第5話・僕ら

Hardenbergia violacea (ハーデンベルキア)


マメ科の多年生植物。オーストラリア原産。日本では小町藤とも言う。早春の頃に、胡蝶蘭を小さくしたような花を連ねて咲かせる。花の色は主に紫で、その他には白、ピンク、珍しいものでは赤い花も見られる。


花言葉は「運命的な出会い」





 あの日から、僕と佐野さんは歌いに歌った。放課後に、休日に。いつでも歌った。ふたりの音楽の趣味は全く合わなかったけど、どんな歌でも良かった。ふたりの声がそこにあれば、それだけで「奇跡」だった。どんな歌詞だとか、どんなメロディーだとか、それを知っているか知っていないかなんて、二の次だった。


 受験が佳境を迎えても、年が明けても、受験シーズンに突入しても、僕ら・・は歌った。それがなくてはならなくなっていた。そんなことをしていても、いや、していたからこそ、ふたりとも第一志望の高校に受かった。


 高校に入ってからも、僕は合唱部で彼女は茶道部で、それでクラスも違ったけど、学年は同じだから校内でもちょくちょく会った。僕と彼女は同じ高校にいたから。


 僕ら・・は、高校に入ってからも歌った。


 でも、志向はだんだんと変わってきて、ふたりでコンテストなんかにも出るようになった。いつも金賞が取れるわけじゃなかったけど、少なくともふたりにとっては、いつでも最高の舞台だった。


 いつしか、彼女はだんだんと話せるようになっていった。それでも口数は少なかったけど、中学生のときのように声を出すたびに怯えたような顔をすることはなくなった。


 あれから、最後にふたりで歌った日から、何年が経っただろうか。僕も彼女も大学進学を境に遠くに引っ越してしまったから、もう3年以上前になる。連絡は取り合っているけど、会うことは、歌うことは無かった。


 大学4年になった僕は、就活も終えて、大学にはゼミのためだけに足を運ぶ日が続いている。最近はだんだんと気温も下がってきて、クローゼットでは厚手の長袖が勢力を拡大中だ。


 そうだ、彼女に会ってみよう。今唐突にそう思った。彼女も就活が終わり、似たような日々を過ごしていると言う。暇な学生の特権だ。世間がクリスマスや年末年始の休暇に入る前に。クリスマス前後だとさすがに彼女の彼氏に怒られるだろうから、それまでのどこか平日に合おう。


 止まりかけた歯車が、一日限りで軽やかに回りだす。そんな日が、人生に一度、一日だけあってもいいだろう。


 そんな日は、晴れるといい。






*******






 ――ピロン。


 やることもなく、家でぼーっとテレビを見ながら昼食をとっていたとき。もう少し秋モノの服を買い足そうかな、とこれまたぼんやり考えていたとき、携帯が鳴る。


 画面を見ると、雪中君からだ。今でも彼とは連絡を取り合っている。彼氏は嫌そうな顔をするけど、理解はしてくれているらしい。「かおりが話せるきっかけになってくれた人なら」と、だいぶ優しいことを言ってくれる彼氏だ。


 ――今度、久しぶりに歌おう。――


 メッセージはたったその一言だったけど、僕はすぐに盆と正月が一緒に来たような喜びに満たされた。それがどれくらいかというと、「盆と正月が一緒に来たよう」だなんて古臭いたとえが突拍子もなく脳裏に浮かんでしまうくらい。


 僕の歯車が歯車として現れ、回りだしたあの日。いまはもう止まりかけているけど、それがまた「奇跡」のように回る日が人生に一度、一日だけあってもいいだろう。


 そんな日は、晴れるといい。

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