18 金鳶の魔王と災厄

 「初対面で悪口だなんて、嫌な奴だね、あんた」


 卑猥なジェスチャーで挑発すると、鳶は倍の大きさになり羽を膨らませた。

 怒っているのだろう。

 しかしやや嘲笑を含んだ声でこう返した。


 「この世に蘇った汝に贈り物をしたぞ」


 鳶が片翼を払うと、外の景色が見えた。

 そこには破壊された街が映っている。

 おれが住む場所だ。

 かろうじて市役所の残骸が残っている。

 

 「残酷な幻を見せるとは、悪趣味なバカ鳥だぜ」


 「あるじ様、これ、幻でないでしゅ・・・」


 キツネ型のナビがプルプル震え、ぴたりとくっついてきた。

 天の精霊とはいえ生まれたばかり、大変ショックを受けている。


 「サーラ?」


 「あるじ様・・・」


 彼女も顔をうつむけた。

 ユイが怒り、鳶に向かっていこうとする。


 「あんた、なんてことを!

 隕石を落としたのね!

 人の命を何だと思ってるの!」


 「やめなさい、ユイ」


 サーラが彼女を引き留めると、鳶は満足げに大笑いした。


 「我こそは日ノ国の大魔王、生前の呼び名を崇徳と言うなり。

 邪神義経よ、我が贈り物・・・気に入ってくれたかな?

 汝の嫌悪たる場を消してやったぞ」


 「おまえ、今のうちだぞ、笑っているのは」


 今にも飛びかかっていきそうなユイを抱きながらおれは言った。

 こいつの前で怒りを出せば、相手はもっと調子づくだろう。

 

 「死者が生者の場を破壊する。

 大勢の人間が死んだだろう。

 おまえはこの瞬間から、地獄に属する者となったのだ」


 「地獄、だと?」


 鳶は嘲りの声を出した。


 「痴れ者め、朕は地獄などには堕ちぬ。

 神をも超越した朕の力、もっと見せてやろう」


 「頭の狂った死人め!」


 おれはキラナ剣を出すと、魔王は大笑いの轟きを残しつつ消え去った。

 嘘のように闇が晴れ、秋の夕方の寂しげな風が通り過ぎていく。


 「最低・・・」


 ユイは地面に崩れ落ち、泣きはじめた。


 「なぜ、やつらに殺されなくてはいけないの?

 街が・・・消えてしまったなんて」


 「一度戻ってみようと思う。

 あやかしが嘘をついているかもしれないし」


 おれが言うと、ユイは駄目よと言った。


 「スマホで調べてみる。

 人体に有害なモノが飛散しているかもしれない」


 彼女は立ち上がり、言葉の通りにした。

 

 「ユウマ、スズナたちは無事だって。

 S市にいたのが幸いだったわ。

 でも・・・」


 災害情報を見せてくれた。

 午後15時51分、T市に落下物、街の大半が壊滅し死者行方不明者数千人。

 おれの住んでいた所も木っ端微塵だろう。

 バカ親さつきは県境のU市にいるので無事だろうけど。

 ふと山田の姉の言葉を思い出した。

 自分の不自由ももうすぐ終わる、と。

 彼女はこれを予想していたのだろうか。


 「おれがギンコンスをったから、報復か?」


 「さあ、でも違うと思う。

 やつは・・・いつかあなたにやってやろうと思ってただろうし」


 ユイは涙をふきながら言った。


 「ふむ、おれも嫌われたものだ。

 やつとは顔見知りか?」


 「母と兄の仇よ、たぶんね」


 彼女は装束の端をぎゅっと握りしめて答えた。


 「母はシラネ随一の死霊払いだった。

 いつか浄化されると恐れたあいつは、母をヤタガラスに殺させたの。

 そばにいた兄も犠牲になった」


 「あいつがヤタガラスの首領なのか?」


 おれが聞くと、ユイはゆっくりとうなずいた。


 「お父さんはそうだって言ってる。

 でも、私は少し・・・疑問に思ってるわ」


 「あるじ様、日が暮れてしまいます」


 サーラが急かした。


 「しかし困りましたね。

 帰る家がないとすると、どこに行きますか?」


 「クラスのみんなと合流する。

 たぶん、避難先とか指定されてるだろうから。

 まだ火葬場にいるのかな?」


 「そうみたいよ」


 スマホをいじりつつユイが教えてくれた。

 おれは持っていない。

 金がないからだ。

 今まで欲しいと思ったことすらなかった。

 しかし、こういった時に重宝するので持たなければと感じた。

 パソコンだけでは結局ダメなのだ。


 「葬儀中、男性が一人殺されたとか。

 警察が来て、みんなに事情聴収しているらしいの。

 警察も・・・大変よねえ」


 ユイは苦笑いを浮かべた。

 つられて、おれも笑った。

 もっとも、街を破壊された今、笑うことは不謹慎でしかないのだが。


 「ゾンビが来て兄貴を食い殺したって説明したのかな?

