23 羅刹の家 ④山田の恐怖(下)

 「これって建築基準法、守ってるのかよ?」

 

 「人間の法律のことはさっぱりですわ」


 おれの言葉にサーラが首をかしげる。

 ゆっくりと階段を下った。

 体感的に、地下1階をスタートして地下4階くらいか。

 下りるだけなので疲れはしないが、途中何の部屋もない真っ暗な空間が続くのは気が滅入る。

 ともし火で明るくすると、そこかしこに虫やネズミの死骸、埃が溜まっているのが見えた。

 換気してないらしく、空気が澱んでいる。

 普通の人間・・・・・ならば、精神と肺を病むだろう。


 「ここが最後か。

 ふむ、お出迎えだ」


 最下層に着いたらしい。

 鉄製のドアの前に、巨大な式神が立ち尽くしていた。

 体中に何かの術式が書き込まれている。

 それはおれたちを見るなり、相撲の突っ張り稽古のように突撃してきた。


 「術は立派だが力が足りんね」


 一発パンチを狂わせると、式神は半分に折れてひくひくしている。

 頭の部分を砕くと、単なる紙切れになって事切れた。


 「ナビ、これはどこの神の力によるものだ?」


 神狐AIは式神のなれの果てを見ていたが、こう答えた。


 「分からないでし。

 をれの知っている天界に属する神ではないみたいで・・・」


 「日本の神か?」


 そう聞くと、ナビはうなずいた。

 霊統が違いすぎるので分からないという。

 

 「あるじ様、もしかして天界の神でなく地上の神かもしれません」


 サーラが助け舟を出している。


 「地上の神々は、もちろん最初は天上界から下ってきたのですが、何らかの理由で地上にとどまった神族とされています。

 自称・神もいますがね」


 「山田は地上の神の加護を受けている、と」


 おれの言葉に、眷属たちはうなずいた。

 

 「まあいい。

 この扉の先に何があるか確かめよう。

 ここから脱出できる手だてがあるかもしれん」


 重い扉を開けると、そこは薄暗い寝室だった。

 広さはたっぷり15畳ほど。

 中央に置かれた白レースの天蓋ベッドに誰かが寝ている。


 「だれ・・・・?」


 それ・・は話しかけてきた。

 念話で。

 異能力者だ。


 「この家の人ですか?」


 おれも念話で返した。

 彼女・・は答えてくれた。

 オーラで女性、しかも同じくらいの年齢の人間だと分かる。


 「一応、そうですね。

 あなたは直己ナオミちゃんのお友達なのかしら?

 ・・・いいえ、ちがう。

 いじめられてたのね」


 「おまえ、何者だ!」


 サーラが激高し、ベッドの周囲を雲のように覆っていたレースをめくり上げた。

 そこには見るもおぞましい物体が横たわっていた。

 目も鼻も口もない。

 いや、かろうじて口らしきものが頭頂部に開いていて、苦しげに呼吸をしている。

 皮膚がなく、全身赤剥け。

 細菌感染の心配があるというのに、何の処理もされていない。

 かろうじて紺色の着物を上にかけられている。

 それだけだった。

 当然手足もなく、いわば肉塊そのものだった。

 

 あまりの様子に、サーラは立ち尽くしている。


 「かわいそうでしゅ」


 ナビはそれに近づき、念話で話し始めた。


 「をまえ、山田のきょうだいでしゅか」


 「キツネさんだ!」


 肉塊は無邪気な幼女のように喜んでいる。

 目がないのにどうして感知できるのだろうか?


 「私ね、ナオミのお姉さんなの。

 昔の名前はえっと・・・レイって呼ばれてたわ」


 とても悲しげな語調だ。


 「でもね、もう誰も来てくれないの。

 時々熊谷が食べ物を持ってきてくれるだけで。

 ここがおうちの地下だってことだけしか知らないし。

 ね、遊ぼうよ、お兄さん!」


 いじめっ子山田の姉とは信じられないぐらい純粋で幼い少女だ。

 外面は肉の塊なのだが。

 しかも念話だし、これは・・・。


 「をまえ、ここから出たいでしゅか?

