24 運命の急転

 大隕石が街に落下してから一夜明けた。

 S市立第三中学校の体育館は避難民でごった返している。

 死者行方不明者約5万人超。

 日曜日なので、一家全滅が多かったらしい。

 自衛隊が救援に駆け付けようにも、人体に有害なガスが充満していて近づけない、とのことだった。

 当然、おれの住んでいたモンレーブ荘も、そこに住んでいた連中もみんな死んだだろう。

 

 (山田の姉ちゃんも、あの中で・・・)


 地下深くのあの場所で果てたか。

 即死を免れても、食料を届けてくれる者はもういない。

 衰弱死という結末が待ち構えている。

 山田もまた、すべてを・・・家も家族も失ったわけだ。


 おれは横目で奴を見つめた。

 当の山田は、沼田や鎌田シエナ&取り巻き達と共に呆然と座ったきりだ。

 いじめっ子たちの生気のない表情。

 生きてそれを見る日が来るとは。


 「黒木さーん、黒木ユウマさんはいますか!」


 ボランティアの腕章をしたおじさんが体育館で声を上げている。

 T市で生き残ったのはたったの400人くらいだ。

 その中で『黒木ユウマ』はおれ一人しかいないだろう。


 「はい、おれですが」


 生徒手帳を見せる。

 おっさんはうなずき、こう言った。


 「至急ラウンジまで来てください。

 お父さんが来てますんで」


 「親父だって?」


 正直びっくりした。

 今になって保護者面とか、質の悪い冗談だ。

 しかし、どんなに強がっても法的にはおれは未成年者。

 18になるまではおとなしくしなければいけない。


 「ユ、ユウマ!」


 埃っぽいラウンジに着くと、カピバラ顔の男が待ち構えていた。

 ぽってりしたトレーナーにスラックスというラフな服装だ。

 カニみたいに小さい目を真ん丸にしてこっちを見ている。


 「おお、無事でよかった!

 本当に・・・心配してたんだよ!」


 生物学上の父・黒木静磨は涙をぬぐった。

 思わず笑い出しそうになる。

 何年も放っておいて、これはないだろ!

 養育費をくれたことは褒めてやる。

 その金も、大馬鹿母のさつきが実家に横流ししてたわけだが・・・。


 「話は聞いた。

 担任の先生のお葬式に行ってて無事だったとか」


 「うん」


 おれは気まずく下を向いた。

 静磨が嫌いなだけではない。

 スズナもダイスケも・・・肉親を失ってしまったから。

 スズナは呪いのせいで別居している父親がいるのだが、ダイスケは、文字通り両親も妹も失った。

 彼を心配する女神ハトが慰めるように手を繋いでいるのが見えた。


 「さつきは・・・母さんはどうした?

 まさか・・・」


 「U市にいるから平気。

 川端の婆と一緒に住んでるよ」


 「え?」


 カピバラの目は再びまん丸になった。


 「え?

 一緒にいなかったの?」


 「一か月前、婆が遊びに来ていきなり卒中で倒れた。

 命はとりとめたけど、認知症が進行して。

 さつき、いや、おふくろは実家で介護してる。

 ミノルは就職して家を出てった」


 就職どころか、ヤーさんの手でマグロ漁船に乗せられたんだけどな! 

 静磨は首を振った。


 「やれやれ、いい話を聞いた。

 実は父さん、母さんとやり直そうと思ってね」


 「はあ?」


 あまりの展開に思わず変な声が出た。


 「だって、アオイさんが・・・」


 「別れた」


 カピバラはさらりと言った。


 「でもユウジが・・・」


 「あの子は、ユウマとは何の関係もない」


 「え?

 どういうこと?」


 姿を消したサーラ&ナビが心配そうに寄り添っているのが見える。

 静磨は咳払いし、こう続けた。


 「DNA鑑定。

 知ってる?」


 「ああ!」


 納得した。

 結局のところ、ユウジはおれの弟ではなかったのだ。

 アオイ、あの派手派手女は別の男とも肉体関係になっており、経済的な余裕のある静磨をだましていたのだろう。

 いわゆる托卵女と言いたいところだが、静磨との関係だって不倫にあたる。

 結局は妾商売だったわけだ。

 何しようと勝手だが、ギンコンスに入信しておれらを殺そうとしたのは許せない。

 すっと肩の荷が下りた感じがした。

 そして・・・。


 (これで杉田殺しの犯人捜しに専念できる。

 仮にユウジだとしても)


