第29話 揃える
「
主殿の胴を目掛けて振り下ろされた重い剣を小枝一本で
『この
「だから、手段を選べと言うておろうが!」
少年らしい癇癪顔をして、声変わりもしておらぬ澄んだ声音、けれど腹の座った
『邪魔だてなさいますか? いまのわたくしならば、あなたを祓うことも出来る』
判官殿はふん、と鼻で笑って手に持った小枝で私の腕を撃った。
ただ一度、ただひと撫でのことであったのに、私は剣を取り落とした。
腕がしびれている。
「ぬしなら
私の足元に、
足首に柔らかい羽先があたる。
その感触に、胸の奥が温かくなる。
身体が、すこし自由になった。
ベンチに腰掛けて、足元の主殿の背を撫でる。
しゅわしゅわと耳鳴りがしていた。陰陽師がなにごとか考えているのだ。
「それにな、この神気はこの男がおるかぎりはどうにもならん。のう? 鶏殿」
くるくると主殿が鳴いた。
「人として生きておったころは些細なことに血を熱くすることもあった。しかし、我らはもう充分、気も
私の手が、犬狼の毛の筆を掴んだ。
『――紙』
私でない私がそう言うので、背嚢のなかから用足しのときに使う紙を取り出す。
最近は巻いたものが多いが、私は平版のちり紙を愛用している。
私の手が動いて、そう書いた。
墨も含ませてはいないのに、紙には黒々とした墨跡が残る。
『鶏に、その紙を貼るべき時、貼るべき場所を選ばせなさい。それでそこが初源の地になる。あとはその場にあなたの持ち物を揃え、あなたの想う方を思えば、そこに魂の道は流れて来ましょう』
ふと、身体が軽くなった。
身体の自由が完全に戻っていた。
陰陽師の気配はもうどこにも感じられない。どこかに散じたのだろう。彼の行くべきところへ。
礼くらい、言わせて欲しかったと思うけれども、彼にしてみれば無用のことだろう。
暇人、と言われてすくなからず気分を害しているようだったから。
「良かったな」
なにか含むところがある顔をして、判官殿が私に笑みかけている。
「しかし、紙ぐらいもうすこしまともなものを持っておらんのか? 懐紙とかそういう、もうちょっと趣のあるのを。やつがいまどきの事情に
私もそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます