第41話 恐喝犯人と協力者

「モリス氏の家宅捜索をしよう。脅迫の容疑だ」


「騎士団の権限ではないだろう!」


モリス氏が吠えた。


「心配するな。私が個人として告発するだけだ。脅迫犯としてな。警察が動いてくれると思う。ついでに民事でも賠償請求するので安心したまえ」


「脅迫? こんな、口だけの問題でか? ちょっと話が出ただけではないか。具体的に金額を要求したわけではない」


「さて、あなたのお友達のヘレン嬢は気持ちの問題が大事だと言っていたのではなかったかな? その考えでいくと、脅迫の意思があれば十分脅迫だろう」


「そんなこと、大した金にはならないぞ? 実際に疑いがあるのだから、裁判などに持ち込んだら、余計な醜聞が広がるだけだ……」


旦那様がニヤリとした。


ファーガソン夫人……つまり、姉も、ニヤリとした。それからディーは大ぴらに歯を見せて笑っている。


「……?」


「今回はやらかしたな。証拠に関しては盤石のご婦人を狙ったのが運の尽きだよ。ファーラー夫人に浮気の事実なんかない。しかも、どんなに醜聞を撒き散らそうとも……」


「私が証人です。どこへ出て行っても同じことをしゃべります。私を疑うものはいないでしょう」


真剣な様子でヘンリーが言った。


彼は公爵家の令息で、騎士団の一員だ。しかも正式に任務で通りかかったのだ。日頃から評判の悪いモリス氏とは比べ物にならない。


彼がどこかの夜会で一言言えば、モリス氏の与太話なんか吹き飛んでしまうだろう。


「それに私のことをお忘れじゃありませんこと?」


姉がモリス氏を睨みつけた。


「あ? ファ……」


モリス氏はやっと気がついたらしい。


「妹が心配で参りましたのよ? こんなことになっているとは」


姉はわざとらしくため息をついてみせた。


「私がここにこうしている以上、あなた方が今日、この家でなさった事については、どんなことをおっしゃったとしても、わたくしが全部訂正いたしますわ」


「それにね、モリス君」


旦那様が付け足した。


「ファーラー家を事実無根の話で脅迫しただけでは済まないよ。だって、これが発端となって、あなたの家に捜索を入れることが可能になったから」


人というものは、意外に話を聞いていない。


さっきも旦那様は同じ話をしていたはずだ。


家宅捜索をと。


モリス氏の顔色が変わった。


彼はもう口を聞かなかった。大人しくヘンリーに連れられて行ってしまった。


残ったのはヘレン嬢だった。


彼女は、モリス氏が部屋から出ていくのを呆然と眺めていたが、ハッと我に帰ると、脱兎の如く猛然と部屋から出て行こうと走りかけた。だが、あっという間に、私に足をすくわれて、ソファーの上に雪崩こんでしまった。


「何をするの? 野蛮な!」


怒った猫のようにふうふう言っている。


どうも、本能的に足が出てしまったのだ。


けつまづいた先が、柔らかそうなソファーでけがの心配がなくてよかった。


これでテーブルにでもぶつかったら、何を言われるかわからないものね。


「ヘレン・オースティン嬢」


ピリッとした声で言い出したのは、姉のアマンダ、ファーガスン伯爵夫人だった。


「あなたの行いは目に余りますね。親切に身の周りの世話をしてくれたファーラー夫人にずいぶん失礼な口を利いていたではありませんか」


ヘレン嬢は口の中で何かブツブツ言った。


「言いたいことがあるなら、おっしゃい」


「だって、このファーラー夫人は、顔こそちょっとだけ可愛らしくて、ゴードン様(註;ヘレン嬢のみの呼び方、旦那様のこと)の好みストレートだれど、何も知らない世間知らずのバカ娘で、身分の問題だけで結婚しただけのつまらない女ですわ。しかも、モリス氏なんかと火遊びをするような軽薄な女なんですよ。全然、ファーラー様にふさわしくなんかありません。今度、ファーラー様は伯爵家を継ぐそうですね。副団長にもなるとか。私の方がずっと相応しいと思っただけよ。新婚早々、浮気事件を引き起こす女なんか、ファーラー様もお断りだと思うの」


