15 嵐の前の静けさ

 検死が終わり、杉田先生の葬式が行われることとなった。

 10月の第一日曜日。

 友引の日。

 場所は、隣のS市にある私立火葬場で、とのことだ。

 よくそんな日にやるものだとあきれ返った。


 「家が新興宗教だから、そんなの気にしないんでしょう」


 スズナが言った。

 おれはサーラに目配せし、こう答えた。


 「なるほど。

 で、出席するのか?」


 「行かざるを得ないわ。

 一応担任だったし、私は・・・学級委員だし」


 うつむいている。

 成績優秀でまじめなので、半ば押し付けられたような形だったようだ。

 そういえばスズナは、同じクラスの女子と懇意にしているような感じではない。

 いじめられてはないようだが。


 「おれも行く」


 そう言うと、スズナは目を大きくした。


 「まあ、ユウマ君なりの考えがあるのだろうけど・・・。

 あんなに嫌がらせ受けてたのに、どうして?」


 「胸騒ぎがするって、あるz・・・いや、ユウマが言ってたから」


 サーラが説明した。


 「北川ダイスケはどうするの?

 もちろん行くでしょう?」


 「お、おれ・・・」


 ダイスケはどもりつつ口ごもった。


 「親は行けって言ってるけど、正直火葬場ってこわ・・・」


 「また臆病風に吹かれて‼」


 小さな女神ハトが空中に浮かび上がり、彼に軽く一撃をかました。

 周囲の生徒らは能力者でないので、その姿を見ることはない。


 「ダイスケ、ユウマ様の眷属としての自覚が足りん!

 行くとはっきり答えなさい」


 「ってことで、おれも行く」


 「それがいいな」


 おれはうなずき、念話に切り替えた。


 「ギンコンスの能力者も来るだろう。

 気を付けろよ」


 「いつでも大丈夫」


 サーラがうなずく。

 チャイムが鳴った。

 周囲の生徒らが驚きと侮蔑の視線を投げかけてくる。

 元いじめられっ子が誰かと話しているのが不思議なのだろう。

 おれが睨み返すと、連中はヘビに睨まれたカエルのように固まった。


 「ユウマ君、やりすぎ」


 スズナが念話で返す。


 「お、おれ・・・戦うのはまだ・・・」


 念話ですらどもるダイスケに、ハトはきっぱりと言う。


 「ダイスケ、まだ5日ある。

 今日から特訓するわ。

 りっぱな退魔師にしてみせる」


 「ユウマ、人生って・・・分からないものだよね」


 ずり落ちた眼鏡を直しつつ、ダイスケはつぶやいた。


 「まあなんというか・・・。

 がんばれ、ダイスケ」


 おれは念話でそう答えた。

 人生分からないものだ。

 気づいたらデブの落ちこぼれに生まれ変わっていて、なぜか魔法が使える。

 サーラやナビといった天界の精霊が仲間となり、同じクラスのスズナやダイスケとも友人になった。

 

 (あいつは、無理かな)


 脳裏によぎるのは、シラネの巫女。

 長い髪をポニーテールにした、白樺のようにすらりとした少女。

 ユイとは、もう会わないだろうか。

 おれを邪神呼ばわりするのは気に食わない。



               ―――



 葬儀の日になった。

 おれは制服に着替え、サーラと一緒に学校に行った。

 すでにバスが止まっていて、それに乗り込んだ。

 

 「おはよう」


 スズナが声をかけてくる。

 隣には焦燥した顔のダイスケが座っている。

 さんざんハトにしごかれたのだろう。

 いざとなったらお手並み拝見させてもらおう。

 おれは彼らにあいさつし、後ろの席に座った。


 「山田も来てるよ」


 ダイスケが念話で伝えてきた。

 やや動揺しているようだ。

 横目で見ると、バスの後部に山田と沼田がものすごい顔でこちらを見ている。

 

 「八田と長澤はいないのね」


 スズナも念話で返してくる。

 おれは微笑んで答えた。


 「この前のショックが治ってないんだろ。

 長澤はほとんど廃人だし、八田は別の存在になってる」


 「え?」


 二人は思わず声を上げ、サーラにしっとたしなめられる。


 「ふふ、葬式が終わったら話すからさ。

 大して面白い話じゃないけど」


 「みなさん、出席を取ります」


 副担任の斎藤ちゃんがバスに入ってきた。

 きっちりと喪服を着て、地味なベージュの口紅をつけている。

 クラスは全員で36人だが、欠席者は5名。

 八田、長澤以外にも3人もいる。


 「宗教関係で来られないらしいわ」


 学級委員長のスズナが念話で伝える。


 「家が宗教やってて、自分たち以外の宗教の葬式には出ない、みたいな感じ」


 「宗教って怖いよな」


 ダイスケが嘆息する。

 だいぶ念話がうまくなったようだ。


 「ねえ、あの山田って奴、すごく違和感があるのだけど」


 サーラが目配せしつつ伝える。

 念話なので仲間以外に聞かれず、便利だ。

 バスが動きはじめ、大通りに出たところだ。

 どんよりとした空が目に入り、陰鬱な気持ちになる。


 「違和感って?

