本音

そうくんとこれからも演奏したいの」

 酒で制御を失ったから、話したいことを話すんだ。

「でも、バイバイしなきゃと思って、をしたかったの」

「お別れ会?」

「だって、もう会えないでしょ? 会う理由もないでしょ? それに私は大人で、そうくんは高校生、だから」

 私の本音。酒によってダラダラと漏れていく。水が流れていくように、堰き止めるものはなにもない。

「でもね、本当はね、お別れなんかしたくない」

 ぎゅっと、また彼のティーシャツを抱きしめる。

「ずっとそばにいたい」

 私の願望。

「例え、そうくんの優しさがみんなにも向けられていても……我慢、するから」

 本当は独り占めしたい。

 でも、それよりも大切にしたい想いがある。

そうくん、今まで一人で頑張ってきたの、すごく偉いと思う。口では言わないけど、親が家にいなくて寂しかっただろうし、心細かったと思うから」

 このティーシャツだって、両親がいない間はずっと彼が洗っていたのだろう。

「私に甘えていいよ」

 振り返りたいけど、自分に自信が持てないから振り返れない。

「こんな私じゃあ無理かもしれないけど、年上だから……もっと、もっと頑張るから。そうくんが私に甘えられるまで、そばにいさせてほしい」

 すると、頭になにかが乗る——そうくんの顎だった。溜息が落ちてくる。

「これはお酒の力なんですかね」

「んん?」

 頭に乗っていた顔はなく、今は彼の吐息を首元で感じる。そして後ろから優しく抱きしめられた。

「俺、どうやって人に甘えたらいいのか、わからないんですよね」

「それは、えっと……自分の欲望に忠実になること、かな?」

 首を傾げる。こんな回答で良いのだろうか。

「じゃあ、もう十分しほりさんに甘えてますよ」

 その意味を示すように、抱きしめる両手に力が入ったのを感じた。

「だから。しほりさんの話だと俺はもう甘えてるから、一緒にはいられませんね」

「イヤですっ」

 そんな言葉は聞きたくない。自分で言っておいて矛盾してることはわかってる。だって君を繋ぎ止める為だけの言葉だったから。

 でも実際に、彼の生の声で「一緒にはいられない」と聞くと、悲しくて、身を切り裂かれそうな気持ちになる。

 声が震えていることに気づき、下唇を強く噛んで、涙が溢れないように堪える。

「ごめん」

「イヤで——」

 強く、更に強く抱きしめられた。苦しくなるくらい。

「意地悪を言って、ごめん」

「……え?」

 聞き返すと、彼の笑う吐息が首元にかかる。

「これからもちゃんと一緒にいられますよ」

 心臓が鳴る。

 高鳴る。

 聞きたい。次の言葉を聞きたい。

 彼は大きく深呼吸をした。何度も。

「これからも一緒に演奏したいですし」

「うん……」

 心臓が煩いくらいに鳴る。そのまま胸を突き抜けて、飛び出すんじゃないかと思うくらいに。


「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」


 時間が止まったようだった。

 耳をくすぐる彼の優しい声。

 温かい腕の中。

 ずっとこのままでいさせて。

 時間よ、どうか止まって。

 世界よ、どうか閉じ込めて。

そうくん、好きになって……ごめんなさい」

「謝ることじゃないでしょ」

 私の突然飛び出た言葉に、彼は苦笑した。

「だって、私は——」

 そこまで言いかけた時、急にドアが開く。show先生と梶瑛かじあきさんが立っていた。

「お邪魔させてもらうよ〜!」

「……失礼します」

 show先生は両手に酒の瓶を持ち、「ワーイ!」と楽しそうにする。

 一方、梶瑛かじあきさんは苛立ったような表情と、殺意に似た雰囲気を醸し出しながら入ってきた。

「早く離れなさいよッ! 変態年増!」

「というか、なんでそうの服を持ってんのよ‼︎」ベリッと剥がされた。

 彼女はいつになったら名前で呼んでくれるのかな。

 梶瑛かじあきさんは私からそうくんのティーシャツを奪い取ると、そのまま彼に渡す。

 それを受け取ったそうくんは、そのまま着た。その様子は少々苛ついているようだ。

「妙なことで先生と結託するなよ。お酒に溺れさせるなんて、卑怯だろ」と注意した。

 そうくんに叱られた彼女は、よろよろとおぼつかない足取りで離れていく。「だから、ちゃんと先生の悪事を教えてあげたのに」と呟いた気がした。その声は泣いているようにも聞こえた。

 ソファに座り直し、天井を仰ぐ。

 すっかり酒が冷めたなぁ、なんて思いながら。

 そこに肩がどさっと重くなる。私の肩にそうくんが腕を回して、抱いていた。

「後で、ちゃんと返事をするから」

 耳元でそう言うと微笑み、離れた。show先生を部屋から引きずり出し、どこかへ行ってしまう。

 そうだった。

 面と向かっていないとはいえ、私はそうくんにハッキリと「好き」と伝えたのだった。改めて高校生のそうくんに告白したんだと実感する。顔から火が出そうだ。

「高校生に告っちゃったなぁ」

 告白の返事が「そばにいたい」だと思っていたけど、違うみたい。

 そばにいたいとは願望であって返事ではないから、後でちゃんと答えるよという意味なのだろうか。

「それって、まさか返事は願望の反対?」

 現実的には、そばにいられないってこと?

 そばにいられない理由なんてあるじゃないか。

「年齢差の壁は、高いなぁ」

 好きになってごめんなさいと謝った後、私が言いかけた言葉は——「だって、私は大人で、そうくんは高校生だから、世間は許してくれない」

 心の奥がモヤモヤする。

 どうして私に願望を伝えたのだろう。後で返事をするっていう言い方をしたのだろう。

 もし私の予想通りなのだとしたら……でも抱きしめてくれたし、一緒にいるって言ってくれた。

 そうだ。

 彼は「これからもちゃんと一緒にいる」って言ってくれたじゃないか。なのにどうして「俺も、しほりのそばにいたいなぁ」て言ったの?

「あ〜〜〜〜〜〜〜」

 肺に溜まっている空気を吐き出した。

 頭の中がゴチャゴチャしてる。もうわからない。考えたくない。

 とても疲れた。

 少しここで休ませてもらおう。

 瞼がゆっくりと落ちた。

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