22 羅刹の家 ④山田の恐怖(上)
取り戻した金で昼食を摂ることにした。
「フードコートに行ってみるか?」
おれが提案すると、眷属たちは大喜び。
人間界の文化が珍しいのだろう。
形は違えど、本物のきょうだいができたようだ。
街で唯一のスーパーマーケットに行った。
ただ今11時半。
日曜日なので混雑している。
子連れの親子が大半で、正直言って羨ましい。
昔、おれも両親に連れて行ってもらったものだ。
あのころは悩みなんてなかった。
金銭的にも豊かだったし、両親もそろっていて、いじめや嫌がらせもなかった。
全てが明らかになった今、それはいつわりの幸せだったと感じている。
父の静磨は母と同時進行で愛人に子供を産ませていたし。
おれは11月18日の生まれで、異母弟のユウジは12月の初めの生まれ。
なぜか誕生日だけ教えてくれたのが不思議だ。
あいつなりに寂しかったのだろうか。
いずれにせよ、自分を殺したがっている者のうちの一人が弟だなんて悲しい話だ。
「何でもいいぞ。
買ってくるからここに座ってろ」
やっと開いた席に二人を座らせ、おれは言った。
「をれ、ビーフカレーがいいでしゅ」
「あるじ様、オムライスをお願いします」
「あい分かった」
おれはうなずき、列に並んだ。
すると前に並んでいた女が突然よろめき、おれにぶつかってきた。
痛くはないが、その後が悪かった。
「おえっ、黒木じゃん」
女は同じクラスの奴だった。
カバ田シエナの取り巻きの一匹だ。
名前は・・・なんだっけ、興味がないので覚えていない。
「きもいわ、あたしに触れないで!」
「馬鹿者、そっちからよろめいてぶつかって来たんだろう」
おれが言うと、女は突然キャーッと悲鳴を上げた。
「誰か助けて!
この男、痴漢よ!」
周囲の人間に取り囲まれ、警備員まで駆けつけてきた。
最低な女だ。
テーブルの方を見ると、サーラとナビがいない。
背後からそっと触れる手。
なるほど、姿を隠し護衛に回ったのだろう。
「きみ、この女の子に乱暴しようとしたのか?」
50くらいの目つきの鋭い警備員に言われた。
男というだけで変態確定だなんて、およそ法治国家の人間ではない。
「いいえ。
彼女がぶつかってきて文句を言ったので、そちらがよろめいたんだろうと答えただけですが」
「このひと・・・また嘘をついてる」
女は泣きはじめた。
女の友人がやってきた。
案の定シエナともう一人の馬面女だ。
二人ともまごまごしている。
そのまま控室っぽいところに連行された。
「きみたち知り合いかね?」
警備員の言葉に、シエナは当惑しつつもうなずいた。
「同じクラスですよ。
ただそれだけで、何の絡みもありませんが」
おれが答えると、警備員は激高した。
「おまえに聞いているんじゃない!」
次の瞬間、彼は尻を抑えて天高く飛び上がった。
「いってええええええ‼‼‼」
すばらしいジャンプ力。
オリンピックに出られるかもしれない。
姿を消したサーラが棒でぶん殴ったのだ。
しかも、電撃魔法を付呪した代物で。
「すいません、誤解があったみたいで」
シエナはなぜかこう話し始めた。
「この男子のことはよく分かりません。
カノンとも誤解なんだと思います」
じろっとこちらを見る。
憎しみ半分恐れ半分の目線だ。
いつもならカノンとかいう寄生虫と共におれを犯人に仕立て上げるだろうに。
彼氏の沼田と喧嘩でもしたのだろうか?
「ったた・・・。
痔が悪化したのかな」
女子の前でとんでもないことを言う警備員。
「誤解ってことでいいのか?」
「ええ、こいつは・・・」
当たり屋カノンはすごい目でこちらを見ている。
純粋な殺意だ。
そして・・・。
「あるじ様。
この女に低級霊が取り憑いています」
「払ってみるでし」
サーラ達の声が聞こえた。
おれが目を凝らしてカノンの背後を見ると、大きな真っ黒い塊が背中に張り付いていた。
それはかろうじて人型で、目も鼻も口もない。
カノンの背中におぶさっており、どうりでこの女、いつも前かがみの猫背になっているわけだ。
思念の一太刀で黒いモノを斬り捨てる。
それは怒ったネコのような声と共に雲散霧消し、完全に消え去った。
震度4くらいの揺れが場を襲う。
「じ、地震!」
取り巻きの馬面が慌てる。
カノンは前のめりに倒れ、警備員に起こされた。
「あ、あれ?」
目覚めたばかりのようにぼんやりしている。
「ここどこだっけ?」
「なるほど、きみ!」
警備員はあきれ声と共に女を叱り始めた。
「こんな感じで彼にぶつかったんだな!
