第37話 新たな舞台を呼ぶ瞳
エイトールは後悔していた。
人生で最も本気になった戦いに負けたのだ。
ひとりで戦うには限界があった?
言い訳だ。
勝つための道筋はいくつもあった。
もし自分がクロッカスの裏切りに気づいていれば――。
もし自分がオフェーリアの性格を考えていれば――。
いくつものもしもが頭に浮かび、自然と拳が強く握られる。
その拳に、そっと温かい手が添えられた。
「エイトール。あまり自分を責めないでください」
「……でも」
「お前がいなければ、そもそも戦いにすらなりませんでした。お前は私の英雄です。こうして私が生きていられるのも、ぜんぶエイトールのおかげなのですよ?」
「……英雄なんかじゃねぇ。俺はお前の友達だ」
「そうですね。私の大切な友達」
握った拳が
隙間なく密着した互いの指は、まるで愛おしさで離れ難いとでも言うかのように。
「それに、生きているならまだチャンスはあります。私はまだ諦めていませんから」
「……え?」
「着きましたよ」
エイトールが疑問を呟く間もなく、リタは扉を開ける。
学校長室と書かれた部屋の扉を。
「ウィンデル校長。エイトールが目を覚ましました」
「おや、歩いて大丈夫なのかい? 一ヶ月は安静にしていないとダメと聞いていたが」
「エイトールは丈夫なので」
部屋の中にはひとりの女性がいた。
長い白銀の髪。
そして、全てを見通すかのような
まるで
何より、その身体から滲み出る存在感が
「……リタ。この人は信用して大丈夫なのか?」
「いきなり失礼ですね。この方も、私とお前の命の恩人ですよ?」
信用した相手に裏切られたばかりのエイトールである。
素性もわからない相手を警戒してしまうのは当然だが――。
「ははっ、構わないよ。むしろ君たちの事情を考えれば疑うことこそが正しいさ。事実として、ボクは君たちの味方のつもりはない。敵でもないけどね」
相手はエイトールの危惧を良しとした。
「そうだ……そうだな。敵だろうと味方だろうと、助けてもらったんならまずは礼を言わないとダメだよな。――ありがとう、俺とリタを助けてくれたみたいで」
「気にすることはないよ。ボクにも打算があってのことだし」
そう言って、彼女はエイトールへと歩み寄って手を差し出した。
リタと絡めていた指を解いて、その手に応える。
「ボクはウィンデル。この学校の学校長をしている」
「エイトール。リタの友達だ」
実に簡素な、しかし今の自分には相応しい紹介でウィンデルに名乗る。
と同時に、ウィンデルの発言に首を捻った。
「学校長……? ここは学校なのか?」
「おや、何も説明されてないのかい?」
ウィンデルはリタに視線を向けると、彼女はこくりと頷いた。
ならばと再びエイトールに視線を戻し、含みのある言葉を投げる。
「ボクとリムスフィア皇女はとある契約をした。内容については、たぶん彼女から聞いた方が納得できるだろうからボクは黙っておくよ」
にこりと微笑んだウィンデルは、そこで手を離す。
その笑顔は、まるで心の奥を隠す仮面ように完成されたものだった。
「ボクは君たちの味方ではないけど、それでも幸運くらいは祈っておくよ。この学校は、運がなければ生き残れないからね」
「……はあ」
よくわからない言葉を最後に、エイトールは学校長との挨拶を終えた。
リタと共に礼をしてから、学校長室を後にする。
***
リタとふたりで廊下を歩く。
まるで水晶のような透明な鉱物でできた廊下だ。
カツカツと響くふたり分の足音を珍しく思いながら隣にいるリタに話しかける。
「なあ、リタ。校長が言ってた契約ってなんだ?」
「……」
「……え、無視っ!?」
声をかけても反応がなかったリタに、エイトールは驚きの表情。
その焦った態度に、リタははっと顔を上げる。
「す、すみません、エイトール。少し考え事をしていたもので……」
「び、ビビったぜ。リタに嫌われたら、俺はもう生きていけねぇぞ?」
「ありえませんよ。この先何があったとしても私がエイトールのことを嫌うだなんて」
そうして花咲くような微笑みを浮かべるリタ。
窓から差し込む光が、水晶壁を反射してその笑顔を照らす。
思わず
少しだけ、エイトールの頬が赤くなる。
「で、何を考えてたんだ?」
「これからのこと……お前にどう伝えようかと迷っていて」
「これから?」
エイトールは考える。
帝位争いは敗北に終わった。
