第31話 私の騎士
突如として現れた美女。
その存在に、戦場にいた全ての者が驚きを現した。
エイトールとリタはもちろん、グリスや敵の騎士たちも一様に。
「リンゴのお姉さん!?」
「オフェーリア姉様!?」
同時に放った別々の言葉。
リタとエイトールはお互いの顔を見る。
「なんですか、リンゴのお姉さんって?」
「いや、この屋敷に戻る前に街でリンゴをたかられたんだけど……まって、え? オフェーリア? あいつが敵の総大将なの?」
半信半疑で視線を戻すと、美貌の皇女――オフェーリアは
他を屈服させる圧倒的な美貌。
周囲の騎士たちはまるで熱に浮かされたかのように、オフェーリアのことを見つめている。
「改めて自己紹介するわぁ。イスカ帝国第三皇女オフェーリア=プルド・イスカよぉ」
「……俺は光の王子シャイニープリンス」
「まだそれを続けるのですか……?」
もはやバレバレの素性をどうにか誤魔化そうとするエイトールにリタの呆れた声が入る。
そのやり取りにオフェーリアはクスクスと楽しそうに笑った。
「エイトールくんよね? あなた、本当に面白いわぁ。こんな時でも冗談を言えるだなんて、ユーモアというものがわかっているのねぇ」
隙だらけに笑うオフェーリアを注意深く観察しながら、エイトールは考える。
狙いはなんだ?
敵の総大将がわざわざ戦場に現れた、その意味がわからない。
オフェーリアの無邪気な笑みからは、その意図がさっぱり読み取れない。
「わかんねぇな。クロッカスがリタを裏切ってるって教えてくれたのはお前だろ? なんで敵を助けるような
「その方が面白そうだったからよぉ。ずっと見てたわぁ。あなたがリムを抱えて屋敷を暴れ回る姿を。とっても面白かったわぁ」
でも、と長い指を唇に当ててオフェーリアは笑う。
その紫の視線を、周りを囲む騎士たちへと向けて――。
「こんな終わり方はつまらないわぁ。こんなの数の暴力で勝っただけじゃない。たったひとりでお姫様を守ろうとするエイトールくんの方がよっぽど面白いわぁ」
「なに勝った気でいやがる。ここから俺の真の力が解放されて逆転するところなんだよ」
「ん〜、いいわぁ! あなた、本当にいい! エイトールくん、わたくしのものにならない?」
オフェーリアがとびっきりの甘い声でエイトールを願う。
その声こそが、オフェーリアの持つ
他者を屈服させる皇族の異能。
並の感性の持ち主なら、その音が鼓膜を揺らすだけで
だが、エイトールは並の感性の持ち主ではない。
そして何より、エイトールが最も魅力的で可愛い女の子を腕に抱えているのだ。
その
「はっ! 俺がそんな誘いに乗るとでも――」
「だ、ダメです、オフェーリア姉様!」
が、リタはそう思わなかったらしく、焦ったような声を発した。
真紅の瞳が鋭く尖ってオフェーリアへと向かう。
「エイトールは私のものです! お姉様にはあげません!」
「ええ〜、いいじゃない。ちょっとだけでいいから」
「そうやって昔から私のものを奪ってばかり! でも今回ばかりは譲りません!」
「なあ、リタ。別に俺は誰のものでも――」
「エイトールは黙っていてください!」
「お、おう、ごめん……」
怒鳴られて、しゅんと肩を小さくするエイトール。
あれ? これって俺の話だよね? と、心の中で首を傾げる。
だが当人の意思はそっちのけで、ふたりの皇女がエイトールの所有権を巡って言い争う。
ふたりの魔力――皇族の濃密な
「エイトールくんだってわたくしの方が好みよね? ほら、リムと違ってわたくしはスタイルも抜群よぉ。リムの寂しい胸じゃなんも満足できないでしょう?」
「エイトールは小さい方が好きなのです! こないだだって私の胸に溺れそうなほど夢中になってくれて――」
「おい、やめろ! 俺の
ふたりの皇女の言い争いに、周囲の騎士たちがひそひそと言葉を交えた。
そうか、アイツ、小さい方が好きなのか……。
変わってるな……。
ふっ、同志か。敵でなければ余が明けるまで語り合いたいところだ……。
エイトールの驚異的な聴力はそれらの会話を全て聞き取った。
くそうっ!
