14 北川覚醒

 「は、は、話って何?」


 放課後、中庭に北川を呼び出した。

 来るかどうか心配だったが、石井スズナが一緒だからと言ったらすぐにやってきた。

 警戒心百パーセントの視線を向けている。

 おれより約10センチは背が高い。

 体はひょろっとしていて色白で、弱そうに見える。

 どうして山田の一党に加わっていたのだろうか?


 (引き抜いてやる)


 おれは内心意地悪な考えに満足し、意気揚々と話をした。


 「やあ北川大輔。

 ちょっと面白い話をしようと思ってね・・・」


 話を続けようとすると、彼はこちらを指さし、いきなり尻餅をついた。


 「い、犬!

 緑の犬」


 おれの後ろから来たのは、サーラとスズナだ。

 スズナは腕に子ギツネ型のナビを抱っこしている。


 「この男、素養あるでしゅ」


 ナビはスズナの腕からふわり飛び降り、着地するや否や男の子に変化した。


 「初めましてでし。

 をれを見られるってことは、をまえも能力者ってことでしゅ」


 「北川、周りを見てみろ」


 おれの言葉通りにした北川は、あっと声を上げた。

 それもそのはず、中庭はセピア色になっており、廊下を歩く生徒らの姿は停止したままだからだ。


 「中有界という。

 おれも最初はびっくりしたがね。

 古写真の中に放り込まれたみたいだろう」


 「あ、アアッ・・・」


 北川はずり落ちるメガネを手で押さえ、驚愕の声を出している。


 「でも、おまえはここでも動いていられる。

 能力者だという証明だ」


 「く、黒木・・・。

 お、おれを・・・おれにふ、復讐か・・・?」


 「おまえはおれに何もしてなかっただろう。

 だから何もやらん。

 それよりも、どうして山田なんかと一緒にいるんだよ?」


 彼はほっと弱いため息をつき、こう話し始めた。


 「やつの父親がおれの親父の上司なんだ。

 山田工務店。

 知ってるだろ。

 北関東で一二を争う会社だ。

 ・・・逆らえなかった。

 おまえのいじめを止めたかったけど、親父をクビにするって脅されてて。

 本当にすまなかった」


 いきなり土下座した。

 サーラの言った通り、悪人ではなかったようだ。


 「北川、よせ。

 もういい、おれは連中に落とし前をつけたからよ。

 にしてもおまえ、霊能力のことを聞いても驚かないのか?」


 北川はおずおずとうなずいた。


 「実はガキの頃から変なものが見えてたからな。

 頭がおかしくなったんだと思ってたけどさ、でも、そうとも言い切れなかった」


 ぽつぽつ話し始めた。


 「おれが5つのとき、3つ年下の妹が高熱を出した。

 親父は仕事で忙しく、おふくろはパートで家にいない。

 頼れる人がいなくて困ってた。

 妹をじっと見てたら、黒い影が出てきて、彼女を連れ去ろうとしてたんだ。

 思わず、叫んだよ。


 『だめだ!

 おれの妹はわたさない!』

  

 そうしたら、手から緑の蔓が鞭みたく伸びて、影を真っ二つにした。

 影は消え、妹はウソみたく元気になった」


 「夜叉神の加護でし」


 ナビがうなずいた。


 「をまえ、今も見てるね・・・?」


 北川の右隣にいる空気の渦を指さすと、メガネはうなずいた。


 「これ、なんだろう?