帝国内でリタは死んだことになっているらしい。
つまりもう、リタは普通の女の子として生きていけるはずだ。
身分を隠し、皇女であることを捨てて、好きに生きることできるはず。
「…………」
でも、エイトールは気づいた。
リタの瞳が、宝石のように輝く真紅の瞳が雄弁に語っていた。
彼女がまだ、皇帝になることを諦めていないことを。
「リタ……お前は……」
「エイトール。お前が教えてくれました。諦めない心、そこから生み出される無限の力を。だから私が――お前の友達である私が諦めるわけにはいきません」
エイトールへと向き直る。
輝く真紅の瞳で、その顔を射抜く。
揺るがない炎の言葉で、リタはそれを宣言した。
「私は皇帝になります。遠からず、オフェーリア姉様から帝位の座を奪還します」
吹き荒れた魔力が熱を持つ。
エイトールの頬を撫でた風は、たまらなく熱かった。
広がる赤髪が、ひとりの少女を誇らしく際立たせる。
その
「エイトール」
名を、呼ばれる。
それだけで、心が震えるようだった。
「もうお前に、私に力を貸す理由はありません。いえ、そもそも元からお前には命を賭けるような理由などないはずです」
一歩、リタがエイトールへと寄る。
カツ、と水晶の床を踏む乾いた音。
「お前の存在に甘えて、縋って、それでようやく生き延びることのできた愚かな皇女。その理解があって尚、私はお前に願います。まだ終わらない無謀な夢への旅路で、隣にはお前が居て欲しいと」
リタの手が伸びる。
エイトールの手を捕まえて、ぎゅっと握る。
「エイトール。――また私に力を貸してくれませんか?」
その真紅の瞳は語っていた。
もはや離れることは叶わないのだと。
恋に熟れた少女のような瞳で、リタはエイトールを見上げていた。
ならば、答えなどもう問われる前から決まっている。
「当たり前だろ? 俺はお前の友達だ。理由なんてそれだけでいい」
「……ありがとう、エイトール。大好きです、お前のことがこの世界の誰よりも」
「おう! 俺もリタのことが大好きだぞ!」
「……っ」
エイトールの笑顔を前に、リタの顔が真っ赤に
先ほどまでの皇帝の
ただの乙女へと戻ったリタが熱を冷ますように、パタパタと手で顔に風を送った。
「で、リタ。具体的にこれからどうするんだ?」
「……今回の敗北は、私がエイトールに頼り過ぎたのが原因でした」
リタはそうして足を進める。
廊下の先、水晶の道の終わりである大扉へ。
「この場所で力を溜めます。仲間を集め、情報を集め、そして私自身も強くなる。どこまでも強欲なこの願いは、おそらくこの場所でのみ叶えられる。そんな場所へと導かれた私の運命に、何か強い意志を感じずにはいれません」
「そういえば、ここってどこなんだ?」
エイトールの問いに、リタは大扉へと手をかけることを返答とする。
一度だけ振り返ったリタはこくりと頷き、手に力を込めた。
扉が開く。
「なっ!?」
エイトールは驚きで目を見開く。
扉の先は大広間――ただし、その空間が営む
空を飛ぶ箒、それに跨る黒いローブの集団。
テーブルに置かれたフルーツたちは、早く食べろとでも言いたげに皿の上へと自ら転がってはパラリと切り身を晒す。
席に着いた少年少女たちもそんなフルーツを前に杖を一振り――。
すると、切り分けられたフルーツたちは空を泳いで口の中へと吸い込まれていった。
広間を照らし出すのは、トコトコと自ら歩くスタンドライト。
壁際を歩けば、額縁に収められた油絵の貴婦人が
眩しいじゃないの、と絵の世界を飛び越えた講義の声を。
そう、全てが異様だった。
現実であることを疑う、世界の定義を真っ向から無視した世界。
「エイトール、ここが私たちの新たな戦場――」
リタは歩き出す。
これから自分達も、この
そう言いたげな真紅の瞳を、呆然としたエイトールに向けながら。
終わらない。
たった一度の敗北では、この物語は終わらない。
諦めを知らない皇女は視線のみでそれを訴え、口にした。
第四皇女と護衛王子の新たな物語。
その舞台となる、
「――ソラナカルタ魔法学校です」
第四皇女と護衛王子 〜王位争いが嫌で隣国の貴族学校に留学した王子だけど、そこで友達になった皇女の帝位争いに巻き込まれた〜 六海刻羽 @Tokiwa_Rikkai
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