10 能力の代償

 (ユウマが葬式に行く一日前の話、第三視点です)



 ここはT市はずれのラブホテルだ。

 部屋の一室で、杉田美也子ミヤコは古代より続く性の営みの最中だった。

 

 「ああ、だめにして、だめにしてだめにして!」


 女は相手を抱きしめつつ白目を剥いた。

 中性的で整った顔が痴情でゆがむ。


 「ちょっと、う、うえっ!」


 杉田は慌てた。

 急速に顔が紫色に染まっていく。

 相手が渾身の力をこめて、彼女の首を縄で絞めているからだ。


 「グゥゥ・・・」


 犬のように低い唸り声を出し、杉田は死んだ。

 顔は醜く紫色に膨れ、白目は真っ赤に血走っている。

 生前の面影など感じられない、醜い醜い死体となった。

 休職中だったがあまりの子宮の疼きに耐えられず、街で適当な男を拾った末の最期だった。

 彼女は生来の気質のせいか、ギンコンスの神のせいか、強すぎる性欲の持ち主だった。

 PTAの父親たちや同僚の男教師、教頭だけでは彼女の尖った子宮をなだめることはできなかった。

 (ちなみに校長とはヤらなかった。

 彼は妻帯しているが、実は筋金入りのホモだったせいだ)

 仕方なしに授業の合間や仕事帰りに売春婦を装い、こうやって性欲を満たしていた。

 セックスは彼女の人生の重要な一部であり、やればやるほど自らの霊能力も研ぎ澄まされていった。

 それもあの日、黒木ユウマとかいうガキによって終止符が打たれたのだが。

 能力を失ってもなお、体が愛欲で疼くのはどうしたことか。

 その疼きこそが彼女の命を奪ったのだ。

  

 「あばよ、売女」


 相手は白い毛並みの獣をなだめつつ凶器の縄を外した。

 擦れた時に付いた血がついている。

 犯人はそれを舐め、満足そうに唸った後、獣にもやった。

 それは白い牙を見せて嗤い、エネルギーの光粒となって消滅する。


 「ははは、かわいい奴。

 女のファックよりも血の方が興奮するか。

 おれも実は、同じだ」


 彼らは陰に隠れ、瞬時に姿を消した。

 まるで幻だったかのように、部屋には誰もいなくなった。


 けばけばしいピンクの蛍光灯。

 中央の丸型回転ベッドの上に、杉田の死体が壊れたマネキン人形のように置いてある。

 蛍光灯の光が、かりそめの生気を与えているようだ。

 死体の影が動いた。

 影はだんだん大きくなり、実体化する。

 巨大な漆黒の狐だった。


 「さて、代償を払ってもらうぞ」


 魔獣は言い、死体の脇腹に噛みついた。

 びちゅり、と鈍い音がこだまし、周囲に新鮮な血が飛び散る。

 肝を引きずり出し、そのまま食ってしまった。


 「美味じゃ。

 薄味なれど、なかなか刺激的な味よ」


 それは赤い目を細め、長い舌で血まみれの口を拭った。

 


               ―――



 「悲しいお知らせがあります」


 校長は壇の上で生徒たちを見わたした。

 彼の顔は青ざめており、脂汗がにじんでいる。

 しかしマイクの前で、こう話した。

 校長たるは度胸、もといずうずうしさが必要なのだ。


 「昨晩、3-D組担任の杉田美也子先生が、何者かによって殺害されました」


 案の定生徒たちは一斉にざわついた。

 数人の男子生徒は涙ぐんでいる。

 それを見て校長は、人間の醜さを悟った。

 そして自分は女を好きにならない体質・・でよかったと心から思った。


 「先生は以前から体調が思わしくなく、療養中でした。

 現在は警察が現場検証中、詳しいことはまだ分かっておりません」


 生徒たちが大騒ぎしている。

 こそこそ話の波を断ち切るように、彼はマイクの前で声を張り上げた。


 「当面の間、3-Dの担当は斎藤先生にみてもらいます。

 マスコミの人たちが連日来ていますが、余計なことは言わないでください。

 執拗に聞いたりされたら、先生に相談してください」


 それだけ言い、後ろに下がってぐったりと壁にもたれかかった。

 横で教頭の外山がしくしく泣いている。

 それを見て、校長は怒りが込み上げてきた。

 思い切り睨みつけてやる。

 外山は事件が起きた日の夜、妻と外食中だった。

 店の証言やレシートも持っており、アリバイはある。

 柴田の件といい、なぜこんなガラの悪い学校に赴任してしまったのか。

 今年いっぱいで退職しよう、彼は固くそう決めた。



 「ねえ、杉田を殺したの、誰だと思う?」


 山田らが不登校になって以来、北川大輔と石井スズナは徐々に話をするようになっていった。

 スズナとしても、山田に押された際助けてくれた北川を悪くは思っていない。


 「さあね。

 美人だから、男関係派手だったんじゃない?

 にしても、受験間近なのにこんなことが起きるなんて」


 スズナの言葉に、北川はうなずいた。

 校長の説明よりもずっと早く、ラブホで女教師が殺害されたことはネットで話題になっていた。

 絞殺の上、わき腹を食いちぎられた被害者。

 部屋中に血が飛び散っていて、ホテルの従業員が一目見て気絶するほど凄惨な現場だったという。

 

 北川はメガネを持ち上げ、目をこすった。

 変なものが見えるのだ。

 それは白っぽい空気の渦みたいなもので、ふわふわ飛んだり、肩に止まったりする。

 重くはないし、においや感触もない。

 ただそれだけだ。

 時々、山田たちと一緒にいると渦が怒ったように彼の顔めがけて飛んでくる。

 それが厄介だった。

 今度メガネを買い替えてみよう、と彼は思った。


 「黒木、いないな」


 「お祖父じいさんの葬式に行くんだって。

 東京にいるはずよ」


 スズナは答え、不安げに顔を曇らせた。

 まさか・・・と一抹の不安が胸をよぎったからだ。


 (まさかね。

 山田たちに襲われてた私を助けてくれた人が、先生を殺すわけないわ。

 でも、仮に先生がユウマ君を殺しにきたら・・・)


 彼は一切の躊躇なく杉田を始末するだろう。

 義経の直情的な性格が、手に取るようにわかる。

 弱者に情けをかけるが、自らを害する者には容赦しない。

 少し不動明王にも似ているようだ。


 「山田たち、いないな」


 楽しげに北川がつぶやく。

 隣で鎌田シエナが舌打ちしてイライラしてるのが見えた。

 彼氏の沼田真一まで不登校なので、欲求不満なのだろう。


 「クラスが平和になった。

 このまま続いてくれればいいんだけど・・・学級委員としては」


 スズナはそう答え、疲れたような笑みを見せた。

 つられて北川も口元を緩めた。

 秋の寂しい風が通り過ぎたが、なぜか彼らの心はいつになく軽かった。 

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