21 羅刹の家 ③沼田の苦悩

 八田と長澤を始末した後、一旦家に戻って睡眠をとった。

 魔力が枯渇しては敵わない。

 起きたらすでに朝8時になっていて、急いで朝食を用意した。

 トーストと目玉焼きだけの質素この上ないメニューだ。

 本当はベーコンやらバターやらを用意したいのだが、金がない。

 

 目の前の空間がぱっくり開き、サーラがやってきた。

 

 「あるじ様、おはようございます」


 「おはようサーラ。

 昨日はご苦労であった」


 ねぎらうと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 おれが存在する隣の空間に、彼女専用の部屋を作ったのだ。

 白とピンクを基調とする部屋で―――女の子の部屋のことはよく分からなかったので、ネットで検索したり彼女の意見を取り入れつつデザインした。

 結果、大変喜ばれることとなった。


 「ナビはまだ寝ているようだな。

 生まれたばかりだし、無理させてはいけないね」


 「・・・そうですね」


 サーラはむっつりと答えた。

 ライバル視しているのだろうか。

 しかし、眷属同士ある程度は仲良くなってもらわないと、今後に響いてしまう。


 「サーラは得意な魔法分野があるのか?」

 

 「あたしは、直接戦闘の方が性に合ってますね」


 トーストにジャムを塗りつつ彼女が答えた。


 「ガルーダの血が入っているのかもしれません。

 同じ鳥族ですし。

 攻撃魔法は火属性以外使えません。

 ああ、あと相手を金縛りにしたり眠らせたりすることは得意です」


 「なるほど。

 それは頼もしい」


 おれはそう言うと、彼女はにっこりと笑った。

 天界の娘だけあって、とてもかわいらしい。

 変身を解いているので、銀髪が輝いている。


 「今日は沼田と山田の家に行く。

 ナビいわく、沼田は医者の息子らしい。

 白昼堂々と行ってみるか、患者のフリをして」


 「ナビを起こしましょうか?」


 おれは首を横に振った。


 「あと一時間寝かせよう。

 食事は取っておいてやる。

 腹を空かせてはかわいそうだ」


 「あるじ様、あたしたち天界人はよほどのことがない限りお腹が空きませんよ」


 「でも、おまえだって食べているだろう。

 腹は空かなくとも食べる楽しみがある。

 おれたちが今こうして食べているのに、ナビを仲間外れにしてはいけないよ」


 おれがそう言うと、サーラは分かりましたと答えた。

 仲間意識が芽生えるのは、まだ遠い未来のようだ。



               ―――



 ドアを開けるとチリチリンと心地よい音が鳴り響いた。

 ここは沼田クリニック。

 おれが住んでいるアパートから歩いて10分ほどの場所にある、日当たりの良いきれいな病院だ。

 沼田の親父はここの院長をしており、内科専門である。

 人のよさそうなおじさんで、とてもじゃないけどいじめっ子の親という感じではない。

 母親は普通の専業主婦といった感じ。

 おれの母・さつきとは大違いの、きっちりした黒髪美人である。

 沼田はどうして山田の手下になってしまったのだろうか?


 「急患ですか?

 今日は日曜日で、うちはお休みですけど・・・」


 さっそく沼田の母が対応してくれた。

 すらりとした長身に一重切れ長の涼しい目元。

 きれいなひとだが、厳しい感じがした。

 おそらく、教育ママなのだろう。

 ということは、沼田のストレスの元を発見したのかもしれない。


 「こんにちは。

 真一君に会いに来たんですけど」


 「ああ、お友達ね。

 どなた?」


 いぶかしげに聞いてくる真一ママ。

 長澤の時と違い、おれは嘘つかないことにした。


 「黒木です。

 黒木ユウマ」


 「黒木・・・君?」


 ママの目は途端に細くつり上がり、ヘビの目と化した。

 おれについての悪い噂を耳にしているのだろう。

 どんな内容なのかは、見当もつかないけど。

 これまでやってきたことは、ただ山田らにいじめられたことだけだから。

 

 「はい、黒木です」


 にちゃーっと笑うと、ヘビが鎌首を立ててシューシュー言うがごとく緊張状態になった。


 「・・・黒木君とお友達なんて、初めて聞きましたわ」


 「恐れ入ります。

 で、真一君は・・・?」


 「汚らわしい!」


 ヘビはいきなり叫び、近くにあった花瓶を投げつけてきた。

 花瓶は床に当たって粉々に砕け、水しぶきがおれのズボンにかかった。

 長澤のママ以上の激情家だ。


 「ここから出ていきなさい!

 汚らわしい、売女の息子!

 たかがモデルやってたぐらいで!

 うちの子と二度と関わらないで!」


 「それがそうもいかないんですよ」


 姿を消して躍りかかりそうなサーラ&ナビをなだめつつ、おれは答えた。

 さつきのことを売女だなんて。

 あの女のことは好きではないが、他人から頭ごなしに貶されると腹が立つ。

 にしてもさつき、モデルとしてはそこそこ有名だったのか。

 今の落ちぶれっぷりからは想像もつかないのだが・・・。


 「おたくの息子にお金をカツアゲされてましてね。

 ちょうど今日、返してもらおうと思ったわけです」


 「最低ね、嘘をつくなんて」


 ヘビはせせら笑った。


 「最低なのはあんたの息子だろう?

 子育て失敗しやがって。

 おまけに初対面の子供の母親を売女呼ばわりするなんて、あんたいい度胸してるな。

 お里が知れちゃうよ?

