19 羅刹の家 ①八田の最期

 (これは隕石衝突よりも数週間前、いじめっ子らから金をとりもどす話)



 おれが意識を取り戻してから痛烈に思ったことがある。

 金が欲しい。

 切実に欲しい。

 生来おれは財に目がなく、どちらかというとしまり屋の性質だ。

 残念なことに、この身体はまだ未成年なので本格的に働くことはできない。

 だから意識がユウマだった時にカツアゲされた金をとりもどさなくてはならなかった。

 法的に訴えてもいいが、盗られたときの証拠が少なすぎる。

 おれの意見だけでは立件できない。

 加えて、保護者のさつきが大馬鹿で、弁護士に依頼するなんて到底無理な話だ。


 しかし時は来た。

 賽は投げられた。

 山田たちに取られた総額推定10万を取り戻すのだ。

 おれの身体は黒木ユウマだが、意識はおれだ。

 源義経。

 我が名にかけて、敵にしっかりと報いてやる。


 「ナビ、サーラ」


 眷属に声をかけると、彼らはするりと空間から現れた。

 銀髪の天女と薄緑色の神狐。


 「今から敵陣に乗り込みに行くぞ。

 敵は山田直己、沼田真一、長澤ジーク、それに八田智大だ」


 精霊たちは歓喜し、サーラは瞬時に武装した。

 銀色の鎖帷子を身につけている。


 「いつでも大丈夫ですよ、あるじ様」


 「をれの諜報力も忘れなく、でしゅ」


 「よろしい。

 敵4人からそれぞれ10万ずつ取り上げる。

 そうそう、八田はもう3万払ったので、7万だ。

 ナビ、八田の家はどこにあるか調べろ」


 天界のAIはコーンと鳴くと、うなずいた。


 「八田の家を確認。

 現在ターゲットの家族しかいないでしゅ」


 「ではそこからだ。

 トモちゃんから7万もらう」


 おれたちは瞬時にして八田の家にワープした。

 広々とした洋間に現れたおれたちに、八田が腰を抜かす。


 「く、く、黒木!

 バケ・・・モン!」


 「ごめんねトモちゃん。

 あまりにも遅いから、取り立てに来ちゃった」


 運動神経のよい男らしく、おれの頭目がけてバットが振り下ろされる。


 「だめよ、乱暴しちゃ」


 バットは綿あめに代わり、ぽわんとおれの頭に乗っかった。

 甘い匂いだ。

 ナビが大喜びで食べている。


 「う、うるせえ!

 今度こそ殺してやる」


 サバイバルナイフを出し、闘牛のように向かってきたが・・・。


 「か、体が・・・動かねぇ」


 それもそのはず。

 サーラの金縛り術で目玉しか動かせないのだ。

 ナイフが床にカランと落ちた。

 おれはそれを隅に蹴とばし、最後通牒を叩きつけた。


 「弱い者いじめはする、カツアゲはする。

 おまけに相手に刃物を突き立てようとする。

 おまえは救いようのないクズ、犯罪者だな」


 「ううっ・・・」


 八田は悔しそうに歯を食いしばり唸るが、言葉を発することはできない。

 サーラに禁じられてたからだ。

 この上もなく反抗的な視線をこちらに向けている。


 「あるじさま、ここにあるでしゅ」


 ナビが尾で示した先に、机がある。

 一番下の引き出しを開けると、半年ほど前おれから盗んだ財布が入っていた。

 中身はない。

 

 「中身はどうした?」


 そう聞くと、八田は渾身の力をこめて笑った。

 せめてもの抵抗なのだろう。


 「このバカ!」


 サーラは悔し紛れに八田に平手打ちする。


 「もういい。

 サーラ、こいつは人間界にふさわしいか否か」


 「否」


 「ナビはどう思う?」


 「こんなやつダメでしゅ!」


 「貴重な意見、ありがとう」


 おれはゆっくりとうなずき、八田に向かい合った。


 「最後に一言話すことを許してやる。

 サーラ、言葉を返してやれ」


 「はい分かりました」


 言葉の禁を解かれた八田はおれを激しく罵った。


 「八田智大。

 どうして中学に入ってからおれをいじめ始めた?

 小学校の時は、同じクラスではなかったとはいえ、おれに興味がなさそうだったのに」


 「死ね!