しっかりしなさい、ここはユークアオマルの警備室だよ!」
「警備室?
どうしてこんな所に?
ああ、シエナじゃん、それに・・・」
邪気の抜けた目でおれを見る。
「お、黒木までいる。
もしかしてあたしに黙って逢引?」
ぱしーんと音がした。
シエナが思いっきりカノンを平手打ちしたのだ。
馬面ははらはらしつつ後ずさっている。
シエナは叫んだ。
「ふざけないでよ!
さっきまで狂ったように黒木に突っかかってたくせに。
どうもすいませんでした、この子頭の病気なんです」
警備員に頭を下げている。
彼はあきれたように、もういいからここから出て行ってくれとおれらに言う。
最後までおれに一言も謝罪がなかった。
「しえええ!」
男は再び飛び上がった。
太ももをさすっている。
キツネ型のナビがガブリと噛んだのだ。
「最低ですね、あんた。
ごめんなさいの一言もないだなんて。
そこの女と同類だ」
おれはカノンを指さしつつ言って、事務所を後にした。
「サーラ、悪いがここから出ていこう。
昼食は悪いが、コンビニで弁当でも買おう。
近々ここは閉店しそうだ、胸糞悪い」
「分かりました」
実体化したサーラとナビはうなずいた。
二人とも黒髪黒目、普通の人間に見えるように変装している。
「さっきの低級霊の正体が分かるか?」
おれの問いに、ナビが答えた。
「女の子の先祖が殺した相手でし。
今から80年ほど前、さっきの子の先祖が地主を殺して戸籍と財産と背乗りしたでしゅよ」
「それはひどい話だ。
しかし、事件の被害者が低級霊になるのはちょっと・・・」
サーラは盛大にため息をつき、答えた。
「あるじ様、さっきの霊は被害者であり加害者でもあるのです。
若い時分全く同じ方法で土地をぶんどり、自分が地主の大旦那におさまっていたのです。
生きている間に因果がめぐるとは、またなんとも・・・」
「人間って醜いな」
おれは買い物袋をクルクルまとめ、そうつぶやいた。
さて、適当に腹ごしらえした後は山田の家に突撃だ。
―――
山田の家は実に広くきれいな輸入住宅だった。
ジョージア様式というやつか。
左右対称の重厚なレンガ造りだが、表玄関やバルコニーは白色で、柔らかさを添えている。
ただ残念なのは、家の敷地をぐるりと囲むごついフェンス。
デザインは西洋風できれいだけれど、垣根の方がきっと合うだろう。
棘のない白い薔薇が咲いていて、生クリームの塊みたいだ。
インターフォンを鳴らすと、お婆さんが対応してくれた。
カメラ付きなのが分かる。
「はい?」
「こんにちは、ぼく、山田君の友人で黒木という者です。
山田君にお会いしたいのですが」
「少々お待ちください」
おばあさんは丁寧に言い、会話はそこでぷつりと消えた。
しばらくして玄関ドアが開き、紺色のワンピースを着て白いエプロンをした年配の女性が現れた。
感じのよさそうな女性だが・・・。
「黒木さんですか?」
「はい。
黒木ユウマと申します。
山田君と同じクラスなんですけど」
「はあ、坊ちゃまはただ今塾でして」
おばあさんは話し始めた。
家事スタッフの松村さんというらしい。
山田の祖母ではないのか。
にしても、お手伝いを雇えるほど経済的に恵まれているなんて、羨ましい限りだ。
「じゃ、また今度にします」
おれがそう言うと、松村さんは少し待っててと言ってきた。
何やら目線がおかしい。
「確か坊ちゃまはあと一時間ほどで戻られるはず。
黒木様、
「ああそうですか、ではそうさせていただきます」
おれは姿を消したサーラ&ナビをちらりと見つつ答えた。
眷属なので、姿を消しても白黒状態で見ることができるのだ。
―――
「お茶をどうぞ」
松村さんはおれを応接間に案内した後、丁寧にも茶菓子を出してくれた。
いかにも高価そうなティーカップとソーサー。
二段式のケーキスタンド。
正統派イギリスのティータイムを彷彿とさせる。
しかし、その内容がよろしくなかった。
お茶からも、上品なプチフールからも薬品のにおいがする。