 下手すりゃみんな、精神鑑定だ」


 「あるじ様、一旦戻りましょう」


 サーラが袖を引っ張った。

 おれはうなずいた。


 「ああもちろんだ。

 サーラもナビも、手伝ってくれてありがとう。

 今夜の夕食は・・・すまんな、今度何か作ってやるよ。

 ユイはどうするつもりだ?」


 「一緒に行く。

 スズナと話すから」


 ユイは飛行術を駆使し、空中に浮かんだ。

 

 「おい、力を無駄使いするな」


 「え?」


 おれは説明した。


 「自称魔王に会った後だ。

 ヤツの卑劣さからして、手下の化け物を仕向けてくるかもしれん。

 一緒に火葬場まで瞬間移動するぞ」


 おれたちは皆手をつなぎ、目的の場所に数秒で到着した。

 ユイの手はきれいで柔らかかったが、古い傷跡が痛々しく付いていた。

 


               ―――



 「S市の第三中学校の体育館に行けって」


 葬儀場に到着すると、焦燥した顔のスズナが待っていた。

 隣ではダイスケが白目を剥いて倒れており、女神ハトに介抱されている。

 

 「初めてにしてはダイスケ、よくやったわ」


 なでなで。

 女神の姿は能力者にしか見えない。

 スズナはうなずいた。


 「ダイスケ君、かなり霊力を使っちゃって。

 気絶・・・というか、そのまま寝ちゃったわ」


 「火葬場で爆睡とか、豪胆すぎるだろ。

 どれ」


 おれは手のひらに力をこめ、軽くダイスケに力を送った。

 

 「う・・・ん?」


 彼はゆっくりと起き上がり、ひえっと声を上げた。


 「おはようダイスケ。

 今夕方の5時を少し回ったところだ。

 初陣は成功だが、おれらの街が壊された」


 「はあっ!?」


 メガネがずり落ちている。

 おれは念話に切り替え、スズナとダイスケにこれまでのことを話した。

 ユイも参加する。


 「おれの家・・・家族・・・」


 ダイスケは座り込み、床を叩きながら泣いた。

 スズナも涙を流す。


 「日本の神祇に害されるのが石井家の定めとはいえ、これは・・・」


 「スズナ、メガネ君・・・」


 ユイも辛そうに下を向いた。


 「しかし、あれは本当に崇徳上皇なのだろうか」


 おれは疑問を口にした。

 もちろん念話でだ。


 「サーラ、ナビ、どう思う?」


 「死のにおいがしないでしゅ」


 「古い怨念のにおいがしました。

 死人かどうかまでは、分かりませんでした」


 二人は意見を述べた。

 おれはユイに向き合った。


 「彼らの意見を踏まえると、さっきの糞鳥は自称上皇と考えるべきかもしれない。

 有名人の名を騙った偽物。

 そいつが街に隕石を落とした」


 「では、正体は?

 そしてなぜ街を・・・?」


 おれは頭を振った。

 遠くでクラスメイトらが変な目で見ている。


 「今は分からない。

 情報が少なすぎるからな。

 まあ、気を付けるに越したことはない。

 かといって怖がり過ぎるのもヤツの思うつぼだし。

 さて、第三中学校まで移動するらしい。

 ユイ、今日はいろいろと世話をかけたな」


 「世話だなんて・・・」


 彼女は急にそわそわしはじめた。

 やや態度が軟化したようだ。


 「これがシラネの巫女の仕事だし。

 邪神・・・じゃない、ユウマの力も見ることができた」


 「ユイはもう帰るの?」


 スズナが言うと、彼女はこう告げた。


 「そうねえ。

 スズナ、もしよかったら、うちに来ない?

 女の子一人ぐらいだったら泊められるし・・・というか、ずっといてちょうだいよ。

 私たち・・・遠い親戚だし、お友達じゃないの」


 「ん・・・」


 スズナは涙をぬぐった。

 S市には彼女の父親のいる寺があるが、呪いのせいで共にいることができないのだ。


 「そうだ、スズナ、世話になった方がいい。

 山田がおれらを見ている。

 今夜はきっと、体育館で一夜を過ごすことになるだろう。

 奴らに何かされたら大変だ」


 その通り。

 山田と沼田、その彼女の鎌田シエナ&取り巻きがすごい目でこちらを見ている。

 

 「スズナ、その方がいいわ」


 サーラも言う。


 「まあ、体育館でも私がずっと監視してやるので、あの愚か者たちは悪さできないでしょうけど」


 彼女がじろりとにらむと、山田らはひっと声を上げて遠くに逃げた。


 「八田らは死んだな」


 おれはつぶやいた。

 因果応報。

 おれをいじめぬいた男の幾人かは死んだが、主犯格がまだ生き残っている。

 皮肉なことだが、それが人生なのだろう。

 それよりも山田の姉・レイがあの日つぶやいた言葉が胸に引っかかったままだ。


 (もうすぐここは終わる)


 「み、皆さん!」


 斎藤ちゃんが真っ青な顔だ。

 後ろに警察に事情聴取を受けている校長らがいる。

 生涯で最もハードな日が今日なのだろう。


 「第三中まで移動します。

 今夜はそこで待機するようにって・・・」


 そこまで言うと泣きはじめた。

 彼女もまた、家と家族を失ったのだ。

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