 物心ついて以来一緒にいるみたいだ。

 変な憑き物・・・?」


 「あるじ様」


 ナビはおれに向き合い、言った。


 「この夜叉神は力が弱っていて実体化できないでし。

 彼女は善良な精霊で、今まで多くの人間を救ってきたでしゅ。

 そのため力を使い果たし、こんなふうになった。

 一時的に霊力を補充してあげるでしゅよ」


 「できるかどうか分からんが、やってみるか」 


 おれは両手に魔力をこめ、渦に向けた。

 青い光が発射され、渦はたちどころに人型になる。


 現れたのは、一人の少女だった。

 年は6歳ぐらいで色白、茶色い髪と紫の瞳で頬にはそばかすがある。

 ややウエーブした髪の毛をぶどうの蔓で結んでおり、その先端には小さな山ぶどうが垂れ下がっていた。


 「実体化できた!」


 少女は喜び、空中に浮かび上がって手を叩いた。

 対して北川はといえば、本格的に腰を抜かしたようだ。


 「あわわわ」


 「北川、これがおまえと一緒にいた夜叉ヤクシャ神だ。

 女性だから、ヤクシニーか。

 お名前は・・・?」


 おれがたずねると、少女は首を傾げた。


 「ずっと昔、この子の先祖はあたいをハトって呼んでた。

 彼らの言葉で、山ぶどうっていう意味らしいの。

 彼らに果物の恵みを与えて飢えを退けてたわ」


 「悲しいわね」


 サーラがぽつりと話した。


 「さんざんお世話になっておきながら、守護精霊の存在すら忘れ、恩を忘れて傲慢に生きた人間。

 そんな彼らを罰することもなくただ寄り添っていた小さな女神」


 「でも、この子はあたいを感知してくれたわ」


 ハトは慈愛に満ちた目で北川を見つめた。

 年齢に合わない、成熟した表情だ。


 「をれもヤクシャ族の一種でしゅよ、ハト」


 ナビが喜んでいる。

 

 「何か力になりたいでしゅ」


 「北川、自覚しろ」


 おれはこう言い、彼の肩をぽんと軽くたたいた。


 「おまえは能力者だったんだ。

 しかも古代の女神がついているなんてすごいじゃないか。

 彼女のためにも能力を磨け」


 「能力を・・・磨くって?

 悪霊退治とか?

 こ、怖いな・・・」


 ハトは北川の頭を軽くぺしっとはたいた。


 「しっかりなさい!

 あんたの先祖は勇敢で、いろんな鬼魔と戦ってきたのよ。

 どれ、実体化できたからには、あたいが根性を叩きなおしてあげよう」


 「うへえ、勘弁してくれよ~」


 半泣きになる北川と喝を入れるハト。

 まるでしっかり者の妹に叱られる兄貴のようで、ほほえましい。


 「で本題だが」


 おれは話を続けた。


 「北川、おれの仲間になれ。

 そっちのほうがいいぞ。

 山田とは縁を切れ」


 「そうよ、ダイスケ!」


 ハトが北川の上着を引っ張りながら相槌をうった。


 「あんな悪い子たちと付き合ってはダメ!

 こちらの神の眷属になりなさい。

 でないと、おしおきするわ!」


 「か、神って?

 黒木が・・・?」


 「北川、よくあるじ様を見て」


 サーラの言葉に彼は再び尻餅をついた。

 おれが力を一部開放したからだ。


 「目、目がぁ!」


 「金色の瞳。

 一級神の証拠よ。

 あるじ様こそはナンダ龍王の第四王子、虹の神にして未来の大神エリス。

 ひざまづきなさい」


 ハトに小突かれつつ(!)北川はその通りにした。

 おれはあわててやめさせた。


 「おい、サーラにハト!

 これじゃあいじめだよ、強制すんな。

 おれは北川、おまえの意志で決めてもらいたい。

 しもべでなく、仲間になってほしいんだ。

 どうだ?

 足を洗うにはいい機会だろう。

 山田どものことは心配するな。

 やつらはもう何もできない」


 「お、おれ・・・」


 北川はずり落ちた眼鏡をかけなおし、こちらを見た。

 おどおどした様子が、今はもうない。


 「山田なんか大嫌いだ。

 やつの取り巻きもね。

 力を確信した今、まっとうに生きようと思う。

 黒木のオーラに触れて分かったよだから・・・」


 唾をごくりと飲み、続けた。


 「仲間にしてくれ」


 「ありがとう、北川。

 おれのことはユウマと呼んでくれ」


 北川のほっそりした色白の顔に笑みが刻まれた。


 「おれのことはダイスケと呼んで。

 ・・・実はおれ、ここに来てから友達ができたの初めてなんだ。

 なんだかとても・・・うれしいぜ」

 


 

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