


 上品なおばあさんが入ってきて、お茶とお菓子をテーブルに置いてくれた。

 ユイの祖母だという。

 静かにふすまを閉め、出て行った。


 「どう、うちらで同盟を組むっていうのは?」


 さっそくユイが切り出した。

 神社のぐるりに結界が張っていて、邪魔者は盗聴盗撮できないという。


 「うちのおじいちゃん、結界術の専門家なの。

 だから神社の敷地内は安全よ」


 「いいなあ、ユイのところは」


 スズナが羨ましそうな声を上げた。


 「石井は複数集まると事件や事故に巻き込まれてしまうから。

 お父さん一人で寺を守ってるんだもの」


 父方の従兄連もすべて一人暮らしをしているらしい。


 「おれ・・・ばあちゃんしかいないからなあ」


 ダイスケが下を向き、つぶやいた。

 母親は一人っ子で、その両親はとっくに故人になっているらしい。

 父方は、県の北で農家をやっているおばあさんがいる。


 「叔父さんがいるけど、アメリカ人と結婚してロスに住んでるんだ。

 いとこに会ったことあるけど、英語だからあまり話が通じなかった」


 苦笑いしている。


 「で、同盟の名称は?」


 ダイスケの言葉に、スズナ&ユイが期待したようにこちらを見る。

 サーラ&ナビは出されたお菓子に夢中だ。

 スノーボールクッキーだった。

 バターの良い香りがする。

 あまり神社っぽくないので、思わずユイを見つめた。

 初めて会った時もクッキーが出たので、きっと彼女の趣味なのだろう。


 「おれが決めるのかよ」


 呆れたように言うと、スズナは笑いながらこう答えた。


 「そうよ。

 私は義経様の眷属だもの」


 「義経って?

 ほ・・・ほえっ!」


 ダイスケのメガネがずり落ちた。


 「ユウマが義経・・・」


 「の生まれ変わりだけどな」


 おれの言葉にダイスケはまじまじとこちらを見た。


 「イメージ違うよな。

 大河ドラマで源義経出てたけどあれはねえよ・・・」


 苦笑いしている。


 「あれって歴史人物を馬鹿にしてるよな。

 脚本家が有名人らしいけど、あれはひどい。

 お笑い芸人のコントみたいだ。

 大丈夫、おまえはあんなキチじゃねえからさ」


 「ダイスケ、おれは他人が自分をどう思おうと気にしてないから」


 おれは答え、こう告げた。


 「同盟の名前ねえ。

 ううっ、想像力がないから出てこねえ。

 そうだ、そのまま退魔同盟なんてどうだ。

 略してTMA。

 退魔アライアンス」


 「どうでもいいわ、名前なんて」


 サーラがお茶を一口飲み、言った。

 ナビはクッキーを美味しそうに食べ終わり、こう締めくくった。


 「名より実でし。

 さて、魔物退治の計画を立てるでしゅよ」


 


 

 

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