11 それぞれの思惑
黒木の家は代々浄土宗だ。
導師(僧侶の事を浄土宗ではそう呼ぶ)入場、読経に焼香、ごくわずかの泣き声が収まった後、葬儀は終了した。
祖父の誠司は台所で倒れ、そのまま孤独死したらしい。
まだ70になったばかりだった。
腐敗がひどいとのことで、棺は閉められている。
「あそこに死体は入ってませんね」
姿を消したサーラがこそこそ話す。
「腐敗どころか、花のにおいしかしないでしゅ」
ナビもうなずく。
「お祖父さん、もしかしてどこかで生きてるんじゃ・・・?」
「何のために自分の死を偽装するんだよ?」
おれが聞くと、ナビは首をかしげた。
「何かから逃げるため、もしくは他人として生活するため、でしゅか?」
「70にもなって新しい人生か。
いいねえ、なかなかロックな爺様だ」
「・・・君、ユウマ君」
肩をコンと軽く叩かれた。
叔母の菜緒子がしかめっ面をしている。
最後列に座っていたユウマの所まで、わざわざ移動してきたのだ。
アラフォーだというのにやせすぎで、まるでミイラみたい。
容姿のまずさは黒木家の特徴だ。
川端の婆がバカにして嘲笑ってたのを覚えている。
美人なママに似てよかったね、と嫌味たらしく言われたことも。
「お父さんに焼香して。
大丈夫?
あんた、さっきからぼうっとしてるよ。
ここは
口うるさいミイラめ、と心の中で反抗しつつ、おれは焼香した。
死人のない葬式。
とんだ茶番だ。
ここで棺をひっくり返して、中に死体がないのをみんなに見せたらどんな騒ぎになるかな?
言われた通り焼香礼拝し、口をぴくぴくさせながら席に戻ると、最前列のユウジがものすごい顔でこちらを見ていた。
結局いとこではなく、異母兄弟だったか。
全く似てないので、言われないと分からないだろう。
腹違いのきょうだいといったら、嫌な思い出しかない。
昔、そいつのせいで首と胴体が泣き別れしたのだからな。
だからこのユウジとやらにも関わってはならない。
おれは葬儀の後、火葬場まで行くのを拒否した。
静磨は残念がってたけれど、無理強いはしなかった。
愛人が腕にしなだれかかってたから、鼻の下を伸ばしているのだ。
このアオイという女、まさか杉田と同門だとは。
世の中末恐ろしいものである。
とはいえ、アオイは最低限のマナーの持ち主だった。
おれのみならず、親戚や弔問客にも頭を下げて礼を言ってまわった。
こんなことは、さつきではできないだろう。
我が母ながら恥ずかしく思う。
ふと見ると、ユウジの肩に何かがついている。
毛だ。
白いふわっとした毛。
ペットでも飼っているのだろうか。
「おい、毛がついてるぞ」
おれが触れると、彼は電光石火の勢いで手をはたいてきた。
「おれに触れるんじゃねえ!」
「ユウジ!」
アオイが叱った。
おれの方に向かい、頭を下げる。
「ごめんなさいね。
この子、とても引っ込み思案なもので。
ごく最近、あなたのことを知ったので、まだ心の準備が・・・」
「はあ、さようですか」
おれは無表情に彼女の嘘を受け入れてやった。
そう、それは真っ赤なウソ。
ユウジは昔からおれの存在を知り、憎んできたのだろう。
日陰の存在に甘んじなければならないことを恨みつつ。
その後、ユウジは貝のごとく黙りこくった。
「じゃあ、ユウマ」
小柄で肥満体型、カピバラ顔の父・静磨がやってきた。
不細工の部類だが、モデルと結婚し愛人までつくった男。
最高学府の出身&大手通信企業の部長という肩書は伊達ではない。
一流企業に就職し、きちんと稼ぐ。
世間的にみればすばらしいことだし、おれもそう思う。
しかし、人間として・・・父親としては最低の部類だ。
最低の父静磨と、最低の母さつき。
生まれ変わったはいいが、そこは最低の家庭環境だったわけだ。
でもいい。
おれは自由に生きることができる。
勉強して学校に行くのもいい。
早めに就職して稼ぐのもいい。
世間体にとらわれず、やりたいようにやるのが目的だ。
それが人生だ。
一度死んだ身としては、どんな人生にも価値がある。
「さて、弁護士の所に行くか。
予約はとったから、すぐ会えるべ」
昨日電話し、ランデブーの予約を取り付けた。
というか、ナビの術でだまくらかし、おれの都合に合わせたのだ。
弁護士は中嶋章太郎というらしい。
「おい、おまえ」
父たちと別れた後、おれは地下鉄に乗るために表通りを歩いていた。
正午過ぎなので人通りが多い。
街路樹の陰から、いきなりユウジが現れた。
なるほど、こいつも能力者で、
目をひん剥いて驚愕の表情を作ってみる。
ユウジは満足そうな残酷な笑みを浮かべた。
ありがとう、騙されてくれて。
実はおれ、演技が得意だった。
サーラやナビいわく、ユウジとその母親はよこしまのにおいがするらしい。
この際調べてもいいかな。
「ふっ、手間をかけやがって」
ユウジは薄く笑い、おれをひっつかんでセピア色の空間に引きずり込んだ。
おれはわざと悲鳴を上げた。
二人の眷属も一緒に付いてくる。
さて、きょうだい水入らずの時間が始まった。
―――
セピア色の空間に入ったのはこれで三度目だ。
三度目の正直。
今回はどんな衝撃の事実が飛び出してくることやら。
「随分落ち着いているんだな」
ユウジは低い声で話しかけてきた。
「だってこれは夢だろう?
