12 消された弁護士

 セピア空間(中有界というらしい)を抜け出ると、何事もなかったように弁護士の元に向かった。

 ユウジはというと、街路樹にもたれかかっておねんねだ。

 通行人が通報しようが、救急車を呼ぼうが、知ったこっちゃない。


 「杉田の関係者がアオイとユウジか。

 いやな因縁だな」


 「あるじ様、をれたちの出番がなかったでしゅ」


 姿を消したナビが不満げに言う。

 

 「悪い悪い。

 でも、敵にこっちの情報を知られたくないからな。

 おまえたちのことがバレないでよかった」


 「いつでも戦う準備をしてましたのに」


 サーラもおかんむりだ。

 おれは再び謝った。


 「すまないな。

 あとで二人にパフェでもおごるから」


 すると眷属たちの顔は明るくなった。

 天界人と言えども、味覚の楽しみはあるのだ。

 さて、弁護士の事務所には15時前に着かなくてはならない。

 遅れると失礼だ。

 まして、相手の予定を捻じ曲げてしまったのは他ならぬおれだし。

 時計を見ると、今14時23分。

 少しだけ急ごう。



               〇〇〇



 中嶋事務所前に、警察の群れが見えた。

 ブルーシートが張られ、パトカーや救急車が止まっている。

 嫌な予感がした。


 「まさか・・・」


 「あるじ様、姿を出していい?」


 サーラの言葉に、おれは頭を横に振った。


 「すまないが、まだ気配を消していてくれ。

 ギンコンスもしくはヤタガラスが見張っているかもしれない。

 奴らにおまえたちの存在を知らせるわけにはいかない」


 おれは警察の一人に近づくと、彼は露骨に嫌な顔をした。

 公務執行妨害にならぬ程度に聞いてみる。

 

 「すいません。

 今日の15時から、中嶋さんに会う予定なんですが、何かあったんですか?」


 「会うって、弁護士に?」


 30ぐらいの警察官は、迷惑そうな顔をしつつも答えた。


 「そりゃ無理だ」


 「予約してたんですが」


 手紙を散らつかせるが、彼は額に手を当てつつ教えてくれた。

 

 「中嶋さんは・・・殺害された。

 今、現場検証中だから、部外者は近づいてはいけないよ」


 背中に寒気が走った。

 先を越された、と直感的に思った。

 ナビとサーラの殺気も感じる。

 警官は声をひそめた。


 「ここだけの話、ひどい有様だったよ。

 獣に腹を食いちぎられたような感じで、室内は血まみれだ。

 なのに足跡などの痕跡はない。

 ・・・法医学者に頼むしかないな」


 「うっぷ。

 教えてくれてありがとう」


 おれは礼を言い、とぼとぼ歩きだした。

 少し離れてから、ナビに言う。


 「ナビ、敵の気配は?」


 「今は感知なし、でしゅ」


 「警官と話してた時は?」


 「近くの街路樹から、二人の気配があったでし」


 ため息がもれた。

 なるほど、シラネの土谷が言った通り、おれがターゲットにされてるってわけか。


 「憂鬱な日だ。

 さて、これから帰るぞ」


 おれたちは手をつなぎ、家まで瞬間移動した。



               ―――



 家に帰ると、母のさつきがびっくりしたような顔で迎えてくれた。

 火葬場にいかなかったから早く帰れた、なんて本当のような嘘のような話でごまかす。

 おふくろとおれが、ギンコンス=ヤタガラスに狙われていたなんて!

 アオイのいかにもねちっこそうな視線を思い出す。

 どちらかの命が散らぬ限り、再びやってくるだろう。

 おれがユウジにしたことに関する記憶はきれいに消しておいた。

 でも、アオイは狡猾だ。

 息子の異変を見て、何が起こったかを悟るだろう。

 その時が決戦だ。


 「ユウマちゃん、おばあちゃんが退院したのよ」


 さつきはうきうきした声で話した。


 「後遺症もないし、本当に良かった。

 今、家でゆっくりしてるって」


 「ほう、それはよかった。

 で、入院費は?」


 「うちで払った。

 だからもう、今月の生活費はないの」


 「は?」


 おれの顎がかくんと下がった。


 「じゃ、光熱費はどうすんだよ?

 水道代は?

 住民税は?

 食費は?」


 「おまえが払うんだ」


 玄関ドアが開いた。

 大家の飯田がにやにやしながら立っていた。

 背後に刺青だらけの肩や腕を見せびらかした若い男が4人いる。

 9月の下旬にノースリーブ。

 北関東の寒い風が通り抜けていく。

 ヤクザとは、季節を無視しなくてはならない職業なのだ。


 「すいませんが、おれ、中学生。

 貯金もないし、バイトもできないっす」


 おれの言葉に、ヤクザたちはゲタゲタ笑い始めた。


 「このひよっこ、バイトだって!

