第33話 乾いた心に響く音

 弾ける火花が夜闇を切り裂く。

 打ち鳴らされる鉄の音は激しく交わり、高鳴っていく。

 拮抗する力と力。

 その戦いを見守る者たちは、ただ漠然ばくぜんと――。

 まるで童話の一場面かのような戦いを傍観することしかできなかった。


「がぁああああああっ!!」

「はぁああああああっ!!」


 単純な力で言えば、エイトールの方が上だろう。

 しかし、エイトールは戦いの素人。

 超越的な身体能力をデタラメに振りまくだけ。

 対して、グリスは騎士。

 多くの戦場を経験した、戦いのプロフェッショナルだ。

 その戦いの技術が、単純な力の差を勝敗へと結合させない。

 エイトールの突き出した剣が、グリスの大剣にらされる。


(……ヤバい!)


 剣を突き出した状態で静止するエイトール。

 その無防備な身体に、器用に大剣を振るうグリス。

 ぎりっ!

 エイトールの立つ地面から、不思議な音が聞こえた。

 強靭きょうじんな足の指で地面を掴む音だ。

 エイトールの靴は、強烈な踏み込みに耐えきれずとっくに擦り切れていた。

 剥き出しの指で地面を掴み、無理やり身体を前へと倒す。

 ぶおんっ!

 グリスの大剣が、エイトールの頭上で空を切る。


っぶねぇ! 今のはヤバかった!」

「……凄まじい力業だな。人間と戦っている自覚を失いそうだ」


 常にお互いが全力の攻撃――。

 この一手で決めると意思を込めた一撃を放っている。

 故にお互いの身体はボロボロだ。

 相手の必殺を受け、しのぎ続けたその代償である。

 そしてお互いが、或いはその戦いを見ている者たちが同時に思う。

 その傷、その疲労――。

 この戦いはそろそろ終わりを迎える、と。


(……ああ、クソ! こいつ、本当に強いな!)


 エイトールにとっては初めての苦戦であった。

 恵まれた体質により、これまで戦いで不覚を取ることなんてなかった。

 よってエイトールは、ここで初めて勝利のために考える。

 なぜ、自分が勝ちきれないのか?

 なぜ、自分の攻撃が止められるのか?


(……こいつは受けるのがうまい。まるで俺の攻撃を予測しているみたいだ)


 いや――まるで、ではないのだろう。

 事実として、エイトールの動きが読まれているのだ。

 なぜだ?

 これまでの戦いの経験で、俺の動きを直感的に予測できるのか?


(……いや)


 それだけじゃないはずだ。

 直感などと言う形のない感覚にゆだねて、思考を放棄するな。

 考えろ。

 これはリタを皇帝にするための戦い。

 絶対に負けるわけにはいかない。


「ふっ!」

「む――」


 エイトールは再び突撃しようとし――。

 その直前にグリスが身体の向きを変える。

 エイトールの突撃に対して、利き腕とは逆方向に肩を向けた。

 よって、エイトールは自然と利き腕に剣を振るうしかなく――。


(……!)


 気づく。

 動きを予測しているのは間違いないだろう。

 だが、それ以前の問題だ。

 ――動きを誘導されている!

 今回の突撃で、エイトールはそれに気づいた。


「戦いの最中に考え事とは……オレも舐められたものだな」

「――っ!?」


 だが、その代償。

 思考に費やしていた分だけ身体の反応が遅れ、グリスの剣を受けてしまう。

 咄嗟に魔法剣を間に挟み、直撃は防いだ。

 振り抜かれた大剣によって、エイトールは吹き飛ばされる。

 地面をゴロゴロと転がる。


「がはっ……くそっ……!」


 意識がかすむ。

 眩暈めまいがする。

 身体に力が入らない。

 まるで手足がなまりのように重い。

 動け、動け!

 心の中で何度も叫ぶ。

 だがその意志に反して、エイトールの身体は動かない。


「……これで終わりだ。クレティカの王子」


 グリスが大剣を構えたまま、地面に伏したエイトールへと歩く。

 ざずっ、ざずっ。

 その重い足音が、エイトールには死神の声に聞こえた。

 動け、動け!

 頼む、動いてくれ!

 言うことを聞かない自分の身体にエイトールは必死に力を込め――。


「エイトール」


 声が。

 自分の名前を、リタが呼んだ。

 必死の想いで首を回す。

 リタが見ていた。

 静かに見ていた。

 泣くことも、笑うこともせず、ただじっと。

 その真紅の瞳に綺麗な光を灯らせながら――。

 ただ、一言――。


「お前を信じています」


 十分だった。

 エイトールの瞳が、カッ! と見開かれる。

 細胞が、筋肉が、最後の無茶に応えるように動き出す。

 心臓がはちきれんばかりに躍動やくどうする。


「うぉおおおおおお……っ!」


 ダンっ、と地面に両足を突き立てて立ち上がる。

 傷口から、どぱっと血が流れたが構うものか。

 リタが見ている。

 リタが信じてくれている。

 なら、自分がここで立ち上がらないわけにはいかない!