なんで俺がこんな目に……っ!
「ならエイトールくんに聞きましょう。あなたはどっちが好み?」
「え?」
オフェーリアが妖しく微笑みながら、エイトールへと問いを飛ばす。
同時に、蜂蜜のような
他者を屈服させる、皇族の魔力だ。
巣に捕まった餌を狙う蜘蛛のように、
まるで自分の勝利を疑っていないかのように。
だが――。
「んなもん、リタを選ぶに決まってんだろ?」
「エイトール!」
当たり前のようにエイトールは回答する。
腕に抱えたリタが、ぱぁああっと顔色を明るくした。
そして珍しく、ふふんっと得意げにオフェーリアへと視線を向ける。
「どうです、お姉様? エイトールは私に夢中なのです」
「……そうみたいねぇ。驚きだわぁ。胸の小さい子が好きな男の子がいるなんて」
「どんどん俺の印象がヒドくなってくっ!?」
とんだ
そのままオフェーリアは微笑を保ったまま、言葉を続けた。
「まあいいわ。エイトールくんは敵の方が面白そうだもの」
「……」
改めて立場を確認させられ、エイトールは再び緊張を覚える。
状況はなにひとつとして好転してはいないのだ。
絶体絶命の状況で、オフェーリアの気まぐれが時間を稼いでくれているだけ。
その幸運が尽きれば、騎士たちは再びエイトールたちに弓を放つだろう。
しかし――。
「グリス」
「はっ!」
オフェーリアの呼びかけに、大柄の騎士がすぐさま駆け寄る。
膝を付き、言葉を待つ騎士団長にオフェーリアは一言――。
「エイトールくんと一騎打ちをしなさい」
「……はっ!」
少しの間を挟み、グリスが短く応える。
周囲の騎士たちがざわざわと動揺を示した。
その驚きはエイトールたちも同様だ。
「……なんのつもりだ?」
「言ったままよぉ。グリスと一騎打ちをしなさい」
「俺たちに何の得があるってんだよ?」
「グリスに勝てれば負けを認めるわぁ。わたくしは皇帝になることを諦める」
「……は?」
その不可解な提案に、エイトールは更に疑問を深めた。
意図が全く読めない。
こちらに得しかない提案に、エイトールのみならず周囲の騎士たちの動揺も加速する。
迷いがなかったのは、既に大剣を構えたグリスくらいだろう。
「……何のつもりだ?」
「深い考えはないわよぉ。強いて言うなら面白そうだから、かしらぁ?」
やはり心の読めない妖しい笑みで、そう断言するオフェーリア。
エイトールは考える。
罠の可能性を。
しかしどう考えても、こちらに得しかない提案だ。
弓矢の雨を駆け抜けるよりはよっぽど賭けとして成立する。
「……リタ。どう思う?」
「……罠ではないと思います。オフェーリア姉様は昔から気まぐれで、面白そうなことをいつも探しています。エイトールのことをよっぽど気に入ったのでしょう」
「なるほどな。変なやつに気に入られちまったな」
エイトールはリタを降ろす。
少しだけリタが名残惜しそうな顔をしていた気がする。
「やるのですか、エイトール?」
「ああ。俺たちが勝つにはこの提案に乗るしかねぇだろ」
エイトールはバシッと開いた手に拳を打ち付ける。
そのままリタに顔をやり、ひとつ、
「リタ、なんかくれ」
「なんかとは?」
「言葉。ぶっちゃけ俺はめちゃくちゃ疲れてる。だから力が溢れてくるような魔法の言葉を頼むよ」
にかっ、と笑いながらエイトールはお願いする。
その無邪気な笑顔に、リタは頬を染めながら頷いた。
真紅の瞳をエイトールへ向ける。
心からの言葉をそこに
「エイトール、私の騎士。――勝ちなさい。私たちの未来のために」
「――仰せのままに、お姫様」
リタの願いを力に変え、エイトールは前へと歩く。
待ち構えたグリスはひたすらに集中していた。
空気の震える戦場で、エイトールも小さく構える。
第四皇女と護衛王子の、最後の冒険が始まろうとしていた。
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