 小さいとき火事に遭って・・・こうなったでしゅね」


 ナビの言葉に、レイはそうみたいとつぶやいた。


 「ナオミちゃんを逃がした後、私は転んでしまったの。

 そこに火柱が降ってきて・・・」


 レイは全身に大やけどを負ったが、なんとか一命を取り戻した。

 しかし、両親は醜く変化した娘に耐えられなかったようだ。


 「神様に治してもらいましょうって。

 でも神様は私をこんなふうにしただけだった」


 レイは悲嘆のため息をついた。

 

 「息が苦しいの。

 でも、パパやママは悲鳴を上げるだけで何もしてくれない。

 ただ、えるようになったのはよかったかな。

 ほら、あなたたちとこうやってお話もできるし」


 「異能を授かったのだね」


 おれの言葉に、レイはしばし沈黙した。

 

 「分からない。

 そうかもしれないし、勝手に芽生えたのかもしれないし」


 「ということは、きみ、もともと・・・」


 「あるじ様。

 この子は力の強い巫女でしゅよ」


 ナビが話し始めた。


 「この家の繁栄を守ってるのは、この子でし。

 そういう家系かもしれないけど・・・」


 コーンと鳴く。


 「ひどいでし。

 人柱でし!

 一人を犠牲にしてみんなで幸せをむさぼっているのでし。

 あるじ様、この子を治してあげるでしゅ」


 「やめてください」


 レイは静かに言った。

 サーラが不思議そうにどうして、といた。


 「レイ、あるじ様はあなたをもとの姿に戻すことができる。

 元気になって、外で自由に遊びたいでしょ?

 きれいな空を見て、お友達を作っておしゃべりできるのよ」


 「いいえ」


 山田の姉は水のように澄んだ冷たい声(念話だがそう感じた)で答えた。


 「私はこれでいいんです。

 パパやママが喜んでくれさえすれば。

 ナオミちゃんがあなたのことをいじめたのは、姉としてごめんなさい。

 あの子、急に変わってしまって・・・。

 神様に参拝してからいきなり乱暴になっちゃったの。

 それに・・・」


 肉塊は念話をしばし切り、一息ついてからまた話し始めた。


 「私はえる。

 もうすぐここは終わり。

 私の不自由もその時に終わる。

 そうしたらまた、お話してくれる?」


 「レイ、おれが誰だか分かるか?」


 おれが聞くと、肉塊はうなずいた。


 「ナオミにいじめられてた子。

 というのは表面上で、本当は外国の神様でしょ。

 ふふ、私、分かってるんだからね。

 そうそう」


 レイはそわそわうごめいた。


 「そこの棚に金塊があるから持っていって。

 うちの隠し財産みたいなんだけど、誰も調べてないから、なくなっても気づかない。

 それにもうすぐここはぺしゃんこになるし。

 あなた・・・えっと・・・ユウマくん、かな?

 ユウマくんにあげるわ。

 ナオミにとられたお金の足しになると思うの」


 「おまえ、そこまで・・・」


 驚いた。

 凄惨な外見もさることながら、ここまで凄腕の異能者と会ったのはこれが初めてだったから。

 肉塊はさざめいた。

 微笑している少女の顔が浮かぶようだ。


 「帰りは、奥のクローゼットからどうぞ。

 出口になってる。

 外のどこかに繋がっているみたい。

 でも気を付けてね。

 誰かが待ち伏せしてるかも」


 「あ、ありがとう」


 念話でもどもってしまった。


 「どういたしまして。

 またお話ししようね!」


 そう言うと、レイは眠りについたようだ。

 おれは彼女に言われた通り、棚にあった金塊をいただいた。

 今は金が高騰しているのでこれを売ればそれこそ、ウン十万だろう。

 盗られた額以上だが、慰謝料と思ってアイテムボックスに入れた。

 クローゼットを開けると、鉄の扉が目に入った。

 非常に重く開けにくい。

 サーラに手伝ってもらいつつ、渾身の力をこめると少しだけ開いた。

 さて、どこに繋がっているのだろうか。


 「出口で敵が待ち構えているらしい。

 心せねばな」


 「あるじ様、いつでも準備が出来てます」


 「大丈夫でし!」


 眷属たちは元気に答えてくれた。



               ―――



 薄暗い石畳の回廊が続く。

 完全に法律無視の構造だ。

 土地の所有もごまかしているに違いない。

 山田の家も八田&長澤みたく反社なのだろうか。

 そんな噂は聞いたことないけれど。

 いろいろ考えつつ5分ほど歩いた。

 かなり勾配のきつい上り坂だ。

 そして・・・。


 「地上に出られるドアだ。

 いいか?