 どれ、今から真一君の数々の犯罪を見せてやるから、そのほっそいちっこい目でしっかり見るがいい」


 おれは目の前の空間を大画面に変え、彼女の息子の悪行の数々を描いてみせた。

 山田らと共におれをリンチする沼田。

 カツアゲする沼田。

 カバ田シエナといちゃついている沼田。

 テストをカンニングしてる沼田。


 「う、嘘よ!

 バケモノめ、黒木、おまえはこんなことして・・・バケモノだっ!」


 ヘビは精神崩壊したのか、意味不明な叫び声と共に近くにあった本を投げつけ始めた。

 なるほど、沼田がよくカッとなって攻撃するのは母ちゃんに似てたのか。

 我が母さつきも大馬鹿で困っているが、こちらの家庭もなかなか闇が深そうだ。


 「美麗、何をしている?」


 奥のドアが開き、院長が来た。

 壊れた花瓶や散らばった本、ぐっしょり濡れたおれを見て当惑している。


 「あ、あなた・・・」


 美麗は怒りでカクカクしながらおれを指さして言った。


 「この男が・・・黒木ユウマが、私たちの息子を侮辱したのよ」


 「侮辱ではありません。

 本当のことを話しただけです。

 ぼくは黒木ユウマ、真一君に3年間いじめられてました。

 これまでカツアゲされた10万を取り戻しに来ただけです」


 「黒木君・・・」


 院長はさすがに驚いたようだった。

 美麗にあっちに行ってろと言い、ヘビは悔しそうな顔でこっちを睨みつつ去った。


 「いじめのことについて、話してくれ」


 おれはこれまでのことを克明に話した。

 

 「八田君や長澤君もグルですよ。

 ついでもって、彼らからはお金を返してもらいました。

 いいですよ、今から電話かけて・・・」


 院長はポケットからスマホを出し、彼らに電話したようだ。

 しばらくして、うなずいた。


 「あちらの親も同じことを言っていた。

 黒木君、きみの話は真実なようだ」


 そう言い、がっくりとうなだれる。

 少し胸が痛んだが、沼田真一にいじめられてたのは事実なので仕方ない。

 ついでもって、八田&長澤の親が電話に出たのは完全なフェイクだ。

 ナビの幻術でサーラが彼らになりすましていたにすぎない。

 実際の本人たちは、警察に事情聴取されているか、植物人間になっているかといった具合だから。

 

 「ここに証拠がありますし」


 おれはICレコーダーを出し、録音されていた音声を再現した。

 これは本物のもので、おれが覚醒する前、本物の黒木ユウマ時代に録音したものだ。

 執拗に責められ、カツアゲされる様子が録音されている。

 それを聞いて院長は真っ青になった。


 「このまま訴えることもできますから」


 おれは絶対零度の声で言った。

 院長はカピカピの顔でしばらく震えていたが、こう答えた。


 「今から真一を呼んでくる。

 塾に出かけてるはずだが、帰らせるとしよう。

 すまないけれど、ここで待っててくれ」



               ―――



 沼田真一の苦悩が手に取るように分かった。

 院長と沼田、おれの3人で話し合った結果、ここも既に羅刹の家、ろくでもない家庭だということが分かった。

 沼田には7歳年上の兄貴がいる。

 先妻の息子で、国立大学の医学部にストレート合格した優秀な男なんだとか。

 前の奥さんを白血病で亡くした後、院長はパブにいた中国系フィリピン人の美麗を後妻にした。

 真一は彼女との子供らしい。

 腹違いの兄と比べて、背が高く容姿は整ってはいるが勉強はぱっとしない。

 美麗はわがままで見栄っ張りな女なので、真一を医学部に入れたくて必死で、日々息子をしごいていたそうな。

 そういえば沼田の奴、成績は悪くないけれど抜きんでてはいない。

 北川ダイスケの方が全然よくできる。

 ・・・ということで、ダイスケも沼田に嫌がらせされてたかもしれない。

 問題はこの後だった。


 「黒木君」


 院長はいきなりおれを抱きしめて来た。

 およよと泣いている。

 完全にホモの気がある。


 「本当に申し訳ない。

 真一がとったお金は今すぐ用意するから」


 ずずっと鼻をすすった。


 「このことは不問にしてくれないか」


 「真一君が二度とぼくをいじめないって約束してくれたならいいですよ」


 おれは隣に座っている沼田を見つつ答えた。

 奴は瞬時にして沸騰した。

 やはり母親似だったか。

 ってことは、あの美麗とかいう女も頭がよくないだろう。

 息子の頭脳は母親に似るっていうから。

 ・・・やばい。

 おれの頭脳は大馬鹿のさつきに似ているということになってしまうな。

 盛大な自爆だ。


 「く、黒木の分際で、おれに命令するのか!」


 「真一、黙りなさい!」


 院長は息子を怒鳴った。

 沼田は殺人犯の目でこちらを睨みつつも静かになった。


 「真一君、山田君と一緒になってぼくをいじめないと約束してくれたなら、ぼくもいじめのことは水に流しますよ」


 「真一・・・」


 院長に睨まれた沼田は、口を曲げた。

 しょうもない、心が腐りきった野郎だ。


 「分かったよ。

 黒木、おまえとはこれっきりにする」


 痴話喧嘩でもめた恋人のようなセリフを吐きやがった。

 親父ともども、気色悪い。

 院長はねっとりとした目線でこちらを見ているし。


 「ということで、黒木君・・・」


 封筒に入れた札束を持たされた。

 明らかに10万より多い。

 札束で頭をはたかれた気分だ。


 「今後とも沼田クリニックをよろしく・・・」


 金を返してもらった以上、こいつらとは二度と関わりたくない。

 二度とだ!

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