第20話 前へ、前へ
ルイーダを返り討ちにしてから、ふたりの旅の敵は
***
大雨が降った。
その雨量はあまりにも凄まじく、森がまるで滝に打たれるかのようだった。
雨が鉄砲水かのようにふたりと襲う。
エイトールがどこからか、丈夫な葉っぱを拾ってきた。
それを傘にして、リタを庇いながら前へと進む。
「大丈夫ですか、エイトール?」
「はっ、こんくらいなんともねぇ! いい男は濡れてカッコよくなるからな!」
「濡れた髪が顔に張り付いてネズミみたいです」
「ネズミっ!?」
エイトールが目を見開いて驚愕する。
濡れた少年の顔を眺めて、リタが頬を染めていることには気づかなかった。
***
次の日。
雨で身体を冷やしたのか、リタが微熱を出した。
エイトールがリタを背負って森を進む。
これくらい大丈夫だとリタは主張したが、エイトールは譲らなかった。
「ううぅ……すみません、エイトール……」
「気にすんなって! リタは軽いからぜんぜん負担にならないぜ!」
「そ、そうですか……? なら良かったです」
エイトールの素直な感想にリタが照れる。
女の子的に軽いと言ってもらえるのは嬉しいのだ。
しかし、同時にエイトールは思う。
おかしいな? と。
リタは完全に自分の背中に体重を乗せて密着している。
なら少しくらい背中に柔らかい感触があってもいいと思うのだが――。
(…………無だな)
背中が覚える虚無の感触に首を捻る。
女の子の胸には夢と希望が詰まっていると親父は言っていた。
さては親父、俺を騙したのか? と、心に思っていると――。
「おい、エイトール。何か言いたいことがありそうですね?」
「な、なにもないんだぜ!?」
耳元で冷たい声を浴びせられ、冷や汗がぶわっと出た。
***
川があった。
急な流れの川だ。
そんなに深いわけではないが、泳いで渡るには厳しいだろう。
そして帝都に着くためにはこの川を渡らなければならない。
エイトールの超人的な跳躍力でも飛び越えるのには無理があった。
「どうする、リタ?」
「どうしましょうか、エイトール?」
ふたりでうんうん悩んでいると――。
ばちゃばちゃばちゃ。
近くで巨大な生物の大群が川を渡り始めた。
エイトールは初めて見る生き物だった。
大きさは五、六メートルほど。
その巨大な生物が百を超える集団で、川を渡り始めたのだ。
「あれは、
「てれんす……? なに?」
「ヌー属とされる巨体の魔法生物です。草食で性格は温厚。
ほほう、とエイトールの目が輝く。
いいことを思いついたとばかりに。
「ならコイツらに乗せてもらって川を渡ろうぜ! おーい! どいつか俺らを乗せてくれ!」
「あ、待ってください、エイトール!」
リタの制止は僅かに遅く、エイトールが呼びかけた瞬間――。
ぐんっ! と、ヌーたちの顔が一斉にふたりへと向く。
その瞳に確かな敵意を宿らせながら。
「な、なんだ、どうしたんだ!?」
「……テレンスヌーミーは誇り高き生き物です。誰かを背中に乗せることを嫌うと噂で聞いたことがありますが……どうやら本当だったみたいですね」
「俺の言ってることがわかったのか!?」
「お前の知能は動物並みですからね。動物同士、言葉が通じたのでしょう」
「ひでぇ!?」
そんな会話をしていると――。
ザンっ、と
顔に傷のある、歴戦の風格を持つ個体だ。
「ど、どうするよ、リタ?」
「テレンスヌーミーは自分より強い者には従うと聞いたことがありますよ」
「あ、そうなの? なら話は早いな!」
現れたヌーの前に、エイトールも歩み出た。
差し出した手を、くいくいと引いて――かかってこい、と挑発する。
それに
凄まじい速さだ。
それを――。
「ふんっ!!」
エイトールはテレンスヌーミーの突き出た角を掴む。
ずんっ! と、エイトールの足が地面に沈んだ。
ただの人間であれば紙屑も同然と吹き飛ばされるヌーの突撃を――。
しかしエイトールは頑強な二本の足で、その重量を支え切る。
