9 祖父の遺言

 ヤタガラスに襲撃されてから一週間が経った。

 その間、おれは何事もなかったかのように学校に通い、それなりに日々を楽しんだ。

 まずは学校生活について。

 担任の杉田は体調不良のため休職した。

 復帰は未定だという。

 ギンコンスの使い魔を取られた反動だろうか?

 副担任の斎藤ちゃんが対応してくれるので、いい感じだ。

 とはいえクラスの連中は意地悪で、学級崩壊したままだ。

 でも、昔のような執拗ないじめはほぼない。

 特に、女子たちからは。

 神通力を使い始めてから急にやせてしまったのだが、それが関係しているのかもしれない。

 おかげで服をすべて買いなおす羽目になった。

 元の服は神通力できれいにした後、フリマで売った。

 いい値で売れたので、結構な収益になった。

 

 そして山田たちはもう来なくなった。

 しつこいのでみんなの前で一人ずつ蹴っ飛ばしてやったら、おれに近寄らなくなった。

 3年間続いたいじめが、ほぼ一瞬で終わったのだった。

 山田直己、八田智大ともひろ、沼田真一、長澤ジーク。

 こいつらは今、不登校だ。

 ひょろ眼鏡の北川がおれに何度も会釈する。

 この男だけは一度もおれを殴らず、カツアゲにも参加しなかったので見逃してやった。

 北川も今はぼっちだが、それなりに学校を楽しんでいるようだ。


 暴力教師の柴田は学校をやめた。

 懲戒免職、クビだ。

 おれだけでなく、他の連中に体罰やってたのがバレたからだ。

 しかも同僚の女教師を数人レイプしてたのも発覚し、警察沙汰になった。

 週刊誌の記者とかマスコミ関係の連中も学校に押しかけて、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。

 某巨大掲示板でもいろいろ書かれてたし。

 これぞ因果応報、正義は為されたのだ。


 山田らから取り上げた金がたっぷりあるので、多少余裕がある。

 アイテムボックスが使えるようになったので、そこに入れてある。

 自室の、机の引き出しになんて入れたら母親に取られてしまうからだ。

 この女は母親である前に、実家の川端家の奴隷なのだ。

 ド貧乏の川端を助けるために結婚したの、なんて平気な顔していう女。

 父親がこいつとおれを捨てて他の女に走ったのも、納得できる。

 女は顔がすべてではない。

 ある程度賢くて、まったくの常識人でなければいけない。

 でないと、おれの母親みたいになる。

 容姿は良いけれど、致命的なまでに愚かな女。

 妻としても母親としても失敗し、実家のロボットとなった不幸な人。

 それが今の・・おれの母親、さつきだ。


 ある日、学校から帰ると母が目をキラキラさせていた。

 一通の手紙が渡された。

 ・・・おれ宛だというのに、すでに開封されていた。

 

 「ユウマちゃん、黒木のおじいちゃんが亡くなったって」


 人が死んだというのに、妙に明るい声でさつきが言った。


 「あさってお葬式だから、行きなさい」


 「おふくろは?」


 「アタシは行かない」


 さつきは子供のようにしかめっ面だ。


 「あっちの両親やきょうだいにさんざんいじめられたし。

 静磨しずまとも一緒に暮らしてないし」


 「でも、おれは行かなくちゃいけないの?

 変だね」


 「手紙、読んでみてよ」


 それは弁護士からだった。

 黒木誠司(父方の祖父)の遺産は、すべて孫の黒木ユウマに遺贈する、とのことだった。

 爺さんは東京某所の地主の家系で、祖母はとっくの昔にガンで死んでいる。

 金持ちだがずっとやもめで、寂しい変人だと言われていた。

 最後に会ったのが両親が別居する前、小4の頃なので、何年もご無沙汰していた。

 手紙には孫はユウマだけなので、おれに財産を託すと書いてある。

 にしても、おかしい。。

 叔父のイサムにはおれと同い年の男の子がいるはずだ。

 叔母の菜緒子は独身だから仕方ないが。

 父と会うたびについてきたあいつは、何者だったのだろうか?

 もしかして、父は嘘をついていたのかもしれない。


 爺さんの遺産は、住んでいた家屋敷とペット、軽自動車とわずかな貯金だった。

 家にある備品はすべて孫に譲る、ということだ。

 

 「軽自動車は処分するとして・・・」


 さつきの目はうっとりと細められている。

 よくない兆候だ。


 「東京の23区内だからね、土地はいい値で売れるでしょうね・・・。

 ああっもう!」


 感極まって、両手をパチパチ叩く。


 「これでおばあちゃんの入院代を払えるよ。

 ミノルちゃんにもいろいろ買ってあげられるし」


 40過ぎても、自分の年子の弟をちゃん付けで呼ぶキチガイ女だ。


 「ちょっと待て。

 相続するのはおれだぞ。

 あんたじゃない」


 「え?」


 母の目が点になった。

 しばらくして言葉を出す。


 「だって、子供のモノは親のモノなのよ」


 「それって盗みなんだよ。

 弁護士に相談するぞ。

 おれの母親がこんなこと言ってるけどって」


 たちまちさつきの顔はくしゃくしゃになり、ギャーギャー喚きはじめた。

 もう、ため息しか出ない。

 極端に頭が悪く、常識がなく、感情的な女。

 父はこいつのどこがよくて籍を入れたんだろうか?