弟ちゃん」
おれがにやりと笑うと、彼の肩は小刻みに震えた。
怒りのためだろう。
「ユウマ、ここで死んでもらおう」
手に白い長刀を持っている。
魔力で創ったものだ。
それを見て、おれは納得した。
ヤタガラスに襲われた際同じものを見た。
少年声の襲撃者。
白頭巾で顔を隠していたが、正体はユウジだったのか。
そういえば、背格好もそのままだ。
「夢だと思って消えろ」
カキーンと音がした。
おれがそれを素手で受け止めたからだ。
強度身体強化しているので、刃物で斬られたぐらいでは傷つかない。
しかも、魔力で出来たものだし。
そのままヤツの力を吸収した。
「ば、バカな・・・!」
ユウジは真っ青な顔になった。
「じ、術が効かないなんて・・・」
「ユウジ君、残念でしたネ」
おれが挑発すると、彼は素手で襲いかかってきた。
次の瞬間、ユウジの身体は地面から2メートル上に上がり、大の字のまま釘付けになる。
空中磔刑もとい空中金縛りだ。
「まったく、今どきの人って同じ過ちを繰り返すんだね」
ややがっかりしたように言ってやった。
「さて、ユウジ君。
ボールはぼくの手にある。
いろいろ答えてもらうけど、いいかい?」
おれは雷の鞭を持ち、異母弟くんに見せつけた。
大丈夫、殺しはしない。
ただ少し、痺れてもらうだけだ。
きっといい刺激になるだろう。
〇〇〇
「ふむ、では、おまえは母親に言われて参加しただけか」
「フ~、フェ~」
痴呆症の老人が失禁したときに出す声が聞こえる。
すっかり毒を抜かれたユウジが空中でふにゃふにゃになっている。
雷の鞭を振るうこと4067回。
よくぞここまで耐えたものだ。
異母弟ながら、あっぱれなものよ!
「お稲荷様が願いをかなえるってェ~」
ユウジはフガフガと話す。
心のガードを粉砕してしまえば、こんなざまだ。
ユウジの母親アオイは、現在36歳。
南九州の貧困家庭出身で、高校卒業後に派遣社員として働いていた。
そこで父の静磨に
正式の妻になることを強く望んでいたある日、一人の老婆がいい話をもってきてくれた。
「婆さんはママの同郷のひとらしく、すぐ打ち解けた。
銀河稲荷様に頼めば、何でも叶えてくれるって」
「ほう、銀河稲荷か。
どこに神社があるの?」
「・・・そういう、正式のものじゃないんだ」
ユウジは顔をそむけた。
銀河稲荷は文字通りキツネの神を祀る新興宗教らしい。
銀色のお稲荷様で(!)、信者を保護し力を与えてくれるとか。
「条件があって、ケモノを飼って大切にしなくちゃいけない」
腑抜けのユウジはまくし立てる。
「動物愛護みたいなものか?
どんなペット?」
「人によって違う。
レトリバーを飼ってるやつを見たことがあるし、フェネックっていう奴もいる。
ついでもっておれは白ネコ。
あまり懐かないけど、それなりにかわいいぜ。
ケモノを通じて霊力を送ってくれるらしい。
だからおれも、中有界で暴れられるってわけだ」
ネコをかわいがるユウジを想像した。
かわいらしいじゃないか。
「教えてくれてありがとう。
おかあさんは何か飼ってる?」
するとユウジの顔は曇った。
「なにも飼ってないけど・・・。
もっと過激な修行をしてるみたいで」
「ふむ、そうか。
じゃあ最後に一言。
この前、仲間と一緒におれを襲撃したな。
どうしてあんなことをした?」
ユウジの目が灰色になり、よだれを流し始めた。
やばい、精神崩壊しかけている。
「託宣が下ったから・・・。
『黒木ユウマは日本を破壊する邪神である。
かの者を滅ぼしたならば、神になれるだろう』って」
「おまえは神になりたいのか?」
すると、ユウジは白目を剥いて痙攣しながら笑った。
「んなわけないだろ。
おれの願いは、ママに幸せになってほしいだけだ。
だから、おまえを、ユウマを殺す。
おまえの母親も一緒に・・・な!」
「おれのことがそんなに嫌いか」
「正直、おまえなんかどうでもいい」
ユウジ/ゾンビは歯をむき出した。
「でも、おまえら母子さえいなければ、ママはパパと正式に結婚できる。
託宣なんてどうでもいい。
おまえが邪魔なんだ」
我が異母弟は、頭が悪いマザコン野郎だ。
おれはこめかみを押しつつ
「おまえの所属する教団―――、ギンコンスか?
それともヤタガラスか?」
「ギンコンスだ。
そこで出世すれば、ヤタガラスに抜擢される。
そしておれは選ばれし者だ!」
賽は投げられた。
ギンコンスの上位組織がヤタガラスってわけか。
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