第34話 星を見つけた日
夢を見ていた。
ずっと昔、エイトールが宝石職人に憧れた日のことを。
各国の権力者たちが集うパーティー。
王子として参列した、当時九歳のエイトールは暇を持て余していた。
立食の形式が取られた会場では、大人たちが笑顔で難しい話をしている。
つまり、子供であるエイトールにはわからない話だ。
つまらないから会場を逃げた。
どこかの国の知らない偉い人の屋敷だ。
当然、迷う。
迷った先に、エイトールは辿り着いた。
星空の見えるテラス席。
そして出会った。
そこにいた、赤い髪をした女の子と。
「ん? こんな場所にどうしたのですか?」
同じ年くらいの、強い視線を持った女の子だった。
胸元に輝く大きな宝石が、星明かりを照り返して輝いていた。
「あ、いや、迷ったらここに着いて――」
「待ちなさい!」
「っ!?」
急に少女は大声を出す。
驚いたエイトールは肩を跳ねさせてから硬まった。
石のようになったエイトールに少女は近寄り、その襟元に手を伸ばす。
「さては屋敷を走り回りましたね。衣服が乱れています。身だしなみは大切ですよ。子供だとしても気にしなさい。それが最低限のマナーです」
「……」
エイトールは、むっとした。
同い年の、しかも初対面の女の子に偉そうに説教されたのだ。
幼い心では受け入れられなかった正論に、ついエイトールは噛みついてしまう。
「身だしなみがなんだよ。お前みたいに、無駄にデッカい宝石でもつければいいのか?」
ぱっと目に入った胸元の宝石を見て、そんな悪態をつく。
すると、女の子はエイトールの襟を直していた手をピタリと止めた。
「……謝りなさい」
「は? 誰に?」
「謝りなさい! この宝石を作ってくれた人に!」
「な、なんだよ!?」
まるで火の投じられた火薬庫のように、少女が爆発した。
可憐に見えた小さな顔が、今は怒りに歪められている。
エイトールは思わず、数歩足を引いた。
その分だけ、ずいっと少女が間を詰めてくる。
「お前は何もわかっていません! このドレスも! この髪飾りも! この宝石も! どれもこれもがたくさんの職人さんの努力によって作られたものなのです! お前がなんとなくで否定していいものなんかどこにもありません!」
「そ、そんなに怒んなくたって……」
「いいえ、怒ります! 私は他人の努力を否定する人が大嫌いですから!」
「……」
エイトールは押し黙る。
それと同時に、少女の言葉が心に響いた。
これまでの価値観を拳でぶん殴られたかのようだ。
今まで自分が着ていた服や、使っていた道具。
それらは当然ながら、それらを作った人がいる。
言われれば当然のこと、しかし少女に言われるまでは意識しなかったこと。
目の前の女の子は、顔も見たことのない誰かのために本気で怒れる人だった。
それは、幼いエイトールの心を
初めて、人を尊敬する瞬間だった。
「すげぇな、お前。俺と同い年くらいなのに、すげぇ立派だ……」
「
「わかった」
エイトールは素直に謝罪を口にした。
ドレスや髪飾り――少女の身だしなみを作った、たくさんの職人たちに。
その様子を、少女は満足した瞳に見守っている。
「意外と素直なのですね。そういうところはいいと思いますよ」
「そうか? えっと、次は宝石を見つけてきた人か」
「作った人にもですよ」
「作ったってなんだ? 宝石はどっかで拾ってきたものだろ?」
「私も詳しくはありませんが、宝石は元々ただの石ころの見た目をしているようですよ。それを職人さんが磨いてこんなに綺麗な石になるみたいです」
「えっ、そうなの!?」
エイトールは少女の胸元にある宝石を見た。
綺麗な石だ。
とても元々がただの石ころだったとは思えない。
それをこんなにも綺麗なものに変えることができるなんて――。
凄いと思った。
そんなことができる人のことを心から尊敬した。
「おい、そんな女性の胸をマジマジと見るものではありませんよ?」
「えっ、あっ、悪い! ぺったんこだから胸だって気づかなかった!」
「ふんっ!」
「ぐはっ!?」
少女の拳がエイトールの頭に炸裂した。
痛くはなかった、思わず声を上げてしまった。
「こんなにも失礼な男に会ったのは初めてです。名前を聞いておきましょう」
「え、ああ、俺は――」
と、そこでテラスの人がやってきた。
魔術師の格好をした、背の高い女性だ。
「やっと見つけました! もう休憩時間はとっくに終わっていますよ!」
「星空が私を呼んでいたのがいけないのです。あとは、この失礼な男のせいですね」
「言い訳は聞きません! ほら、部屋に戻って魔術の授業の続きです!」
エイトールが名乗る前に、女の子は魔術師の女性に連れ去られてしまった。
その姿が見えなくなるまで、エイトールは見送った。
名前すらも聞けなかった女の子。
彼女からは、素敵なことを聞いた。
特に、宝石の話は耳にこびりついて離れない。
ただの石ころを、綺麗で素敵な宝石へと変える職人がいる。
エイトールの幼い心に、小さな星が
***
(……おい、これってもしかして
それを自覚した瞬間に、エイトールは夢の世界から帰還した。
「エ、エイトール……!」
リタの声で身体は本格的に目を覚まし――。
よって背中からの凄まじい痛みを自覚する。
「……つぅ……っ!」
流石に強がるのは無理だった。
背中に無数の矢は生えている。
無事な部分を探す方が至難だ。
それでようやく、エイトールは現実を認識する。
オフェーリアに裏切られ、絶体絶命となった現状を。
「……大丈夫だ、リタ。お前のことは俺が守るから……!」
「も、もういいですっ……これ以上はエイトールが死んでしまいます……!」
「死なねぇよ。俺はまだ、夢を叶えていねぇんだ」
それは本心だった。
自分が夢を見た日のことを思い出したからか、エイトールの心は燃えていた。
命の
「すごいわぁ、エイトールくん! まだ生きてるのぉ?」
オフェーリアが子供のような瞳で、エイトールの無事に驚いている。
周りの騎士たちは逆に怪物を見たかのような怯えた目だ。
これだけの矢を浴びながら、まだ生きている。
その事実に、
「……俺は無敵なんだ。そっちこそ、そろそろ諦めろよ」
「嫌よ。言ったじゃない。わたくし、負けるのが大っ嫌いなの」
オフェーリアが再び手を挙げる。
周囲の騎士たちが一斉に弓を構えた。
一度目の斉射は、エイトールの強靭な背中の筋肉でどうにか矢を受け止められた。
しかし、二度目を受け入れられるほどの余裕はもはやない。
エイトールは歯を噛んだ。
この
何かないか、何かないか……!
思いつかない。
ボロボロの身体では、この絶望に抗う
「くっそっ!」
せめてもの抵抗に、エイトールはリタを抱きしめた。
強く、固く、絶対に守り切ると意思を込めて。
リタは泣いていた。
ポロポロと、大粒の涙をこぼしていた。
それが自分の痛みよりも悔しかった。
笑っていて欲しかった。
リタにはどんな時でも笑っていて欲しかった。
だがそれはもう、過ぎた願いなのか――?
「これで終わりよぉ、リム。それと、エイトールくん」
オフェーリアが手を振り下ろす。
矢が、放たれる。
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