 サーラとナビが心配そうに見ている。

 おれは目配せし、母はそのまま深い眠りについた。

 朝までおやすみ。

 ナビの感覚操作は、当人を傷つけずに発動できるので便利だ。

 さすがはダーキニー女神、創るAIも優秀だ。



               ―――



 「やだなあ、行くの」


 中学校の制服を着たおれは盛大なため息をついた。

 朝5時だ。

 結局葬式に行くことになった。

 催眠にかけても、母の強欲は変わらない。

 ならばいっそ、おれが葬式の後弁護士に会って相続放棄をしてみよう。

 そんな流れになった。

 もちろん放棄する予定だということは、母は知らない。

 でも彼女の思惑通り、川端家に財産が行くぐらいならば、財産は受け取らないほうがいい。


 「私たちもついて行きますから」


 制服姿のサーラと黒い上下服のナビがうなずく。

 おれたちは互いに手をつなぎ、東京まで瞬間移動した。

 着いた先はおれが小4まで暮らしていたマンション近くの公園。

 その茂みだ。

 幸いなことに、誰もいない。

 5年前と同じ風景で、何だか涙が出た。

 あの頃はいじめもなかったし、友達だっていたのに。

 近所からつべこべ言われずに済んだのに。

 今日数回目の盛大なため息が漏れた。


 「人間って大変ですね」


 サーラがつぶやいた。

 

 「寿命が短いのに、欲や怒りで心を汚すのですね」


 「まあね。

 猿から進化したので、そういった性質を引きずっているのだろう」


 おれはぼんやりと答えた。

 ここから葬儀場まで、歩いて25分ぐらいなはずだ。

 さんざん罵られるだろうから、心しなければいけない。



               ―――



 「えっと、君は・・・?」


 会場に入る時、男に尋ねられた。

 七三分けの髪に黒縁メガネ。

 一見地味で真面目そうなサラリーマン風。

 これがおれの親父、黒木静磨だ。

 彼が喪主なのだ。

 叔父や叔母は会場内にいるのだろうか。


 「黒木ユウマといいます」


 ぶっきらぼうに答えると、静磨の小さな目が3倍ぐらいに開かれた。


 「ユ、ユウマ?

 きみがユウマ?」


 「あなた、導師様が来てしまうわよ」


 キンキンした声が聞こえた。

 会場内から、一人の若い女性がやってきた。

 喪服なのにミニ丈で、きれいな脚があらわになっている。

 髪を赤茶色に染め、ゆるく巻いている。

 耳には大きな真珠のピアス。

 さすがに化粧は控えめだが、それでも派手で目立つ美貌は隠しきれない。

 女性はこちらを見た。

 ものすごい・・・・・目で。

 姿を消したナビが警告するように、念話で伝えてくる。


 「あるじ様、こいつ、あるじ様のことを狙ってるでしゅ!」


 「狙うって、命を?」


 ナビがうなずく。

 主従関係にあるため、姿を消してもおれには彼が見える。

 白黒になっているが。


 「しかも、魔物付きでしゅ。

 魔物というか、悪霊かな」


 「古代の亡霊にみえます」


 同じく姿を消したサーラも念話で続ける。


 「この女、あるじ様に並々ならぬ恨みがあるようです。

 もしかして、父君の愛人・・・側室かもしれませんね」


 「ちょっと待って、アオイ」


 念話などつゆしらず、静磨は女に声をかけた。


 「息子が・・・ユウマが来てくれたんだ。

 ユウマ、久しぶりだなあ、お父さんうれしいよ」


 「ユウマ・・・さん?」


 アオイの目がすっと細められた。

 獲物を狙う捕食者のようだ。

 全身から殺気を感じる。

 このオーラは、以前感じたことがある。

 確かそれは・・・。


 (杉田だ!

 杉田と戦ってた時、あいつが出したオーラ。

 ってことは、こいつもギンコンス・・・?)


 「お母さん、何やってるの?」


 奥から少年が出てきた。

 きっちりした高価そうな喪服を着ている。

 年はおれと同じぐらいで、背はおれよりずっと高く、180センチはあるだろう。

 痩身ながら引き締まったスポーツマン体型。

 程よく日焼けした肌に、意志の強そうな華やかな顔立ち。

 一目見て、アオイの子供だと分かった。

 そしておれはこいつを知っている。

 親父と会うときくっついてきた、自称いとこの男の子。

 全てのパズルがはまった気分だ。


 親父はいとこと称して、愛人の子供をおれに会わせていたのだ。

 何たるゲス野郎!

 

 「ユウジ、戻ってなさい」


 毒が滴るような甘い声でアオイが言った。

 あいつ、ユウジと言うのか。

 何度も会ったのに、名前が分からなかった。

 教えてくれなかったし。

 静磨という男、おれが生まれたのと同時に愛人にも子供を産ませていたのだ。

 こんなカピバラみたいな顔した男がモテるだと・・・?

 

 「お金目的でしゅね」


 ナビが念話で伝えてきた。

 

 「人間の世界、汚いでし」


 「あの少年も邪道ですね。

 血のにおいがする」


 サーラは警戒を解かない。


 「あるじ様、気を付けましょう!」

 

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