第21話 怪物たちの衝突

 第三皇女オフェーリア派の筆頭騎士。

 獣牙じゅうが騎士団団長のグリスは眉を顰めていた。

 ルイーダ騎士からの通信魔石による通信が断たれて二日が過ぎた。

 それまでの通信で、リムスフィア殿下の護衛はひとり。

 超人的な身体能力を持った正体不明の少年だと言う情報は得た。

 あのルイーダが深手を負わせられたという。

 そのまま通信が途絶えたと言うことは、おそらくルイーダは――。


にわかには信じ難いな」


 ルイーダ=ペトレータは素行こそ目に余るが、騎士としての実力は一流。

 毒などの絡め手を考慮すれば、暗殺の手腕は団の中でも一、二を争うだろう。

 そんなルイーダがやられた。

 ただ身体能力が優れているだけの少年に。


(嫌な予感がする……)


 グリスの騎士としての直感が告げていた。

 不思議な流れが働いている、と。

 歴戦の戦士であるグリスの直感だ。

 無視するには楽観に過ぎるだろう。

 まるでリムスフィア殿下を皇帝にしたい何かの力が働いているかのようだった。


「森への放った偵察からの連絡は?」

「はっ! 相変わらずリムスフィア殿下の姿は見当たらないとのことです! 偵察隊は作戦の中止を提案しておりますが……」


 グリスは近くにいた伝令の騎士の報告に目を細める。

 帝都に近い、愚森ぐりんに騎士団を展開して三日が経った。

 団員の多くは、戦いの知らない皇女がこの恐ろしい森を抜けれるだなんて思っていない。

 来る可能性の低い敵を見張る任務など、意識が低くなるのも当然だ。

 偵察隊から作戦の中止を提案されるのも理解はできるが――。


「あと二日、ここで様子を見る。偵察隊には油断はするなと伝えておけ」

「はっ! 了承致しました!」


 伝令の騎士が走り去っていく。

 その背中を見送りながら、グリスは思った。

 このまま何も起きなければいいのだが、と。

 しかし――。


「な、何者だ、お前……がっ!?」

「なんだこいつ!? めちゃくちゃ速いっ!?」

「おい、あそこにいるのはリムスフィア殿下じゃ……!」


 グリスは心の中で小さく思う。

 やはり嫌な予感ほど当たるものだな、と。

 そうして近くに置いていた、身の丈ほどもある大剣の柄を掴んだ。


 ***


「リタ! 俺から離れるな! 死ぬ気でついてこい!」

「この数……大丈夫なのですか、エイトール!?」

「俺のそばにいろ! それなら絶対に守ってやる!」

「わかりました!」


 森を抜けてすぐ、エイトールたちを迎えたのは展開された騎士団だった。

 エイトールたちも油断していた。

 危険な森の横断を成功したことに、心が浮かれていたのだ。


「くっそ、情けねぇ! 成功している時が人間は一番危ねぇって親父が教えてくれたのに!」


 エイトールは自分の油断を悔やみ、すぐにその感情を心の奥にしまう。

 後悔も反省もするのは後だ。

 今はどうにかこの窮地きゅうちを乗り越えなければ。


「がぁああああああっ!!」


 獣のように叫びながら、騎士たちに突入する。

 長い待機任務で油断していた騎士たちは鎧を着ていなかった。

 無防備な身体にエイトールは皇帝ノ魔法剣インペリアル・ユティーラを振るう。

 風を斬る音が聞こえた。

 数秒遅れて……どばっ、と。

 同時に騎士たちの腕から血が噴き出る。


「ぎゃああああああ!?」

「痛ぇ、痛ぇよぉっ!?」


 阿鼻叫喚あびきょうかんとなる騎士たちの間をエイトールたちが駆ける。

 ピーーーっ! と、高い音が響いた。

 誰かが笛を吹き、リタたちの存在を知らせたのだ。


「リタ、走れるか!?」

「行けます!」

「よし!」


 エイトールが騎士たちを蹴散らし、そのすぐ後をリタが追う。

 もし完全にこの人数の騎士に待ち構えられていたら、流石にリタを守り切れなかっただろう。

 相手が油断してくれてよかったと、エイトールは心の中で小さく喜ぶ。

 と、そこでだ。


「うおっ!?」


 首筋がぞわりと怖気を感じ、咄嗟に身体を捻る。

 エイトールの首があった場所を、大剣が通り過ぎた。

 濃厚な死の気配がエイトールの鋭敏えいびんな感覚を刺激する。

 目の前に現れた巨漢の騎士に、久しぶりの恐怖を感じた。


「俺がビビるなんて大したもんだ。なにもんだお前?」

獣牙じゅうが騎士団団長のグリス=グラスだ。貴殿の名は?」

「むっ……」