 何が飛び出してくるかな」


 それを開けると、案の定松村の婆と50歳ぐらいの巨漢が待ち構えていた。

 出た先は学校近くの裏山で、実に600メートルは歩いたことになる。

 山田の家=反社はほぼ確定した。

 

 「邪神め、成敗してくれるわ!」


 婆は印を切ると、おれたちの周囲に式神がぎっしりと現れた。

 

 「熊谷。

 この者たちを喰ってもいいわよ」


 巨漢は婆の言葉を受け、よだれを垂らした。

 そのまま巨大な、身長2メートル以上の赤鬼に変貌する。


 「おいババア。

 よくも薬を盛ってくれたな。

 効かなかったけど・・・。

 あと、あの紅茶とお菓子、合わない。

 別の茶葉にしろ!」


 おれが怒鳴ると、松村は大笑いしはじめた。


 「最後の晩餐ならぬ最後のティータイムがそれで残念ね」


 「いやあ、最後になるのはそっちの方だぜ」


 おれはキラナ剣を出し、軽く振るうと式神はすべて消滅した。

 そのまま鬼の首を飛ばしてやる。


 「ボフウッ!」


 赤鬼の首は目から光を放ちつつ、永久に胴からおさらばした。

 鈍い音を立てて草むらに落下する。

 あっという間に煙を上げ、消え去った。

 こいつもおそらく式神だったのだろう。


 「お、お前・・・。

 なんてことを!」


 松村は歯ぎしりする。

 おれは剣を持ったまま女に詰め寄った。


 「お婆さん。

 いろいろ質問に答えてもらうけどいいかい?」


 「う、ううっ!」


 松村は突然泡を吹いた。

 白目を剥き、胸をかきむしる。

 そのまま絶命してしまった。


 「なんてこと!

 この人間、操られていたのね!」


 サーラが悲鳴を上げた。

 婆さんの首筋を指さしている。

 小さな小さなネジが刺さっている。

 引っこ抜こうとしても、脊椎にしっかりくっついているらしく抜けない。


 「さて、こいつの死体をどうするべきか。

 ここに置き去りにするのもなあ・・・」


 「応接間に転送したらいかがでしょう?

 外傷もないし、病死ということになるでしょうね」


 サーラの言葉におれはうなずいた。


 「ナビ、山田家のインターフォンにおれの姿が映っている。

 その他の隠しカメラにも映っているだろう。

 ・・・消せるか?」


 「任すでし!」


 ナビはしばし考え込み、数度コーンと鳴いた。


 「終わったでしゅ。

 これで山田の家に行った記録は何もない」


 「いやな一日だったな」


 おれはため息をつき、眷属たちにありがとうと言った。


 「悪霊付きの女に絡まれるわ、婆に薬を盛られて殺されそうになるわ。

 山田の姉ちゃんのことも分かって・・・」


 「そのことなんでしゅが」


 ナビがもごもご話し始めた。


 「あの子―――レイがあんなになった火事のことでしゅが。

 あれは親がわざとそうしたみたいでしゅ」


 「ええっ!

 娘を・・・山田もいたらしいから息子もか・・・。

 子供達を焼き殺そうとしたのかよ!」


 思わず大声を出した。

 周囲に人がいないので安心だ。

 ナビは人型になり、涙をぬぐった。

 神狐といえども生まれたばかり、いろいろとショックを浮けたのだろう。


 「あの家、代々そういうことをしているみたいで。

 生き残った子供を当主にする。

 死んだ子は祀って家の守護神にする」


 「呪われてるわ、それって」


 子供好きのサーラが口を押えている。


 「家の繁栄?

 そんなの繁栄じゃないわ、呪いよ」


 「ある意味、昔々の闇を引きずってるのだろうな」


 おれは山田の顔を思い浮かべつつ話した。 

 場合によってはあいつが肉塊になっていたのかもしれない、と。

 

 「山田、姉ちゃんの事どう思ってるんだろ?

 それにしても・・・」


 山田家は地上の神、日本の神祇の加護を受けているという。

 レイいわく、ヤツは神に参拝してからあんな性格になったと。

 是非ともその神サンの正体を知りたいと思った。


 「今日はもう帰ろう。

 途中で八百屋と肉屋に寄るか。

 カレーとオムライス、両方作ってやるからな」



 (これにてカツアゲされた金を取り戻す話は終了です。

 次からは隕石衝突後の話になります)

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