「あぁあああああああああああああああああっ!!」


 星空に向かってえた。

 己の身体が上げる悲鳴を黙らせるかのように。

 勝つ!

 絶対に勝つ!

 ボロボロの身体では不相応な願いを心に強く思う。

 血走った目でエイトールは前を見た。

 大剣を構えた敵を――グリスを睨んだ。


「勝負だ……っ!」

「……感謝する。お前のようなやつと戦えたことに」


 ここに来てグリスは、エイトールを誇り高き騎士であると認めた。

 ただ才能に恵まれただけの異国の王子。

 初めに抱いていたその印象はもはやなくなった。

 己の身をかえりみずに、守りたい者のために血を流す。

 どんな苦境の中でも諦めずに戦う。

 その誇り高き心は、尊敬に値する戦士のものだった。

 だからこそ――。


「オレの全力でお前を倒す」

「はっ! やってみろ!」


 エイトールは突撃した。

 グリスは大剣を右から振り下ろす。

 相手の動きを左へと逃すためだ。

 これまで通り、エイトールの動きを誘導するための牽制けんせい

 戦いの素人であるエイトールは、この誘いにずっと乗ってきた。

 だから今回も、この誘導を成功することを疑っていたなかった。


「ぐぅううううっ!!」

「なにっ!?」


 エイトールは避けなかった。

 振り下ろされた大剣を肩で受ける。

 血が舞った。

 が、骨にまでは届いていない。

 筋肉で止められている。

 どうせ避けられるだろうと、力を加減していたからだ。


「まずいっ!」


 グリスはすぐに大剣を引き抜こうとするが――。

 ぎじっ!

 エイトールの肩の筋肉が締まり、剣が抜けない。

 やられた、とグリスは思う。

 この現象が偶然でないことは、エイトールの目を見ればわかった。

 これは捨て身の特攻だった。


「もらったぁあああ!」

「がっ……!?」


 エイトールの突き出した魔法剣が、グリスの胸を貫く。

 鎧など、ないも同然だった。

 エイトールの手は感じ取る。

 鎧の下、強靭な胸の筋肉を貫いた感触を。


「……俺の、勝ちだ……!」

「……見事、だ」


 グリスの巨体が倒れる。

 血の海がじわじわと広がっていく。

 グリスは、動かない。

 数秒の沈黙を経て、エイトールは勝利を確信した。


「……やった、やったぜ……」


 荒い呼吸をしながら、茫然ぼうぜんとその場で立ち尽くす。

 肩に刺さった大剣を抜く余裕すらない。

 限界などとうに超えていた。

 でも、勝った。

 勝ったのだ!


(……これで、リタを皇帝に……!)


 途絶えそうな意識の中で、歓喜かんきの色が浮かぶ。

 どうにか振り返ると、そこには泣きそうな顔をしたリタがいた。


「エイトール! お前の勝ちです!」

「ああ、やったぜ……!」

「ありがとう、エイトール! お前は本当にすごいやつです!」

「ふっ、当たり前だろ? 俺を誰だと思って――……っ!?」


 駆け寄ってきたリタを抱きしめようとして――。

 それに気づいた。

 気づいてしまった。

 いつの間にか、周囲の騎士たちが弓を自分たちに向けていることに。


「なっ!?」


 驚きながら、エイトールはオフェーリアを見る。

 快楽かいらく主義の皇女は、あの妖しい笑みを浮かべていた。


「すごいわぁ、エイトールくん。グリスを倒しちゃうだなんてぇ」


 何が可笑しいのか、まるで恋にれた乙女のように瞳が熱を持っている。

 その視線が自分たちに向けられている。

 どういうことだ?

 この決闘に勝てば、リタが皇帝になるはず。

 オフェーリアは皇帝の座を諦めるはず。

 そういう約束だったのに!


「でも、ごめんなさいねぇ」


 オフェーリアは振り上げた腕を下ろす。

 それが号令だった。


「わたくし、負けるのが大嫌いなの。だって、負けたら面白くないじゃない?」

「……くそっ!」

「ひゃっ!? エイトール……!?」


 エイトールはリタを抱きしめた。

 弓矢の雨に背を向け、必死にリタを守るように。

 次の瞬間――。

 無数の矢が、エイトールたちへと放たれた。

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