第35話 俺たちの水族館作戦が成功するまで

「私たちは入れないの?」


「一応外から2人の様子は見れるな」


 カワウソの餌やりがついに始まるらしい。

 方法としては直接の餌やりではなく、衛生面などの観点からか上に繋がれたチューブからカワウソにあげるタイプ。

 上に登る時、荷物をポロッと水槽の中に落としてしまう人が多いらしい。


「落とせば成功ってことなんだよね」


「そうだけど、カワウソからしたら多分たまったもんじゃないな」


「確かにかわいそー」


 恋路には誰かの犠牲が付き物だ。知らんけど。

 とりあえず、2人の声が聞こえる位置まで近づく。


「緊張するな」


ごうくんはこういうの初めて?」


「小さい頃以降やってないな。やってないというか親がやらせてくれなかったから」


 でしょうね。普通は今もやらない方がいいと思います。


「それなのに今日はするんだ?」


 渡辺さんは俺から貰ったことをきっちり隠してくれていたようだ。

 きっちりカワウソのことは怪しまれているが。


「いや、その。茨木さんとしたかったから」


「え? ありがと……」


 すっごくいい雰囲気じゃないか。

 まあ、今からその雰囲気がぶち壊される予定なんだけどな。


「順番的にそろそろなんじゃない?」


 文殊みことが遊園地のアトラクションの列に並ぶ子供みたいにはしゃぎ出した。


「次、剛くんの番だよ」


「見てる側も緊張してきたな」


 緊張の瞬間。

 さあ、どうなる。渡辺 剛どうする。


「これを上の管から入れてください」


 スタッフさんの優しい声が響く。


「はい。ここからいれればいいんですよね」


 そのセリフはフラグにしか聞こえず、徐々にこちらサイドではくすくすと笑い声が聞こえ出す。


「はい。どうぞ」


 ポトンっ


「あ、落ちた」


 俺たちが3人が思わずハモる。

 そして、想像以上の結果だったのは、落としたのが荷物ではなくまさかの餌。

 普通に餌を上からカワウソ目掛けて落としただけだった。一切管を通さず。

 流石俺たちの想像の斜め上を行く男だ。


「ははははは」


「ちょっと梨花そんなに、大きい声出したらバレるって、本当に」


 文殊も笑いをほとんど我慢できず言葉の途中途中でふはっという声が出ている。


「ちょっとええ? 何してるの剛くん?」


「ああ、ごめん。入れ間違えちゃった。すいません」


 スタッフさんの方を向き、必死に謝っているところがもう既にかなり面白い。スタッフさんもほとんど半笑いで「大丈夫ですよ」とだけ一言。


「もう一度出来ますから次はお願いしますね」


 お願いしますね(フラグ)。


「ああー。俺のカバンが」


 いや、分かっていたけど。分かっていたけども。

 なんでそうなるんだよ。


「ええ、大丈夫ですか? すぐこちらで取らせていただきますから」


 まさかの天丼にスタッフさんも大慌て。

 一方、なんの言葉も発さない茨木さんの方を見ると宝石を見た子供のように目がキラキラ輝かせていた。

 いや、普通そんな目で見ないから。


「これって成功じゃない?」


「成功だよ。やったー」


 他人の失敗を見て喜ぶというのは中々喜びきれない部分もあるが、とりあえず成功してよかった。


「今のうちに2人より先に進もう。一応まだ見る動物いるし」


「そうだね。でも、早くいかなきゃ翔満とうまくんが可哀想じゃない」


「それはそうか。じゃあ、あまり止まらずに行こう」


「うん」


 俺たちは成功の喜びを噛み締めつつ、出口の近くにいた芦屋と合流する。


「どうだったんだい?」


「それが大成功だよ。2回落としてくれたの」


「に、2回?」


 戸惑い気味の芦屋だったが、その言葉の意味も理解したようだ。


「もしかして、餌を落としたのかい?」


「そうなの。やばすぎてまじ腹ちぎれるかと思ってー」


 まあ、とりあえず見ている感じちょくちょく変な行動も見られたし、カワウソあたりの行動が決め手になってくれていたらいいんだけど。


「あとは剛くんが告白するかどうかだね」


「さっき聞いた感じだと、夜景が見える場所で告白をするらしい」


 一昨日、渡辺さんの未来を視た時に得た情報をまるで、さっき聞いたかのように話す。

 俺たちが水族館で干渉したことで未来が変わってしまっている可能性はあるのだが、おそらく俺たちが会ったからといって場所が変わるとは思えない。


「うわー。すごいロマンチック」


「そういうの憧れるよね」


「一応さっき剛くんのこと動画撮ってたから、華泉けいに送っとこ。ついでにこれが上手くいったらあーこにもプレゼントしてあげないと」


 いつの間に撮ってたんだよ。

 後、送ってあげたら渡辺さんが可哀想でしょ。

 間違いなく茨木さんは喜ぶだろうけど。


「そういや、どうして今日花山さんは来れないんだ?」


「あれ、聞いてないの?」


「理由までは」


「なんか友達が入院してるらしいから、お見舞いに行くんだって。もうオーディション前だからいろいろとあるらしい」


「なるほどな」


 そりゃあ、そっちの方を優先した方がいい。

 今思うと、もし花山さんがこちらに来ていればあの2人にバレないようにするのではなく、周りからもバレないようにしなければならないという2重ミッションが課せられることになっていただろう。

 有名人って大変なんだろうなあ。


「よし、みんなで絶対に成功させよう」


「おー」



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