「おらぁああ!!」
エイトールは腕を大きく横へと流した。
ずしんっ! と、巨大な音がして、テレンスヌーミーが倒れる。
倒れたヌーは、まるで伏せを命じられた犬のような格好だ。
「はっ! 俺の勝ちだな!」
エイトールの宣言に、傷のあるテレンスヌーミーは悔しそうに
しかしやがて、無言で背中を見せた。
早く乗れ、と言っているかのように。
エイトールとリタは巨大な背中へとよじ登る。
それを確認したヌーはゆっくりと歩き始め、川を渡り始めた。
周りを見れば、民家ほどの大きさのヌーたちが列を成して川を渡っている。
その不思議かつ壮大な光景に、ふたりは圧倒されていた。
「すごいですね、エイトール!」
「ああ、なんかワクワクしてくるな!」
巨大生物たちの不思議な生態。
その大自然の壮大さに、ふたりは目を輝かせた。
***
川を渡っても、テレンスヌーミーはふたりを乗せて歩いてくれた。
群れの動きが帝都のルートを外れるまでは乗せてもらうことにしよう。
そう結論し、しばしふたりは巨大生物に乗ったまま森を進む。
歩き続きの旅で疲れた足には嬉しい時間だった。
夜。
テレンスヌーミーの背中で寝転んでいたふたりは空を見上げる。
木々の間に覗く夜空にはいくつもの星が輝いていた。
ヌーの歩く音のみが響く、静かな森。
まるでこの綺麗な星空をふたりで独占しているかのようだとリタは思った。
「綺麗ですね、エイトール。まるで星空に飲み込まれてしまいそうです」
「そうだな。こんな風に夜空を見上げるなんて初めてかもしれねぇ」
「ふふっ、エイトールはじっとしてるのが苦手そうですからね」
「その通り! 流石に俺のことをよく知ってるな!」
リタは手を伸ばした。
真上に……。
まるで、星の輝きをその手で掴もうとするかのように。
「星に手が届きそうです」
伸ばした手とは別の手を、エイトールの手に重ねる。
そのまま指を絡めて、リタは言った。
「無理だと思っていた未来に辿り着けるかもしれません。ぜんぶお前のおかげです。ありがとう、エイトール」
「……おいおい、礼を言うのはまだ早くないか?」
「ふふっ、そうですね」
星空を見上げながら、リタは笑う。
ふと、エイトールは顔を横に向けた。
リタの笑顔が、すぐ近くにあった。
「……綺麗だ」
「そうですね。とっても綺麗な星空です」
「え、あっ……」
「ん? 星空の話ではないのですか?」
ごろんっと、こちらへと向けられたリタの顔。
まるで口づけをしてしまいそうなほどの近さに、エイトールの顔が赤くなる。
まさかその顔に見惚れていたなどと、言えるはずもない。
「い、いや、合ってるぞ! 星が綺麗だな!」
「……? どうしてそんなに焦ってるのですか?」
「焦ってなんかねぇよ! そ、そろそろ寝ようぜ! 体力は残しておかないとな!」
「はい、そうですね」
ふたりは手を繋いだまま眠りについた。
星空はそんな彼らを見守ったまま。
もおぉぉっ……と、テレンスヌーミーの低い鳴き声が夜の森に響いた。
***
幸運なことに、テレンスヌーミーの群れは帝都の近くまで動いてくれた。
ここまで乗せてくれたヌーにふたりは感謝の言葉を送る。
エイトールにいたっては、このヌーのことをいたく気に入ってしまい「いやだ! こいつは俺が飼う!」と駄々を
だいぶ近くまで来たとはいえ、まだ帝都には距離がある。
こんな目立つ生き物を引き連れていては、刺客たちに見つけてくれと言っているようなものだ。
そんな感じの言い分で、リタはどうにかエイトールを説得する。
ヌーが去っていくのを、エイトールは涙を流しながら見送った。
意外と動物好きなんだな、とリタは思った。
「ようやく
「ああ、帝都はすぐそこだな!」
ふたりは笑い合いながら、森の終わりへと足を進めた。
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