 所詮他人。

 殺し合いになっても、胸は痛まない。

 結局、血は水より濃いのだろう。

 と同時に、アオイ親子の襲撃にも注意しなくてはいけない。

 彼女とは円満に別れたらしいが、あの血なまぐさい女、決して油断してはならない。

 さつきだけでなく、静磨もターゲットになっていることだろう。

 

 「でユウマ、これから東京で暮らそう。

 折をみて母さんも呼び寄せるから」


 「おふくろは川端の婆につきっきりだけど?」


 「特養にでも入れるさ。

 専門家に任せた方が、本人だっていいに決まってる」


 正直、こいつの性格は嫌いだ。

 愛人に裏切られた腹いせに、妻を呼び戻そうとするなんて。

 さつきとよりを戻したところで、こいつが新しい愛人を作らないとは限らない。


 「あるじ様、それなら大丈夫でしゅ」


 姿を隠したナビが念話を送ってくる。


 「この男がウワキしないように、少しいじくってみるでしゅよ」


 「そんなことできるのかよ!」


 神狐は自信たっぷりにコン、と鳴いた。


 「他の女を嫌いになるようにすればいいのでし。

 あるじ様のママだけ好きになーれ!」


 ピンクの光線が発動し、カピバラの頭に当たった。

 静磨は瞬間ピクッとしたが、頭を振りつつこう一言。


 「ふう、やはり北関東は寒いな。

 ぞくっとしたよ。

 なんだか・・・さつきのぬくもりが欲しいような」


 「まあ、父さんの好きにしてくれよ。

 でもさ、学校どうすんの?

 西之森中は・・・木っ端微塵だし」


 おれは現実問題を切り出した。

 いくら自由に生きるといっても、義務教育は終わらせた方がいい。

 法的な問題が絡んでいる。

 ナビの力を度外視して、いつもいつも相手を騙すわけにはいかないのだ。

 なるべく正直に生きたい。


 「そのことなんですが・・・」


 背後から声がした。

 振り返ると、ユイの父親――土谷正仁まさひとが立っていた。

 こんな場所なのに、きっちり狩衣を着けている。

 周囲の連中が唖然と彼を見つめているが、正仁は気にもしていない風だ。

 

 「ああ、失礼。

 私はシラネ神社の宮司で土谷と申します」


 名刺を差し出している。

 形は神主、中身はサラリーマンのようだ。

 カピバラ親父が拍子抜けしたように相手を見ている。


 「はあ。

 息子とは何か関係がおありで?」


 「娘のユイがユウマ君と仲良くさせていただいて・・・」


 「ええっ!」


 「えええ!」


 土谷の言葉にカピバラ親父とおれは思わず声を上げた。

 ユイには邪神呼ばわりされているだけで、仲良くなどしていないのだが・・・。

 おれの気持ちとは裏腹に、父静磨はこう答えた。


 「さようですか。

 うちはちょっと・・・家庭内の事情で離れて暮らしていたので、現状把握してなかったのですが・・・。

 ユウマ、女の子と付き合ってたのか!

 おまえも隅に置けないな」


 クククと笑ってやがる。

 壮大なウソと誤解だ。


 「いや、仲良くというわけでは」


 「ユイから話を聞きましたよ」


 おれの言葉を遮るように、土屋は話し始めた。

 片目をつぶって合図している。

 ここは任せろ、ということらしいが、腹立たしい。


 「ユウマ君がワルモノから助けてくれた、とか。

 そんな類の話ですがね。

 私としては、二人とも清い関係ですし、このまま二人を見守っていてほしいのです。

 ということで、ユウマ君はしばらくここS市に滞在してはいかがでしょうか」


 「まあ、想い合ってる二人を裂くのはよくないですがね」


 カピバラも相手の嘘に乗せられた。

 こうやってアオイに騙され、自分の子ではないユウジを育ててしまったのだろう。

 母も馬鹿、父も馬鹿。

 親ガチャに失敗してしまった。


 「でも、住むところは・・・。

 仮設住宅で独り暮らしでは、息子がかわいそうですし」


 「ああ、大丈夫です」


 土谷は書類を出した。


 「シラネ神社と懇意にしている不動産屋がありましてね。

 月2万光熱費ガス水道料金込みで借りられる物件があるんです。

 保護者のあなた様さえサインしていただければ、すぐにでもユウマ君、入居できますよ」


 「ユウマ、東京の学校に編入するか?

