8 おれは怨霊じゃない

 「気づいたようだね」


 男性の声が聞こえ、おれはやや強く揺さぶられた。

 まだ体が重いが、動かせる。

 目の前には、狩衣を付けた中年男と黒装束の少女がいた。

 背後には黒装束に黒頭巾で顔を隠した大柄な人物が5人。

 おれは白い寝台に寝かされていた。

 白い壁に白い床。

 病院にしては、アルコールや薬品のにおいがしない。

 窓がないので地下室なのだろう。


 「おれをどうするつもりだ。

 おまえら、暴力団だな?」


 「はじめまして、黒木ユウマ君」


 中年男が話し始めた。


 「突然すみませんね。

 わたしは土谷正仁まさひとといいます。

 S市の白鼠シラネ神社の神主です。

 反社じゃないですよ、そこのところよろしく」


 軽く会釈する。

 少女は警戒したようにこちらを見、不満げな表情をしている。


 「娘のユイが失礼をしましたね。

 この子は手が早くて・・・」


 「お父さん!」


 ユイが怒っている。


 「仕方ないでしょう。

 邪神を連れてこいなんて言ったのは、どこの誰よ⁉」


 「ははは、そうだったね。

 まあ落ち着きなさい。

 ユウマ君は見たところ、まだ暗黒面に堕ちてないし」


 「あのさ」


 おれは勢いよく上半身を起こし、立ち上がろうとした。

 が、無駄だった。

 脚にナニカが絡みついて、ベッドから離れられない。


 「邪神、残念でした」


 ユイはにやっと笑いながら、おれの右頬の傷を手当てしてくれた。

 白装束の男に襲撃された際にできたかすり傷だ。

 態度や言葉はとげとげしいが、手つきはやさしかった。


 「誤解しないでね。

 好きでやってるんじゃないんだから」


 「おれを拉致った目的は?」


 「あんたが危険すぎるから」


 ユイは紅茶をいれながら答えた。

 ティーパックのインスタント紅茶だ。


 「砂糖とミルクは?」


 「いらない。

 甘い飲み物は飲まない主義なんだ」


 寝台の隣のテーブルに紅茶とお菓子が置かれた。

 拉致っておいてこんなもの出すんだな。

 変なにおいはしない。

 薬等は盛られたないらしく、普通においしい。

 

 「気を悪くされるかもしれないけれど」


 土谷は話し始めた。


 「託宣が下った。

 『封印されし怨霊、少年の形でよみがえり。

 かの邪神は力を増し、神国を滅ぼすであろう』

 とね。

 わたしも驚いたよ。

 怨霊がこんな小ぎれいな少年だったなんて」


 「で、これからおれを始末すると」


 彼は首を横に振り、否定した。


 「まさか。

 血の穢れの行為など、するわけがない。

 まして相手は神だし。

 霊力があるとはいえ、私たちは人間。

 神に敵うわけがない。

 ユウマ君、単刀直入に言おう。

 シラネに協力してほしい」


 話が見えてきた。

 こいつらはおれを襲撃したヤタガラスと敵対しているのだろう。

 つまり敵の敵は味方、というわけか。

 相手方に落ちる前に、おれを懐柔して仲間にし、鉄砲玉にする。

 ずいぶん自分勝手な解釈をしたものだ。

 おれは笑って、こう答えてやった。


 「宗教勧誘は他所でやってくれ。

 確かに、あんたの神社には毎年初詣に行ってるよ。

 でも組織に加わる・・・というか、群れるのは好きじゃない。

 残念だが、あきらめてくれ」


 「さすが義経公だな」


 土谷はため息交じりに言った。

 おれのことをそこまで知っているのか。

 託宣とやらの精度は馬鹿にできないが、怨霊扱いされるのは気に食わない。

 だからこう言ってやった。


 「一言言っておく。

 おれは怨霊でも邪神でもない。

 あんたらが見ている通り、生きてるだろ?

 単なる人間だ」


 「ヤタガラスにられるよ」


 ユイがぼそっとつぶやく。


 「あんた、連中の恐ろしさが分からないからそんなこと言ってられるのよ。

 彼らの組織は学校だけじゃない。

 政治や経済界にも深く入り込み、日本の暗部でうごめいてる。

 連中のせいで、一体どれぐらいの人が殺されたと思う?」


 そう言い、腕組みして後ろを向いた。

 土谷はそんな彼女を悲しそうな目で見つめ、言葉を発した。


 「うちの白鼠シラネ神社は、大国主命を祀っている。

 大国様と白うさぎの話は知っていますか?

 日本の神とされているけれど、実在の人物でもあるんだ。

 ヤマト族に征服される前の、日本原住民の王様。

 彼はヤマト族に処刑され、その後祀られた。

 義経公と・・・似てますね。

 対してヤタガラスは、天照大神を祀る伊勢神道が邪悪に変化した組織。

 大国主は天照率いるヤマト族に殺された。

 その関係で、有史以来ヤタガラスとうちは敵対しているんだよ」


 「おれは祀られた覚えはない。

 封印されてたみたいだけど。

 それに、神社同士の争いのことも興味ないし」


 スズナの言葉を思い出しつつ、おれは答えた。

 土谷はやれやれと首をふり、言葉を発した。


 「とにかく、シラネの神とあなたは似ている。

 だから、あなたとは敵対したくない。

 ユウマ君を敵視する連中から保護したいんだ」


 「気持ちはありがたいが、今は何とも言えない」


 おれははっきり答えた。


 「おれは誰にも依存しないし、どんな組織にも入らない。

 自由に生きるつもりだ。

 だから・・・」


 立ち上がった。

 霊力の拘束具はとうに解除している。


 ドアが爆発したように開いた。

 案の定、サーラとナビが飛び込んでくる。

 白い鳥と緑のキツネの姿で。


 「よくも、あるじ様を誘拐したわね!」


 サーラは銀色のくちばしを動かし、怒りはじめた。

 ふくふくの翼を動かし、興奮している。


 「天罰を当てるでしゅ!」


 ナビもかんかんになり、背中の毛を逆立てて威嚇している。

 

 「サーラ、ナビ、もういい」


 おれは彼らを鎮め、こう言った。


 「このひとたちとは何のトラブルもない。

 では土谷さん、シラネの皆さん、さようなら。

 もう会わないでしょう」


 こう言い、二人の眷属を連れて自室まで瞬間移動した。

 魔力に負担がかかるが、あとで寝ればよいか。

 

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