 超うける!」


 「かわいがったるわーホンマに」


 「しっ!」


 飯田の爺は若いモンを制止し、言葉を続けた。


 「ワシが仕事を紹介してやる」


 「飯田さん、ありがとー」


 さつきが手を叩いて喜んでいる。

 不覚だった。

 こいつに売られたのだ・・・・・・・・・・

 馬鹿だけれど一応母親。

 甘い気持ちでいたのが失敗だった。

 家賃滞納しても追い出されなかった理由が分かった。

 飯田の爺とさつきは、出来ていた・・・・・のだ。

 70過ぎの男がいやらしい目でおれの母親を舐めるように見ている。

 いや、この女を母と思うのはやめよう。

 最低の売女、死んだものとして扱おう。

 おれの気持ちなどつゆ知らず、飯田のヤクザ爺は口を開いた。

 しなびた顔にいやらしい笑みを浮かべて。


 「おめえ、背は・・・170くらいか?

 少し伸びて173くらいかな。

 痩せすぎだけど、若いからええ。

 これからお船に乗ってもらう」


 「マグロ、好きかい?」


 ヤクザが茶化して声を上げる。


 「好きなだけ獲れるよ。

 もっとも、失敗したら」


 卑猥なジェスチャーをする。


 「モツだけになって、外国行きだけど」


 なるほど。

 暴力団経営のマグロ漁船で死ぬまで働かされるか、臓器売り飛ばされるかだってさ。

 まあまあえぐいこと考えてやがるが、こちらはその上を行く。


 「べたな話っすね」


 おれがうなずくと、飯田のにやにや笑いは大きくなった。


 「なかなか肝の据わったガキだな。

 噂とは違う。

 人の口なんざ、アテにならねえ」


 胸元からタバコを出すと若衆の一人がうやうやしく点火した。

 いかにもうまそうに吸い始める。

 羨ましそうに見るおれに一言。


 「ダメだ、やらねえぞ。

 タバコは二十歳になってからだ」


 ヤクザのくせにもっともなことを言いやがった。


 「で、おれが断ったら?」


 飯田はひなたぼっこをしているトカゲみたいな顔をこちらに向けた。

 見せびらかすようにぷかぷかふかしてる。

 おれを挑発しているのか。


 「ん?

 別の仕事でもいいのよ。

 原発掃除とか」


 「廃棄物処理の仕事もあるよ」


 若い衆が声をかけてきた。

 馬鹿のくせにのりがいいな。

 こういったやつ、実は好きだったりする。


 「コンクリートを太平洋沖に捨ててくる仕事とか」


 コンクリの中にナニカが詰まってるわけですね、兄貴!


 「で、どうすんだ?

 そんな顔してもやらんぞ」


 「分かった」


 「分かったって、何を?」


 おれの言葉を聞き返すトカゲ。


 「ナビ、実力を見せてやれ!」


 「待ってたでし!」


 幻のような緑のキツネが宙を駆け抜け、飯田とさつき、若衆4匹は白目を剥いてぶっ倒れた。



               〇〇〇



 「ユウマちゃん、これが書類ですよ」


 飯田の爺ちゃんは丁寧な物腰で渡してきた。

 それは土地とアパート管理の権利書。

 今日からここはおれのものになる。

 おれがアパートの実質的経営者だ。

 年齢が低いので、さつきに名義を貸してもらっている。

 が、この女は所詮傀儡だ。

 なに、飯田の野郎を素っ裸で餓死させたりはしない。

 年金暮らしのおじいさんとして、アパート一階で暮らしてもらう。

 もうヤクザではないし、経営者でもない。

 隠居暮らしの穏やかな男性だ。

 今日も近所のじいさんばあさんと仲良くゲートボールでもしに行くのだろう。


 若い衆は川端ミノルを捕らえ、お船に乗せてくれた。

 40年間の腐った根性を叩きなおしてあげるってさ。

 奴らはおれのことも、さつきのことも、飯田のことも覚えていない。

 単なるヤーさんで、今日もどこかで元気にやんちゃしているはず。

 平和でいいね!


 そして母のさつき。

 すっかり頭がボケた母のスエコの介護のため、実家に戻った。

 時々アパートに顔を出す。

 その時は、サーラやナビと一緒に料理を囲む。

 たわいない話をし、おいしい料理に舌鼓を打つ。

 穏やかな中年女性だ。


 おれの懐には金がたんまり。

 周囲はみんないいひとばかり。

 人生、こうあるべきだ。



 (ナビの情報操作術に乾杯!)

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