第42話 あなたなら大丈夫

「恐喝……?」


私は、恐喝されても実際にお金は取られなかった。


だけど、金品を取られた人が実際にいるなら、罪は格段に重くなる。


「そうなんだ。ただ、これまで浮上してこなかったのは、誰も被害を訴えてこなかったからなんだ。恐喝なのか、ただの恋人へのおねだりなのか、そこのところの区別は難しい。しかも、みんな既婚夫人ばかりだ。政略結婚の場合は、多少の浮気が認められることもある。ルールさえ守れば。だけど、あいつはそこに付け込んだ。社交界にはあるまじき存在だった。表沙汰になれば、一発で社交界から追放だ。だけど、相手のご婦人方も、社交界追放とまではならないが、夫との間はぎくしゃくするだろう。相当辛い目に遭わなきゃならない。そこがあのモリス氏の付け目だった」


姉が沈痛な表情でうなずいた。顔の広い姉のことだ。知り合いの誰かが引っかかってしまったのだろう。


「でも、モリス氏があなたを狙った時点で、これなら挙げられると思ったんだ」


「なぜですか」


間髪を入れず突っ込んだものの、答えを知っているような気もした。


「なぜって、あなたは深刻な男性恐怖症で、絶対に知らない男なんかに近寄らないからね。鉄壁ですよ。しかも、圧倒的に頭は回るからね。それでも危ないのでヘンリーをつけた」


「ヘンリー様をね」


姉がちょっとだけ羨ましそうな顔をした。


「ファーガソン夫人、ヘンリーを舐めてはいけません。あんな顔をしていますが、武芸は一流です」


「それなら一層いいじゃないの」


「でも、性格は一筋縄ではいきませんよ。ええっと、めんどくさいやつです」


わんこ系だしね。あの顔で……と私は内心付け加えた。


「それはとにかく、どうしてあのヘレンをこの家に入れたんです。不愉快でしたわ」


「ごもっともです。ヘレン嬢は兄の負傷が元で結婚を逃してしまったのです。そのせいで、誰か騎士と結婚するつもりだった」


私は手を上げて、質問した。


「その理屈がわかりません」


姉が黙れと言った様子をしたが、私は姉より旦那様を知っている。旦那様は質問が嫌いじゃない。


「つまり、騎士団の責任なら、騎士団に償ってもらおうと思ったのだ。だけど、誰も彼女のことを好きじゃなかった。騎士団の責任問題と、騎士個人の結婚問題を同じレベルで考えることはできない」


私はうなずいた。その通りだわ。


「ヘレン嬢の兄と最も仲が良かったのは私だった。だから、彼女は期待していたんだと思う。騎士団長の命令で結婚できると」


「その理屈は……」


「その理由はさっき言った通り通らない。どの騎士だって全く理解できなかったから、あなただってわからないと思う。騎士団長自ら、ちゃんと申し伝えた。でも、ヘレンときたら、自分に都合の悪いことになると、さっぱり頭に入らないんだ」


勝手な女……という言葉が頭に浮かんだ。


「話は変わるが、モリス氏の仕事は愉快なものじゃなかった。だが、だんだん被害者が増えていく様子を知って、私はモリス氏が一人でできる仕事じゃないと思い始めた」


「同感ですわ」


姉が言い出した。


「私は多分あなたより、知っているかもしれません。以心伝心なんてバカなことを言っていましたが、モリス氏は手紙やいろんな招待状など、証拠になりそうなものを大事にとっておいていました。後で、恐喝に使うつもりだったのでしょう。女性を安心させるために、女友達と一緒に訪問することもありましたし、その女友達が裏切るケースも多かったんです」


私はヘレンのお友達になりたいのという申し出を思い出した。


「だから、今日のモリス氏の訪問は、最初の第一歩だと思ったのです。一度、この家に来たことがありますが、証拠物が何もない状態ですからね。よほど、ちょろく見えたんでしょう、シャーロットが」