 それともS市にとどまるか?」


 カピバラは賢明にもおれの意志を尊重する予定のようだ。

 おれは土谷と親父の顔を交互に見つつ、こう答えた。


 「少し待ってください。

 おれには仲のいい友人がいるんです。

 彼らがどうするか聞いてみたいんだ」


 「そうか。

 ぜひそうしてきなさい」


 カピバラの言葉を背中で聞きながらおれは体育館に戻った。

 スズナとユウマを探す。


 「こんな時にすまん」

 

 おれが言うと、スズナとダイスケは大丈夫だよと言ってくれた。

 女神ハトが心配そうにダイスケに寄り添っている。

 これからのことを聞くと、スズナは一時的にS市内の母方の親戚を頼るという。


 「本当はお父さんと一緒にいたいのだけれど」


 手のひらから幻の数珠を出す。

 それは破魔の光で金色に燃えていた。


 「石井の呪いのせいで一緒にいられないし。

 母の姉がS市の市役所職員で、この街に住んでいるの。

 仲もいいし、相談してみる。

 ダメだったら、仮設住宅ね。

 いずれにしてもここ、第三中学校に編入することになる」


 「お、おれは・・・」


 ダイスケは目のフチを赤くし、言葉を発した。


 「仮設住宅住まいかな。

 県内にばあちゃんがいるけど、ずっと遠くなんだ。

 ばあちゃん農家で一人暮らしだし、負担をかけられない」


 「二人ともじゃあ、S市から離れないんだな」


 おれが言うと、二人はうなずいた。


 「分かった。

 ではおれもしばらくここにいることにしよう」


 「君ならそう言うと思った」


 土谷がやってきた。

 バツの悪そうな顔のユイがついてくる。

 彼女は第三中学校の制服を着ていた。

 今どき珍しい、紺色のセーラー服だ。

 いつも黒装束姿しか見ていないので、珍しくてじっと見たら恥ずかしそうに顔をそむけた。


 「土屋さん、何か企んでるね。

 親父を丸め込むことが出来ても、おれには無理だぜ」


 おれが皮肉たっぷりに言うと、彼は頭を振ってこう答えた。


 「本当にすみませんねえ。

 でも我々能力者は、力を与えられたものとしての義務を果たさなくてはならんのですよ」


 「ほう。

 具体的には?」


 土谷は念話に切り替えた。


 「すまんが、これで話をさせてもらう。

 ヤタガラスのスパイがいたら嫌だからね。

 ユウマ君、私は特殊能力として千里眼を授かっている。

 その力でT市を調べてみたら、渦が見つかった」


 「渦?

 なんだそりゃ」


 ダイスケが念話で素っ頓狂な声を出した。

 土谷はうなずき、念話を続けた。


 「地中に咲いた黒い渦。

 そこから、様々な異形のモノが湧いている。

 瘴気が充満し、空が紫色に変色しているのが見えた。

 大変運よく生存した人間はいるが」


 土谷は前かがみになり、ぜいぜい息をし始めた。

 

 「お父さん、無理しないほうがいいわ」


 ユイが心配そうに手を握る。

 土谷は額の汗を拭い、こう念話した。


 「い、異形に・・・妖魔に変化している」


 「ただの隕石じゃないってことね」


 スズナが念話で答えた。

 おれもうなずき、こう続ける。


 「で、折をみておれに調べてほしいってことか」


 「大変すまないけれど、そういうことなんだ」


 アパートの案内書を手渡された。


 「こんなことしか援助できなくて申し訳ないね。

 でも、それらが他の地域に広がってしまった場合、とんでもない被害が出てしまう。

 ここで手を打たないと・・・」


 おれは考えた。

 サーラ&ナビが心配そうにこちらを見つめる。


 「なるほど。

 おれは日本で嫌われている存在・・・邪神扱いされているみたいだけれど?

 そんな相手に頼むのか」


 「シラネは義経公を邪神とは思っていない。

 少なくとも、ユウマ君は邪悪ではないでしょう?」


 「ほう」


 おれは土谷の言葉を受け、横目でユイを見つめた。

 彼女は下を向いたきりだ。

 初めて会った時、彼女はおれを何と呼んだっけ?


 「あるじ様・・・」


 サーラが心配そうに声をかけてきた。


 「土屋さん。

 今は身辺が落ち着かないんで、なにもできない。

 でも、ある程度落ち着いたら・・・」


 おれは神主の目をしかと見た。

 彼の目はきれいに澄んでいた。


 「やってみるよ。

 ただ、おれの力はまだ不安定だ。

 やれるだけの範囲でのみ、やってみるさ」

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