 ぶっ殺してやる!」


 八田は唾をかけてきた。

 要するにいじめ自体を楽しむようになったのだ。

 おれがいなくとも、こいつは別のターゲットを見つけて、他の不良仲間と共に暴力行為にいそしむだろう。

 相手は男子かもしれない。

 もしくは抵抗できなさそうな、弱そうな女子かも。

 

 「八田、こっちを見ろ」


 おれは魔力を解放し、八田の凶悪な瞳を覗き込んだ。


 「き、金の目!」


 八田は叫んだが、あとの祭りだ。

 こいつは既に、罪を犯している。

 ネコを数匹惨殺。

 それをスマホに録画して楽しむ。

 幼女をレイプ。

 店での万引き。

 浮浪者を殴って大けがをさせている。

 浮浪者はその後死亡した。


 「強姦強盗殺人。

 八田智大。

 おまえは人間にふさわしくない。

 堕ちろ、手始めに・・・」


 ナビが虫を捕まえている。

 みんなの嫌われ者、コックローチ・・・つまりゴキである。


 「ゴキの意識と八田の意識を交換する。

 さらば八田。

 ゴキの寿命を終えた後、地獄に堕ちるがよい」


 「ぎゃああ!」


 八田と虫に青白い電流を浴びせた。

 しばらくして、八田はむくりと起き上がった。


 「おはよう、ゴキの八田君」


 おれが話しかけると、八田は何も答えず、知性のない目でこちらを見た。

 すばやく四つん這いになり、床を動き回る。

 ゴキはというと、虫の脚での移動に慣れないらしく、何度も壁にぶつかっている。


 「おまえにはおあつらえ向きだな、その姿」


 おれはそう言い、八田の机を物色した。

 汚ねえ、前のテストがくしゃくしゃになって入っている。

 しかも20点とかしか取れてない、こいつは馬鹿だ。


 「八田のバカ、いじめる暇があるんだったら少しは勉強すればよかったのにな」


 「誰だ!」


 部屋のドアが開き、中年の男が入ってきた。

 そういえば今日は土曜日、父親も休日で在宅なのだろう。


 「こんばんは、ぼくは八田君のお友達です」


 おれがにっこり笑うと、男の顔は深紅に染まった。


 「今何時だと思ってる!

 夜の11時に家に乗り込んでくる奴が友達なわけねえだろう!

 泥棒め、警察に突き出してやるわ!」


 「へえ、泥棒だって」


 おれが挑発すると、鋭いパンチが飛んできた。

 するりとよける。

 なるほど、親父が暴力的だから八田もあんな性格になったのだな。


 「では、あんたに見せてやろう。

 息子の罪の数々を」


 おれは八田の親父を金縛りにし、言葉通りにしてやった。


 「う、嘘だ!

 魔物め、金色の目の悪霊め!

 おれの息子がそんなことす、するわけがない・・・」


 「どれ、あんたはどうかな」


 おれが親父の目を覗き込むと、息子そっくりの罪状が浮かび上がった。

 八田の親父は産業廃棄物会社の社長で、平たく言えば社会の闇で根を張る人間―――反社だった。

 若い頃からチンピラで長澤の親父と同じバイクチームに入り、様々な犯罪に手を染めた。

 窃盗、コンビニ強盗、詐欺、挙句の果てには人身売買までやった。

 直接殺人はやってないが、間接的に死に至らしめる、相手の精神を壊して自殺させることは平気でやっている。

 若い頃は同級生の女子を集団で強姦。

 最近は認知症の高齢女性をレイプ。

 その財産を奪取。

 息子そっくりの、吐き気を催すゲス野郎だ。


 「ナビ。

 これをウィーチューブに流せるか?」


 「情報の事なら何でもできるでしゅ」


 「やってくれ。

 発信源はなるべくぼかすように」


 「な、なにをしたぁ!」


 八田の親父が喚くが、もう遅い。


 「下人よ、よく聞け。

 今宵が年貢の納め時だ。

 おまえの息子がおれから奪った金を返してもらう。

 利子をつけて10万だ。

 本当は7万だけど、きさまらを見て胸が悪くなった。

 だから金額が跳ね上がったのだ。

 早く出せ」


 「泥棒が!」


 「おまえこそ泥棒だろう、汚らわしい下人の分際で」


 脇腹に蹴りを入れると、男はぐったりとなった。

 気絶している。


 「ナビ、こいつを操って、金を持って来させろ。

 その後おれらの痕跡を全て消すのだ。

 出来るか?」


 「朝飯前、でし!」


 コーンと鳴く。

 かくしておれの財布と金は戻ってきた。

 八田親子はもうダメだ。

 後日、警察が動いたのだ。

 八田の親父に騙されりレイプされたりした被害者が声を上げたからだ。

 ネットに公開された、えぐい真実。

 動かぬ証拠。

 八田の親父は逮捕され、会社は他の者の手に渡った。

 八田の母ちゃんは離婚して別の県に逃げたらしい。

 息子はすっかりアホになり、福祉のお世話になっているし。

 いや、中身がゴキになっているだけなのだが・・・。


 こうしていじめっ子八田智大に対する決着は着いた。

 怒りや破壊欲はうまくコントロールすべきである。

 

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