 まさか、ギンコンスとか?」


 おれが問うと、彼女は首をかしげた。


 「いえ、この前会ったユウジとかいう男とは別のにおい。

 なんかこう・・・。

 正統の中の邪悪、といった感じの違和感」


 「サーラ、難しいこと言いすぎよ」


 スズナが山田をちらりと見つつ念話する。


 「ナビはどう思う?」


 おれは鞄をやや開け、念話を向けた。


 「異教の神・・・もしくは精霊のにおいがするでしゅ」


 ナビの声が響いてきた。

 自前の空間で待機させているのだ。


 「ふむ。

 この前押し入ったときには会わなかったけど、変な家だったな。

 でも、やつの姉がなかなか可哀想で・・・」


 「姉?」


 スズナとダイスケが目を見開く。


 「お、おれ・・・。

 山田に呼ばれて家に遊びに行ったことあるけどさ。

 ほら、5丁目の大邸宅。

 すっげえ豪華でびっくりしたよ。

 でも、きょうだいがいるなんて話さなかったよ。

 隠してただけか」


 「あとで話すからさ」


 おれは軽く片目をつぶった。

 サーラは黙って窓の外を見ている。

 それからしばし、沈黙が続いた。

 バスは雑木林を通る道をいくつも通り、やっとS市に出た。

 山のふもとにある火葬場に着くころ、空模様は小雨に変わっていた。


 「覚えてろよ」


 バスを降りる際、山田はおれにそう吐き捨てた。

 

 「礼儀をわきまえろ、犯罪者のくせに」


 おれがそう言うと、奴の顔は真っ青になった。

 周囲の連中が見て、あたふたしている。

 まさかいじめられっ子が噛みつくと思わなかったのだろう。

 鎌田シエナが彼氏の沼田と手をつなぎ、いちゃついている。

 葬式だというのに、こいつらの脳味噌は虫以下なのだろう。


 「うっぷ・・・」


 先に降りた女子が顔を青くし、口を押えた。

 館内に入る前から骨の焼けるにおいがしたからだろう。


 「さあ皆さん急いで。

 もう式が始まってしまうわ」


 斎藤ちゃんがあわてておれらを急かす。


 「まったく、火葬場で葬式なんてするからこんなことになるのよ」


 ぶつぶつ呟き、よじれたパールのネックレスを直している。

 

 会場に入った。

 喪主は杉田の兄で、40がらみのよれよれの男だった。

 着なれない喪服を着て、白髪の目立つ髪はぼさぼさ。

 青白くやせて、目の下にはくまがはっきりと出ている。

 ろくに挨拶もできず、一言でいえば・・・引きこもり中年を具現化したような男だ。

 スズナによると、彼はやはり無職ニートで、妹の仕送りで暮らしていたらしい。

 先生の両親は既に他界しているので、必然的に彼が喪主になったとのことだ。

 

 おれは花で飾られた祭壇を見た。

 神式のせいか、白一色。

 中央に在りし日の杉田美也子先生の遺影が飾られている。

 死んだ時よりも若い時分のもののようだ。

 桃色の着物を着て凄みのある笑みを浮かべている。

 若く美しい女。

 それがギンコンスの教祖だったとは。

 

 神官が入ってきた。

 70過ぎの老人で、たぶんこいつもギンコンスだろう。

 しかし、何の霊力も伝わってこない。


 「あれは下っ端ね。

 能力がないどころか、ふつうの宗教だと信じ切っているかわいそうな男よ」


 サーラが念話で呟く。

 神官はしわがれた声で祝詞を上げ、榊を振る。

 杉田の兄はますます顔を青くし、ただただブルブル震えている。

 斎藤ちゃんや校長、教頭、学年主任と言った面々は、ある者はさも馬鹿にしたように祭壇を見つめ、ある者はぽろぽろ涙を流している。

 同僚の女教師は、ほぼすべてが嘲笑を浮かべている。

 葬式で人間模様が浮き彫りになる、という話は本当だったようだ。


 かたりと祭壇が動いた。

 地震だろうか?

 神官はそれに気づかず、熱心に祝詞を上げ続けている。

 再び異音がした。

 祭壇全体が大きく揺れている。

 明らかにおかしい。

 そして次の瞬間、棺の蓋が爆発したように吹っ飛んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る