第18話 皇帝ノ魔法剣

 白狐を追いかけて一時間。

 複雑に入り込む森の中を脇目も振らずに進んでいくので、一向に追いつけない。

 他の魔法生物に遭遇しないのは幸運か……それとも――。


「……あの狐が、魔法生物のいないルートを選んでるのか?」

「……ぜぇ、ぜぇ……ど、どうでしょう……?」


 ふと横を向くと、リタが苦しそうに息を切らしていた。

 エイトールを救うために奔走ほんそうした後、すぐにこれだ。

 いくら同学年の少女の中で体力がある方と言っても限界があるだろう。


「リタ」

「え、ひゃっ!?」


 エイトールは問答無用にリタを抱きかかえた。

 肩を支え、膝裏に手を回した――いわゆる、お姫様抱っこだ。


「はははっ、これが天然もののお姫様抱っこってか」

「な、な、何をするのですか、エイトール!」


 顔を真っ赤にしたリタが、エイトールの胸の中で抗議の姿勢。

 しかし、そんなリタの声をゆるりとした表情で受け止めながら――。


「これくらいさせてくれよ。お前には何度も助けられたからな」

「……何度も? 私がお前を助けたのはさっきが初めてじゃ?」

「おいおい、学校で何度も助けてくれたじゃねぇか。変なやつに絡まれてるところを。嬉しかったんだぜ? こんな他国の留学生である俺を庇ってくれる人がいたってことに」

「別に友達を助けることなど当たり前です」

「ははっ、お前のそういうところが大好きだぜ!」

「なっ……そ、そんな簡単に大好きだなんて言わないでください! もうっ!」


 ぷいっと、リタは顔を背けてしまった。

 その耳は真っ赤だ。

 よくわからずエイトールは「わ、悪い……」と謝る。

 ちなみになんで謝ることになったのかは理解していない。


『きゅん!』


 少し前をいく白狐が、振り返ったまま足を止めている。

 リタには、その瞳が『なにいちゃいちゃしてんの?』と言っているような気がした。

 真っ赤になった耳がもっと赤くなる。


「おい、リタ」


 だがエイトールは、白狐の意図を正しく理解していた。

 顔を背けていたリタを呼び、目の前の光景を共有する。


「これは……なんだ? 俺にはよくわかんねぇんだが」

「……え?」


 白狐が足を止めていたのは巨大樹のふもと

 もともと巨大な植生を持つ愚森ぐりんの木々だが、これはさらに一回りデカい。

 見上げた枝のひとつひとつが他の木々の幹ほどの大きさを誇っている。


『きゅん!』


 そんな巨大樹の幹の前にて、白狐はひょこんっと耳を立てる。

 追いついたエイトールたちはその存在に気づいた。

 幹には、巨大樹の中に入るための裂け目があったことに。


「この木の中に入って欲しいのか?」

「どうしましょう……お前はどういう意見ですか?」


 リタに言われ、エイトールは少し考える。

 あまり計画性とは縁のないエイトールの思考だ。

 結論が出たのはすぐだった。


「入るべきだな。この狐が俺たちを害するつもりなら他にもっとやりようはあっただろ」

「……ですね。私も同意見です。でも気をつけてください。中になにが待っているかわかりませんから」

「おう、任せろ。リタのことは絶対に守ってやるぜ!」

「うっ……そ、そういうことではないのですが……」


 ぶつぶつと小さく何かを呟くリタに、エイトールが首を傾げる。

 その不思議そうな顔が憎らしい。

 このやろう、とリタは乙女心をかき乱す少年の顔を小さく睨んだ。


『きゅん!』


 足元をくるくると回る白狐。

 まるで『はやく行ってよ!』と急かしているようにも見えた。

 エイトールはリタを抱えたまま、幹の裂け目に足を進める。

 巨大樹の中は、妙な温もりに溢れる不思議な空間だった。


「……なんだこりゃ?」


 教室ほどの広さのある円状の空間。

 陽の光が届かなくともほんのりと明るいのは、そこらを飛ぶ羽虫たちのおかげ。

 ほたるに似た生態なのか、その臀部でんぶが薄緑色の光を放っている。

 そして、エイトールが疑問を浮かべたのはその空間の地面。

 そこにびっしりと書かれた巨大な魔法陣だった。


「なんでこんなところに魔法陣が……?」


 疑問の表情を浮かべるエイトールとは別に――。

