7 ヤタガラスの襲撃

 それから1週間は何事もなく過ぎていった。

 ナビは黒木奈日ナビとして、サーラの弟という設定で住むことになった。

 おふくろを騙したのは心が痛むが、まさか本当のことを言うわけにはいかないだろう。

 それに、ナビちゃん、ナビちゃん、とかわいがってくれるし。

 婆が入院してからというもの、タカリニートのミノル叔父も来なくなって、万々歳である。

 たかられなくなった分、生活費がうちに入るようになった。

 料理のできない母に代わり、おれが料理する。

 

 学校では、あの日以来杉田が休んでいる。

 病気発覚のため、らしい。

 真偽はともかく、副担任の斎藤ちゃんがクラスを受け持ってるので、平和だ。

 山田たちはいじめてこなくなったし、仮にちょっかいをかけて来てもおれとサーラは霊力で対抗できる。

 ナビはといえば、異空間に待機させている。

 空間づくりは大変便利で楽しい魔法だ。

 まだ初心者なので、ロッカーやタンスのような出し入れできる場所が必要なのだが。

 おれは鞄の中に異空間を作り、そこにナビの部屋を作ってやった。

 男の子が喜ぶような、白とパステルブルーのポップなデザインにした。

 小さなベッドやデスク、ソファやプラモみたいなおもちゃも用意した。


 「をれ、あるじ様に仕えることが出来てうれしいでしゅ」


 ナビは喜んでくれた。

 サーラがジト目で見ている。

 ナビとの関係は悪くはないが、まだ打ち解けてはいない。

 それもそのはず、彼女はおれの唯一にして第一のしもべを自負していたから。


 「サーラの部屋も作るからな。

 ちょっと待っててくれ。

 女の子の部屋のデザインって分からなくって・・・」


 「あるじ様、楽しみにしてますね!」


 彼女はとてもうれしそうに笑った。


 「さて、もう5時か。

 夕飯何にすっかな」


 「カレー!」


 「えーっ、パスタの方がいいわよ。

 ね、あるじ様、トマトのパスタにしてください」


 眷属になった二人は、この世界の食事が気に入ったようだ。

 食べなくても生きられるらしいが、それでも食べる楽しみはあるらしい。

 ・・・金のことは言わないでくれ。

 (この後、山田、八田、沼田、長澤の家に行って金を返してもらった。

 別の話になるのでここでは割愛しよう)


 「じゃんけんしろ」


 おれが言うと、あいこが4回続いた後でナビが勝利宣言をした。

 

 「じゃ、カレーだな。

 ナビの好きなチキンカレー。

 おや」


 冷蔵庫を覗いてみた。

 肝心の鶏肉を切らしている。


 「悪い。

 今から肉買ってくるわ。

 おまえら適当に遊んでろ」


 「はーい!」


 二人は、まるで本当のきょうだいみたく返事してくれた。



               ―――



 越してきたときは、この街が大嫌いだった。

 閉鎖的で陰湿なご近所。

 スーパーはたった一軒だけで、それも8時に閉店だ。

 ジャムはイチゴしか売ってない、安くて激マズのやつだけ。

 バターは手に入らない。

 駅前はシャッター街で、最寄りの本屋がない。

 田舎なのに治安が悪く、外国人の犯罪も目立つ。

 一番の嫌いな点。

 それはまともな・・・・外食店がないことだ。

 駅前にマクドラルドが一店、ヨネダコーヒー、少し離れたところに牛丼の吉田屋。

 ファミレスは去年閉店した。

 どうしてこんなに少ないのか?

 それは、長澤の親父が議員とつるんで仕組んだことだ。

 この街は反社と汚職政治家がつながっていて、一般市民を脅す、腐りに腐った場所なのだ。 

 

 それなのに、今は気にならない。

 越してきて以来初めて、気分が晴れている。

 魔法は使わず、歩いていくことにした。

 転移魔法は見つかったらやばい。

 まだ人通りの多い時間だし。


 最近急にやせてきたようで、ズボンが3サイズも下がってしまった。

 節約のため自分でウエスト部分だけボタンを付け替えて縮めたのだが、やはりだぼっとしてみっともない。

 今は14歳だけれど、16になったらすぐバイトをしようと思う。


 ホタル通りに出た。

 小川が流れているが、ホタルなんて出ない。

 なのにこんなネーミング。

 そこらへんのインチキさが、この街の本性を表している。

 ホタルどころかごみのポイ捨てで目の毒になるほど汚い風景だ。

 おれはそこから目を背け、道端に咲いた雑草の花を見ながら歩くことにする。

 

 風景が急に色あせてきた。

 これはやばい。

 杉田の時と一緒だ。

 あいつが復讐に来たのだろうか?

 でも、ダーキニー女神が力を取り上げたはずだし・・・。


 「死ね、邪神!」


 男の野太い声が響き、背後から白い何かが飛んできて右頬をかすった。

 青い液体がどろりと流れる。

 血まで変化したのがショックだった。

 おれは振り向き、叫んだ。

 

 「誰だ、名を名乗れ、無礼者!」


 白い頭巾で顔を隠した白装束が3人、バイクを乗りながら近づいてきた。

 おれの近くに止まり、バイクを乗り捨てた。

 体格からして皆男だろう。

 そのうちの一人が魔力で創ったらしい刀を出現させた。

 

 「ギンコンスか?」


 「邪悪な魔物め、きさまに知らせるつもりはない!」


 男は吐き捨てるように言い、飛びかかってきた。

 おれはつむじ風をぶつけ、そいつを遠くに放り投げた。

 

 「名乗らないなら、一人ずつ答えてもらおう・・・強制的に」


 「ちょ、猪口才な!」


 奥の方にいた男が声を上げた。

 声がやや甲高い。

 まだ成人していないみたいだ。


 「ふふっ、どちらから料理してやろうか」


 「邪神から国を救うのだ!

 日本万歳!」


 もう一人が突進してきた。

 おれはそいつを空中で捕らえ、磔状態にする。

 空中磔刑。

 男は中空で大の字になったままだ。


 「初めて会った時から、おまえが嫌いだった」


 残る一人、少年声の奴が躍りかかってくる。

 手には魔力の刀を握っている。


 「でも、この場でおまえを消せるなんて。

 母さんが知ったらさぞやよろこ・・・」


 少年は途中で派手に転んだ。

 顔をしたたかに地面に叩きつけてぴくぴく動く。

 さぞや痛かろう。

 その背には、黒い矢が数本刺さっていた。


 「余計なことを!」


 空中磔刑の男が吠えるが、彼の全身もまたハリネズミと化した。

 刺された勢いで地面に落ちる。


 「バカな連中ね」


 背後からゆっくり現れたのは、黒頭巾に黒装束の者だった。

 その者はおれのそばに瞬間移動し、手首をつかんだ。

 ほっそりした白い・・・女の手だ。


 「逃げるよ!」


 一言言うと、景色が変わった。

 首をかしげるおれの前で、黒装束は頭巾を取った。

 とてもきれいな女の子の顔が現れた。

 高い位置で結わえたポニーテールの髪が、さらりと風になびく。


 「助けてくれてありがとう。

 あいつらは、暴走族・・・?」


 「ヤタガラスよ」


 彼女はつっけんどんに言った。


 「そしてあんたは・・・?」


 おれの言葉が終わらぬうちに、体に衝撃が走った。

 次第に意識が遠のいていく。


 「ごめんね。

 でも、あんたは危険だからこうするしかない」


 彼女の言葉がじんわりとこだまし、おれの意識は闇にのまれた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る