第12話 点と線、繋がる

『あなたが、あの時の騎士様と結婚したっていうのだから、世の中、わからないものねえ』


「え?」


マーガレット様の手紙の続きに、私は思わず声を出した。


「どうかされましたか?」


メアリとアンがすかさず台所から、顔を出した。


「なんでもない。なんでもないから!」


私は手紙の続きを読んだ。


『なんでも、あれ以来気になって、それから探し回っていたそうよ』



私は手紙の文字を繰り返し眺めた。


あの時の騎士さま……つまり、私に大恥かかされて怒鳴ってしまって、クビになったあの講師?


まさか、それがファーラー卿の正体だと?


「そんなはずないわ!」


思わず私は怒鳴った。


台所で、物が落ちて割れる音がした。メアリかアンがびびっているに違いない。



なかなかに衝撃的な手紙だった。


マーガレット様の手紙を読み続けられず、中途で天を仰ぐだなんて初めてだ。


思わず天井を見た。


「シミがあるわ……明日、掃除しなくちゃ」



一呼吸おいてから、手紙に戻る。


『……でも、なかなか見つからなかったんですって! それはそうよね! だって生徒のうちの一人と言うだけで、名前も知らないんですもの。修道院は講師をなさった騎士さまから、生徒の素性についての問い合わせがあまりにも多いので、絶対に答えない方針になっていたそうなの!』


騎士様方は、生徒の名前を修道院に聞いていたの?


(何しに来てたのかしら)


この情報で「戦争学」の科目設置の目的に、さらに疑義が生じた。


ヨコシマな疑義が。


ヨコシマ過ぎる。


テーマのデタラメさと中身のテキトーさ、騎士様の武芸の趣味が炸裂しているだけなら、まだとにかく、同じ人物ではなく日替わりで若い騎士がいそいそと花の女学院にやってくるあたりが下心過ぎる。


その後、騎士様は(考えてみれば当然だが)出禁になってしまった。


マーガレットさまの手紙によると、生徒の誰彼について、彼らが名前とかをいろいろ聞くなんて、すぐにご法度になった模様。


多分、それを知った父兄が異常に嫌がったのだろう。(当たり前だ)


かわいい嫁入り前の娘たちを、どう考えても下心まみれで怪しげな騎士どもの目の保養なんかにしたくない。


両親の悲鳴が聞こえるようだ。


『だから、あなたのことも当然、修道院は教えなかった。ですけど、昨年、私が結婚して、それから、夫といろいろな話をしているうちに、部下の悩みの一つとして浮上して来ましたの』


え? 部下の悩み? ファーラー様が悩んでいたと……?


『ファーラー様は、とってもあなたのことが気に入ったらしくって。なんだか、妄想しているうちに、どんどん理想化されていったみたいだけど。早速教えて差し上げましたわ。でも、そのことを、あなたに教えてあげられなくてごめんなさいね』


早速……教えた……


犯人だ……


犯人を発見してしまった……



こんなに、スリルとサスペンスに満ちた手紙は読んだことがない。


『ご紹介しましょうかと言ったのですが、ファーラー様から自分でアタックするからって言われましたの。どこの誰だかわかりさえすれば、堂々と名乗りを上げて、あなたと知り合いになって、絶対に好きになってもらいます。その上で、相思相愛になって、結婚を承諾してもらうと言い切ったの。そのためには、黙っていて欲しいと言われたの』


え? その結果が、今のこれ?


一度も会ったこともなければ、誘われたこともありませんが?


父にコソコソ書面で申し込んで、それも好条件で釣って断れないようにして、結婚に持ち込む。


大体、好きな女に「好きだ」の一言が言えないだなんて、どうなのかしら? 男として?



私が男なら、そんなやり方は絶対しないわ!


社交界で、それとなく近づいて、まずは会話から始めて、それとなく誉めてサラッと去っていく。深追いはしない。次の参加の機会を狙って、偶然の再会を装って、奇遇ですねーなどと言いつつ、話を盛り上げる。それが続けば、相手も気があると気がつく。そこで、ダンスなどに誘ってみたり、相手にその気がなければ、そっけない態度に終わるだろうから、その時は、次なる戦略を練りイベントを企画するか、あっさり去るか。


これが正しい道ってもんでしょう!


と言ってテーブルをドンと叩くと、台所でキャッという小さな声と、また何かが割れた音がした。


「全く。意気地が無い」


…………と思ったが、よく考えたら、私は社交界にまるで出ていなかった。声をかけたくても不可能だったろう。


……私なら、こうするわ!などと、思ったが、この手法を持ってしても、絶対私自身には通用しないわ。


いや。


……実行されなくて、本当によかった。怖すぎる。



さらによく考えてみたら、これは、ことによると、マーガレット様の方の勘違いかも。


数年前に一度だけ出会った人間の顔なんか覚えているものだろうか?


マーガレット様が、その令嬢はシャーロットのことだと言ったので、旦那様は誰だか知らない想像上の理想の人を私だと思っただけなのでは?


『勇敢に正々堂々と声をあげた、まっすぐな美少女に惚れたとおっしゃっているの!』


前半はそうかもしれない。でも、後半美少女は間違っている。

それから惚れたというのが、どうもよくわからない。


それに、あの時、声をあげたのは私だけではない。


他の連中も、立ち上がって、そうだそうだと賛同してくれた。


そうだそうだと言うくらいならとにかく、完全に論破した上、ヨコシマの証拠まで収集して逃げ場を消滅させるような女を、男は許せるものだろうか?


私は、そこのところがどうしても引っかかった。


基本的に口が達者な女というのは、男に嫌われる。


そんな女を気にいるというのは、どう考えてもおかしい。


それに私は世に鳴り響くような美人でもなければ、巨乳でもない。

そんな女を追いかけ回すというのは常識的に考えてあり得ない。それこそ男の矜持に関わると思う。


いろいろと、こうアラックすべき論を展開したが、あれは私向けではない。もっとちゃんとした女性に対してなら、あれくらいの手間暇はかけて然るべきだろうけど。


さらにアタックし放題な今、放置されているということは、やっぱり……。


急に醒めた目で私は手紙の残りの部分を検分した。


『そんなわけで、二人揃っての披露の会への参加、お待ちしていまーす。とっても楽しみにしているわ』


そして正式な侯爵家の印形がドドンと惜しみなく押されていた。


「うーん」


旦那様に一度話をしてみなくてはならない。


まあ、線はつながった。そういうわけで勘違いしているのね。マーガレット様の推薦で。


あの時、声を上げた美少女は大勢いる。


旦那様が美少女を探しているというなら、それは私じゃないだろう。


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