 抱き抱えられたままのリタは信じられないものを見たかのように目を見開いた。


「これは、もしかして……いや、まさか……」

「知ってるのか、リタ?」

「エイトール! 降ろしてください!」

「お、おう」


 困惑しながらもエイトールはリタを地面に降ろす。

 するとリタはすぐに腰をかがめ、魔法陣に触れた。

 僅かな発光をしている魔法陣。

 おそらくまだ魔力が残っている……つまりは生きている魔法陣だ。

 魔力を持たないエイトールにはその効力がわからないが――。


「リタ、なんなんだこの魔法陣は?」

「……『皇帝ノ魔法剣インペリアル・ユティーラ』……」

「なにその格好いい名前。もっと詳しく」

「お前の少年心はどこで食いつくかわかりませんね」


 呆れながらもリタは目を輝かせたエイトールに説明する。


「第十三代イスカ皇帝バインテス=ルドル・イスカが手にしていたと言われる魔法剣の名前です。当時の帝国は酷い内乱の最中であったらしいのですが、皇帝自らがこの魔法剣を振るい、戦いを終わらせたのだとか」

「おお、皇帝が自ら戦ったのか? 無茶するなぁ」

「お前も他人ひとごとではないでしょう。クレティカの王子」


 そういえばそうだった、とエイトールは頭を掻く。


「で、その魔法剣がこの魔法陣となんの関係があるんだ?」

「バインテス帝は崩御ほうぎょされる間際まぎわ、極位の力を持つ魔法剣を帝国のどこかに封印したと言われています。帝国が破滅の危機にひんした時、時の皇帝に魔法剣が行き渡るよう、守護獣しゅごじゅうにその封印の地を守らせながら」

守護獣しゅごじゅう……?」


 ふと、ふたりは振り返る。

 そこにいたのはここまでエイトールたちを案内した白狐がいた。

 急に視線を向けられて『なぁに?』とでも言いたげに、首を傾げている。


「こりゃまだ可愛い守護獣しゅごじゅうさまだこと」

「ふふっ、本当ですね」


 たおやかに笑いながらも、すぐにリタは顔を引き締める。

 偉大なる皇帝が残してくれた遺産。

 それに導かれた意味を悟ったがために。


「ご先祖様も未来の皇帝はお前だって認めてくれたみたいだな」

「そうですね……」


 バインテス帝は魔術の才に長けた皇帝として有名。

 特に未来を観測する、星詠ほしよみの魔法を得意としていたらしい。

 自分がここに導かれたということ。

 つまりそれは帝国が滅亡の危機にひんしているということ。

 オフェーリアが皇帝になることは帝国の滅亡を意味しているということ。


「……っ!」


 ずしり、と肩に目に見えない重さが加わった。

 自分の命には、帝国に住む人々の命がかかっているとわかってしまったから。

 不意に汗が噴き出て、呼吸が荒くなる。

 緊張で足が石のように動かなくなってしまう。

 でも――。


「リタ、大丈夫だ」


 その肩に、エイトールの手が乗る。


「俺がいる。ひとりで背負うのが怖かったら、俺も一緒に背負ってやるから」

「……お前はこの国の人間ではないのですよ?」

「やり方はいくらでもあるだろ。俺がクレティカの大使たいしになるとか」

「宝石職人になるという夢はどうするんですか?」

「じゃあ、宝石職人兼大使ってことで」

「……お前は欲張りですね」


 ふふっ、とリタは笑う。

 不思議だ。

 ただエイトールにれられているだけで、こんなにも肩が軽くなる。

 心の奥から勇気が湧いてくる。

 リタは微笑みながら、魔法陣の中心へと歩いた。

 そこで地面に手を押し当て、魔力を込める。

 リタの持つ、帝国皇族の魔力をだ。


「わっ!?」

「おっ!」


 カッ! と強烈な光が弾け、驚きの声があがる。

 網膜もうまくが盛大に焼かれ、その回復に数秒の時を要し――。

 やがて視力を回復させると、リタの手には一振りの剣が握られていた。


「これが、『皇帝ノ魔法剣インペリアル・ユティーラ』」


 偉大なる皇帝より、時を超えて授けられた魔法のつるぎ

 その重みに――だがリタは、決して潰されることなどない。

 だって、この剣を一緒に支えてくれる友達がすぐ隣にいるのだから。

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