全面的に、ことほどかように、間違いだらけの人物評は、聞いたことがない。


私は一歩前に出た。


「冒頭からして、間違っていますわ。ファーラー様は私のことを可愛いとは思っていらっしゃいません。好みでもありません。中盤は多少同意できるところがありますが、詳細については議論の余地があると思いますわ。ただ、終盤の浮気の件は先ほど全面的に却下されました。事実無根ですわ……」


姉が、だまらっしゃいと言った。


私に対してだ。


私はコソコソ黙った。


「侍女のくせにずいぶん偉そうね」


ヘレンも話を聞いていないクチなのね……。私はため息が出た。


「侍女ではありません」


と、侍女の格好をした姉が宣言した。


「人を見かけだけで判断してはいけません」


いや、この場合、見かけの影響は大きいと思うけども。

でも、圧倒的なまでの威厳に、誰もが、見かけなんかどうでもよくなってきていた。


「私は早く家に帰らないといけないんです。こんなところにはいられませんわ。みんなして、寄ってたかって私をいじめて。不親切だわ」


だから、さっき侍女ではないと説明したのに。

このままの態度を続けるなら、せっせせっせと掘り続けている墓穴から出られなくなりますよ?


「びしょ濡れだからと、着替えさせてお湯まで用意してくれたのですよね?」


姉の言葉には、十分親切だったではないかという意味がたっぷりと含まれていた。


「それはとにかく家に戻らなくちゃ」


「もちろん、送って行って差し上げます。ただ、今日のことは騎士団長に申し上げなくては」


騎士団長と聞くと、ヘレンがサッと振り返った。


「あの、鬼のように冷たい人ですか?」


騎士団長とは、マーガレット様の旦那様のことよね? お目にかかったことはないけれど、マーガレット様の手紙を読む限り、そんな人ではないと思うけれど?


「二度と来るなと追い払われました。あなたは知らないでしょうけど、それはひどい人でなしなのです」


ヘレン嬢は姉に訴えた。


「そんな方ではありませんわ」


姉がやんわりと、しかしはっきり言った。


「公明正大で、皆様から信頼されています」


そして、もう我慢がならないと言った様子で、命令した。


「さっさとこの家から出て行きなさい。ファーラー氏にまとわりつくだなんて、許せませんわ!」


お姉様。それは私のセリフなんですけれども。




ヘレン嬢はものすごく仏頂面をした姉の御者によって、伯爵家の馬車で自宅まで送り届けられた。悪さをしてはいけないので、ディーが同乗した。


残ったのは、私と姉と旦那様だった。


「ファーガソン夫人」


旦那様はうやうやしく姉に向かって言った。


「どうもありがとうございました。あなたがいらっしゃらなかったら、こうまで簡単にヘレンを追い払えなかったでしょう」


「一体、どうして自宅に連れ込んだんです? あんな札付きを」


札付き? よほど評判が悪いってことよね? どう言う人なの?



旦那様はうなだれた。


「申し訳ございません。私どもは騎士団であって、警察ではないのですが、騎士の中に食い物にされたものがおりまして……」


「ああ」


姉は手にしていた扇をパチンと音をさせて閉じた。


「知る者はいないと思っていたのですが、ファーガソン夫人にはお見通しだったようで」


「余計なお世辞はいらないわ、ゴードン」


ゴードンと呼ばれると、旦那様は一層小さくなった。


「私だって、今日ここに来るまで、モリス氏については知っていたけど、ヘレン嬢なんて人、全然知らなかったですからね。でも、モリス氏のことは以前からお友達から聞いて知っていました。そして、ヘレン嬢の顔を見た時、気がついたのですわ」


私には何の話かわからなかった。


姉は、私の顔を見て表情を和らげた。



「モリス氏は、ただの愛人じゃなかったのよ。それをネタに色々なお金持ちのご婦人方を脅迫していたの。自分たちの間柄をばらすとね。そしてお金をもらっていたの、恐喝ね」


あれは、本当の話だったのね。


姉はため息をついた。


「お友達の中で、餌食になってしまった方がいて。助けたかったのよ」





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