旦那様はおもしろそうに笑い出したが、私は全然笑えなかった。



旦那様によれば、理由ができたので、今頃警察隊の方が騎士団と一緒にモリス氏の家宅捜索をしているだろうという話だった。


「もちろん、秘密は守りますよ。食い物にされたご婦人方の夫君には知られないようにね。モリス氏が調べを受けている理由については、私が特攻したことにすればいいんです。新婚の妻を狙うだなんて、夫が黙っているはずがないでしょう。おまけに何年もかかって、やっと結婚まで漕ぎ着けた妻ですよ? 他の男がご自宅訪問だなんて、聞いただけで頭に血が上って刺し殺されたとしても、文句は言えませんよ」


さらに旦那様が愉快そうに爆笑したが、私だけではなく姉も微妙そうな顔をしていて、全然笑えていなかった。


「そ、それでは、ちょうど馬車も帰ってきたようですし、お暇させていただきますわ」


旦那様は改まって礼を言った。


「本当にありがとうございました。流石の迫力でした。侍女の格好をしていても、あの場の全員が、ファーガソン夫人に飲まれていましたよ」


旦那様、その言葉、イマイチ喜ばれないんじゃないかしら……?


「捜査で何か教えていただいてもいいことがあれば、お教えくださいませな。私のお友達も何人か、被害に遭ってらっしゃる方がおられますのよ。公式に連絡されると困るだろうと思うのですが、安心させてあげたいんですの」


旦那様は真顔になると、承知しましたと答えた。


「そういった伝え方は粋だと思いますね」




「噂が出回ったのかな?」


姉が出ていくと旦那様はつぶやくように言った。


「あの……私の噂ですか?」


「だけど、出回っていなくても一緒だろうね。これから、あなたと私が、モリス氏を訴えるのだから」


私は考えた。


「僕の上司の一人が引っかかっていてね」


旦那様は、ちょっと寂しそうだった。


「騎士団は長期遠征に出ることもある。陛下が外遊されると、外国語が堪能な者は選ばれて護衛に駆り出される。上司は忙しすぎて、奥方に手紙を出すのを忘れちゃったのさ」


私は黙って聞いていた。


「奥方は愚痴っていたらしい。気持ちはわかるんだけど、そこへあのヘレン嬢が近づいてきて、訳のわからない、本物かどうかも怪しい現地のお土産とかを見せつけて、あなたの旦那様からいただきましたとか言ったんだ」


似たような経緯だ。


「当然、夫の気持ちを疑うよね。そこへモリス氏がやってきて、優しく慰めてくれたらしい。酒も飲ませて」


もう、愛されていないと思うことはつらかったに違いない。


「帰ってきた時、奥方は人が変わったようになっていた。お土産だのプレゼントだの抱えて、さぞ喜んでくれるだろうと思ったのに。それまでにプレゼントしたもののうち、金目のものは売り払われて無くなっていた。脅迫されていたんだ。これがバレたら、夫の名誉にも関わることだから、なんとしてでも金を払えって。金がないなら、客を取れって」


旦那様は私を抱きしめた。


「そんなことにならなくてよかった。あのヘレンは、騎士団のダニだ。騎士団の弱みに付け込んで、騎士団の威を借り、騎士団の名を騙って好き放題をする。騎士団長が二度と関わるなと言ったのも無理はない」


うん。旦那様を信じていた。わかっていた。


でも、私の知らない昔に仲が良かったのだと言われると、それは判断のしようがない。


「昔? 会ったことがないよ。そもそも自宅へ行くわけがない。まだ見習いで宿舎に住んでいたからね」


旦那様はキョトンとして答えたが、すぐに真っ赤になった。


「今度はそういう嘘か。全く、そういうところだけは小知恵が回る」


それから、抱きしめたまま囁いた。


「あなただけがずっと好きだった」


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