第11話 論破
戦争学の講義に関してだけは、公爵令嬢 対 侯爵令嬢の構図が崩れ去った。
共通の敵に向かって、我々はタッグを組んだのである。
「気のせいかもしれないけど、どうして毎回独身の騎士ばかりがくるのかしら?」
我らがマーガレット様は当然の疑惑を口にした。
「しかもなんだか、全員頬が
剣の切っ先のように鋭い目つきで、本来敵である公爵令嬢も指摘した。
二人とも、さすが一軍の将である。目の付け所が違う。
「大体、授業内容に一貫性がないと思います」
そこへ私は観察結果を述べた。
「ある者は新型大砲の鋳物の技術工程を語り、あるものは築城の歴史を語り、サイテーだったのは歩兵軍の編成と騎馬の兵との優劣性の議論でした。結論の出ていない兵法の比較は、研究テーマにはなっても、生徒に教える内容ではありませんわ」
「その通りよ、シャーロット」
マーガレット様は深く頷いた。
「教育というものは、体系的であるべきですわ。テーマの選び方はどうなっているのでしょう!」
講師本人の興味で、点々としているとしか思えない。
「しかもご自分の意見を述べているに過ぎない方も散見されまして……途中でテーマが変わってしまって、戦争学とは思えない話を始める方もおられました」
「修道女様に申し上げなくては」
「必要な雑談だと論破されるわけにはまいりません」
「必要な雑談てなに? 講師として教壇に立つ以上、そんなものはあり得ませんわ!」
「しかし、敵は、すでに騎士学校で正当な教育を受けて来ているのです! 言わば戦争学のプロ。この科目にはこの話が必要と言い出すかも知れません」
侯爵令嬢と公爵令嬢の目が、一瞬光を失って、私の顔を見た。
「ねえ、どうして、騎士学校の講師の方じゃなくて、騎士様がここで講師をされているのかしら?」
…………?
「た、確かに…………?」
プロの教師を派遣すれば済む話である。
素人向けのわかりやすい基礎講話を聞かせてくれるはずだ。
教師としては、ど素人の現役騎士様が、日替わりの思いつきで脈絡もなく勝手に
しかし、私は気を取り直して、話を続けた。
「しかし、いったん決まった以上、この講義を撤回させるには、正攻法しかありません」
両首領はうなずいた。
「敵を論破し、皆で嘲笑い、大恥をかかせましょう!」
「正面切っての戦いですわね!」
二人が力を込めて同意した。
「相手は脳筋。たかが女と舐めるから、結婚後に返り討ちに
「なるほど!」
「兵法の本や、築城の歴史、武器弾薬の最新の状態、集められるだけの本を収集しましょう。公爵家と侯爵家の威光をかけて!」
「シャーロット、頑張ってね!」
「お任せくださいませ!」
カンペ担当の私は深く頷いた。
次から次へとやってくる不毛な講義をぶっ潰すには、相手より知識があることがまず必定だろう。
ぽかんと口を開け、よく分からないけど、騎士様ってステキ……なんぞという反応を期待しているのなら、お引き取り願おう。
全ての女生徒が待ち構えている所へ、くだんの新講師はなんだか緊張しているような顔つきで現れた。
「本日は、よく用いられている部隊間の意思連絡方法についてだ」
また、話が飛びやがった。先週は築城の際の土木工事と地質の問題だった。
私は高々と手を上げた。
「何かね? 君」
講師はあからさまに嫌そうだった。
話を邪魔されたのが、気に入らなかったのだろう。
それに、騎士様は脳筋以外に、目が泳ぐタイプが多かった。
生徒を当てる時は、巨乳でかわいい顔というのが定番だった。
修道女見習いの制服は、ダボダボで体型などわからないはずなのに、どこをみて判断しているんだろう。
毎回、バッチリ正解なのも、とても気になるわ。
多分、そのせいで、私は一度も質問に当たったことはなかった。
私は声を張った。
「せめて、前提として、軍の構成や全国的な配置について、語っていただければと思いますが。前提条件なしで、連絡方法の効率を話されても、理解しにくいものああります」
若い講師は、私の一言一言を飲み込むのに時間がかかったようだが、渋い顔になった。
「そう言ったことは第一級の秘密に属する」
想定の範囲だった。
「おっしゃることはよくわかります。正確な地図が常に機密とされることは国防上常識です。しかしながら、そのテーマについて話されるのでれば、まず、どなたも講義なさらなかった、騎士と軍の両方が並び立つこの国の指揮命令関係についても概論をお話しくださることの方が優勢事項ではないかと思われます」
これ、自滅コース。
新しく創設された近代武器を駆使する陸軍と、旧態依然の騎馬兵を主とする騎士団は、表立ってはいないが、対立していて国防問題に影を落としていた。
一介の騎士風情が、このような場で意見を披露出来る様な話ではない。そもそも、よく知らないのではあるまいか?
これ、マーガレット様のお従兄弟様からの極秘情報。
さすが一流のご親戚をお持ちですわ。
生徒全員が、熱心に見つめている。
どうする? 講師?
彼は顔をまず赤くした。
次に怒鳴った。
「その様な政治的な話をしに来ているのではない!」
「基本的な国防の仕組みをお尋ねしているのですよ?」
私は、バカにしきった調子で聞いた。
「生徒が講師に命令するなどということは許されない!」
「いえいえ、とんでもない。質問です。部隊間の連絡方法とおっしゃるので、そもそも部隊とは、どういう編成ですかとお聞きしました」
「さっき、違うこと聞いたろ」
「組織に関する説明を求めた件ですよね? それがなにか?」
その頃には、喚き声を聞きつけた修道女たちが、後ろに大修道院長様を従えて、しずしずと、しかし出来るだけの早足で集まっていた。
「なんの騒ぎですか? 生徒の声ではなかったようですが」
「修道院長様!」
私は丹精込めて作り上げた、これまでの授業のテーマと講師名、授業の内容を一覧表にしたものを、うやうやしく提出した。
修道院長様は、この修道院を創設された王太后様の一族の出身である。つまり王族。
我々が元帥様が相手では歯が立たなかったと同様に、若い騎士では修道院長様に歯が立つわけがない。
「これで勝ったわ」
「あの調査書は完璧ですもの」
その通り。
授業は中断され、一旦戦争学は棚上げとなり、授業内容のデタラメさと騎士の質問を当てる相手が偏り過ぎとの指摘を受けて、(ついでに、いつも当てられていた数人の少女の父親のうちの一人が高官で、激怒したこともあって)、その後なんとなく実施されなくなった。
速い話が立ち消え、取り消しである。
そんなこんなで、我々はめでたく勝利を勝ち取ったのだった。
それは、学校時代の完全な勝利の記憶だった。マーガレット様からの手紙を読むまでは。
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