 圧倒的な威圧を発する男。

 団長という肩書きも見劣りしない絶対的な強者だ。

 そんな男から放たれた問いに、エイトールは少しだけ考える。

 勿論こんな問い、無視してもよかったがすぐ後ろについてきているリタが息を切らしている。

 エイトールの動きに無理にでもついていこうとしたためだ。

 リタの呼吸が整うまで、会話に付き合うのもいいだろう。

 と言っても、本名を言うわけにはいかないが。


「ふっ、俺は光の王子シャイニープリンス。新皇帝の道を切り開く黄金騎士だ!」

「ぜぇ……ぜぇ……お前は、何を言ってるのですか……!?」

「大人しく呼吸整えてろよ! ツッコまれると恥ずかしいから!」


 エイトールの珍妙な名乗りに、グリスは目を細めた。


「……白銀の髪に黄金の瞳……それに騎士を素手で倒す超人体質……まさかお前、クレティカの王族か?」

「ぎくっ!?」

「……ぎくって口で言うやつ、初めて見ました」


 グリスの言い当てにエイトールが慌て、そんな動揺をリタが冷めた目線で見る。

 それでは正体をバラしているのも同然だ、と。


「……驚いたな。まさかクレティカの王族が手を貸しているとは。これはクレティカからの政治介入ということか?」

「おい、親父たちはなんも関係ねぇぞ! 俺はただ友達が困ってるから助けてるだけだ!」

「……そうだな。理由はどうでもいい。お前がオフェーリア様の障害となるのならば、斬るのみだ」


 言って、グリスが大剣を振るった。

 速い!

 巨大な質量には似合わない超速の振り下ろしだ。

 グリスの丸太のような腕から、筋肉のきしむ音が聞こえた。


「ふっ!」


 エイトールは皇帝ノ魔法剣インペリアル・ユティーラで、その振り下ろしを真正面から受け止める。

 大剣と小剣。

 質量差のある武器の衝突。

 誰から見ても小剣が砕けるか吹き飛ばされて終わりだと。

 そう思われた衝突は、しかし――。


「……なに?」


 がぎゃっ!! と。

 強烈な音と火花を散らしながら、ふたりの剣が拮抗した。

 これに驚いたのはグリスとエイトールの双方。

 お互いが自分の攻撃を止められるとは思っていなかった。


(マジかよ。俺の攻撃を止めるのか……!?)


 そこでエイトールの思考が高速で動く。

 この騎士は強い。

 勝てるかどうか……勝てたとしても重傷を負うのは避けられないだろう。

 敵はこいつだけではない。

 もし重傷を負ってしまえば、誰がリタを守る?

 誰がリタを帝都まで連れていく?

 自分が怪我をするわけにはいかない。

 なら、この騎士と戦ってはいけない。

 エイトールは一瞬で判断した。


「らぁああああっ!!」

「むうっ!?」


 エイトールの渾身の回し蹴りが、グリスの鎧に突き刺さる。

 竜の一撃にも匹敵するエイトールの蹴りだ。

 それを姿勢も崩さず、僅かな後退のみで受け止めたグリスも怪物の類だろう。

 だが、エイトールにはその隙で十分だった。


「リタ、俺にしがみつけ!」

「え? は、はいっ!」


 リタの疑問は一瞬だった。

 エイトールのことを心から信じているからだ。

 リタを抱えたエイトールは全力で駆ける。

 地面をぜさせる踏み込みで、騎士団の包囲網を抜ける。

 そもそもエイトールに対抗できるのが、この場ではグリスのみ。

 しかしそのグリスも、鎧を着ていればエイトールの速度に追いつけない。

 つまり、誰もエイトールたちの逃走を止められなかった。


「だ、団長っ、リムスフィア殿下に逃げられました」

「見ればわかる」

「ど、どうしましょうか……?」


 伝令の騎士が恐る恐る声を掛ける。

 彼もまた、こんな森から皇女殿下が出てくるはずもないと油断していたひとりだからだ。

 もしかしたら怒られるかもしれないと、恐れていた伝令の騎士だが――。



「通信魔石を持ってこい。こうなった場合の対処も考えてある」

「さ、流石です、団長」

「……お前たちの油断を許したわけではないぞ。罰則を受けたくなければここから挽回しろ」

「は、はいっ!」


 慌てた伝令の騎士はすぐさま通信魔石を持ってくる。

 それを手に取ったグリスは、紫色に光る魔石に口を寄せて――。


「――グリスだ。リムスフィア殿下がそっちに向かった。予定通りに頼む」


 硬い声で、そう口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る