「ナビ、これは何の薬か分かるか?」
おれは松村にお礼をしつつ念話で聞いた。
神狐はじっと見た後、こう答えた。
「睡眠薬でしゅね。
普通の人間なら、3分で昏倒する量が入ってる」
「おれが食べたらどうなる?」
「あるじ様は大丈夫でしゅ。
人間ではないので」
「おい、傷つくこと言うなよ。
サーラ」
おれは笑顔を崩さずもう一人の眷属に念話をした。
「おれはこれを食って、わざと倒れてみせる。
婆が何を企んでいるのか知りたい。
もしこいつが妙な動きをしたら・・・いいな、容赦なくやれ」
「はい」
彼女は真顔で答えた。
おれはプチフールをかじり、紅茶を飲んだ。
甘くて苦い。
100まで数を数えた後、ぐったりとソファにもたれかかって目を閉じた。
「熊谷!」
松村の婆が叫ぶと、ドアを開けて誰かが入ってきた。
「この男を地下に入れなさい。
ご主人様が帰ってきたら、調べてもらうから」
明らかに男のものと思われる頑丈な手がおれを掴む。
そのまま丸太のように持ち上げられ、どこかに運ばれていった。
「ふっ、邪神め」
松村がつぶやくのをおれは聞き逃さなかった。
―――
熊谷の野郎はおれをゴミのように床に放り落とし、部屋を出て行った。
ガチャリと音がする。
カギを掛けたのだろう。
「あるじ様、もういいです、目を開けて」
サーラの声を合図に、おれは周囲を見わたした。
暗いがおれにはよく見える。
やはり地下室、窓はなく周囲は物置小屋と言った感じ。
古いテーブルやキャビネット、年代物の本や雑誌が積み上げられている。
空気が澱んでいる。
「なるほど。
山田の家は普通ではないな。
ギンコンスか、ヤタガラスか・・・?」
「血のにおいはしなかったでしゅ」
ナビがキツネ型になり、周囲を警戒する。
おれはこう答えた。
「とりあえずここから出てみるか」
「あるじ様危ない!」
サーラは叫び、おれの背後に電撃魔法を発した。
ジュッと音がし、焼けたようなにおいがする。
「なんだこれ、ロボット・・・?」
「これは、式神でしゅね」
おれの背後にあったのは、小さなペーパー人形だった。
魔法で一部を焼かれ、灰になっている。
顔は描かれていない、小さな人型の紙。
「また来たでしゅ!」
おれは結界を張り、連中の動きを観察した。
鋭い音を立てて結界にぶつかり、同時に力を失って単なる紙くずと化す。
「いったい誰がこんなことを?
さっきの婆か?」
「あるじ様、このドア、封印されてます!」
サーラが叫んだ。
「異教の霊力です。
あたしには解呪は無理」
「どれ、をれが」
ナビが人型に戻り、ドアを開けようとするが無駄だった。
「あるじ様、これは強力なまじないが施してあるでしゅ」
おれが解呪を試み、失敗した後でナビが言った。
確かに、取っ手に触れただけで刺すようなオーラを感じる。
「神によるものか?」
「そうでしゅ。
たぶんこの国の神か精霊の力を借りてるんでしゅね。
ここからあるじ様の家まで瞬間移動するしかないでし」
ナビは言うが、おれは首を横に振った。
「毒を食らわば皿まで。
山田の家を徹底的に調べてやろう」
おれが次々と湧いてくる式神と格闘しつつ言った。
弱いけれど数が多いので疲れてしまう。
「ああっ、あるじ様!」
同じく棍棒を振るっていたサーラが声を上げた。
古いキャビネを置いた床を指さしている。
「見てください。
この下に、入り口らしきものがあります!」
おれはキャビネをどけた。
スライド式の正方形の入り口が見つかった。
たまたま敷物がよじれていたから見つかったようなものだ。
普段は入り口の上にこれを敷き、上にキャビネを置いていたのだろう。
力をこめて引っ張ると、案の定下へと続く階段が現れた。
「ここから出られるかもしれないな」
おれは眷属たちに言った。
「途中、式神やら魔物やらが出るかもしれない。
心して行こう」
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