第20話 外伝~友人Aは空気を読む④~

(私は!! なんて軽率な決断をしてしまったのだ……)


と、真壁が後悔の念を抱いていたのと同時刻。


(俺は……なんて軽率な提案をしてしまったんだ……)


と、打ちひしがれる人物が居た。彼は、今。真壁の向かいの席にて教材を広げ、共にテスト勉強に打ち込む空井英樹であった。

ことの発端は、約一時間前に遡る。


「えっ? ヒナちゃんと今日からテス勉することになったの?」


旭に告げられた報告に、空井は心から嬉しそうな声を出した。


「良かったじゃん! ヒナちゃんと一緒に居る時間が出来て!」

「そう、だけど……」


空井の反応とは違い、一番嬉しいであろうはずの旭の表情は何故か浮かない。


「どうしたんだ? なんか、問題でもあんの?」

「あ……その……」


旭は少し顔を俯かせて。


「緊張して……ヤバい……」


と、告げた。


「……陽太」


旭の言葉に、空井が静かに口を開く。


「俺、お前ってカッコイイ奴だと思ってたんだけど……本当は可愛い奴なんだな」


空井に告げられた台詞に、旭は不思議そうに首を傾げるのであった。

そんなこんなで、日向との勉強に今から緊張しているという旭のために。空井は、途中まで一緒に付いて行くこととなったのだ。


(俺はいつから、陽太の保護者になったんだろうな)


空井は心の中でこっそり笑いながら、そう思った。


「ヤッホー! ヒナちゃん、真壁ちゃん!」


そして、日向と真壁が居る教室へとやって来た空井と旭は二人と合流。


「空井も一緒に勉強すんの?」


という、日向の質問に。


「あっ、俺は陽太とヒナちゃんとあんまし授業被ってないから。ただ、途中まで引っ付いて来ただけ」


二人っきりになれるチャンスを邪魔したくない、と。上手くかわせそうな文句を選出して告げる。


「別に気にしねーで一緒にやってけば良いじゃん。真壁も居るし」

「真壁ちゃんも、陽太とヒナちゃんとテス勉すんの?」

「いや……私、旭君と全然授業被ってないから良いって言ってるんだけど……」


真壁も、旭と日向に同行するのか……さり気なく探りを入れてみると、彼女自身は乗り気ではない様子。その事に、違和感を抱きつつも。空井は友人の為に。


「あっ、じゃあさ! 真壁ちゃんは、俺と勉強する?」


そう提案をしたのだ。

すると、予想よりもあっさり真壁は空井の提案を了承。思惑通り、旭と日向を二人っきりにすることに成功する。

……だが、空井は誰か他人と勉強をするというのを旭としかしたことが無く。ましてや、女子と二人っきりという状況下に妹以外と置かれるのは生まれて初めてで。正直、口から内臓が流出しそうな程の気まずさと緊張を感じていた。


(どうしよう……女子と勉強って、どうやんだ!? 里央菜りおな(妹)と同じ感じで良いのか……いや、アレ? アイツに教えた時って、どんな感じだったっけ!?)


表面的には涼しい顔を心掛けながらも、空井は内心パニックであった。


(真壁ちゃん……俺なんかと一緒に勉強なんて、もう嫌になってんじゃないかな……)


空井は真壁に気づかれないように、こっそり彼女を盗み見る。


(なんか、ヒナちゃんと一緒に居る時より明らかに暗い気がする!! そういや、真壁ちゃん男子苦手だもんな!! どうしよう……話し掛ける? いや!! そっちのがキモイって思われるんじゃ……)


再び真壁に視線を向け、彼女の観察を再開する空井。真壁は彼の方へと全く見向きもせずに、首が固定されているかのように教材を見つめていた。


(あっ、けど……もしかして、分からない所がある……とか? いや、ただ単に俺と目を合わせたくないだけじゃ……でも、もしかしたら……)


空井は暫く、真壁について様々な可能性を見出し。考え、悩みまくった。

目の前にある教材の内容を頭に叩き込むよりも、今一緒に居る真壁に話しかけるかどうかに思考を費やし。暫く思い悩んでから、意を決して。


「真壁ちゃん、なんか分かんないトコでもあった?」


そう尋ねた。

最大の目的は、旭と日向を二人っきりにさせて距離を縮めて貰うことではあるが。空井が「一緒にテスト勉強をしよう」と誘っておいて、貴重な時間を真壁に無駄で苦痛な一時として浪費させてしまうのは心苦しかったのだ。

すると、真壁から教材についての質問が返ってきて。空井はとても安堵した。


(良かった……あからさまに拒否とかされなくて)


安心しながら、真壁に解説をすると。


「えっ、空井君の説明……メッチャ分かりやす」


控え目ながらも、喜ばしい反応をされる。

空井はその言葉を素直に嬉しいと思った。先日、一緒に喫茶店へ行った際も警戒心をずっと解いてくれなかった真壁から、真っ直ぐに褒められ。じんわりと温かい光が、胸に広がるような感じがしたのだ。


(里央菜、赤点スレスレだったお前の勉強見てたお陰だ……ありがとう!)


空井はとりあえず、心の中で妹に感謝した。


「あっ、じゃあ、あの……こっちの部分なんだけど――」


続けて質問をしてきた真壁の手元を覗き込む空井であったが、彼女の言葉が途切れたことで顔を上げる。

見ると、真壁は教材から別の方へ視線を釘付けにしていた。視線の先は、少し離れた場所で勉強に打ち込む旭と日向。


(真壁ちゃん、二人のこと気になってる?)


近距離で顔を寄せ合う旭と日向に、胸の鼓動を速めつつ。真壁と同じように、彼らを観察していると。日向の視線が下に向いた瞬間、旭の表情が綻んだ。


(陽太のやつ、本当に分かりやすいよな……)


穏やかな気持ちで、自分も微かに笑みを浮かべながら。友人の片想いを応援する気持ちをまた新たに高める空井。

そして、先に二人に気が付いて観察をしていた真壁は。今のを見てどういう思いを抱いたのだろうか……と、彼女を盗み見た。

真壁は、先程目撃した旭よりも。そして、思わず表情を緩ませてしまった空井よりも。嬉しそうな笑みを浮かべていたのだ。

正直、空井は困惑してしまった。


(えっ? なんで、そんな嬉しそうなの? あっ、陽太のレア笑顔ショット見れたからとか?)


しかし、それならば。日向の提案を素直に飲んで、至近距離で旭の傍に居ようとするのが普通の女子である。

以前のテスト前の際に、実際に旭狙いの女子達が半ば強引に旭に勉強を教えて貰おうとしたことがあったのだが。それが別の旭狙いの女子達に露見、その場で邪魔をしようとしている内に醜く激しい口論となり。空井が何とか、とりなした事件も起こったくらいなのである。

それ以降、女子達の間で取り決めでも出来たのか。旭に「勉強を教えて貰えないか」と、請う者は居なくなった。

彼女達とは違い、真壁は意中の男子は遠くから眺めているだけで満足するタイプとかなのであろうか?

……いや、喫茶店に居る時の真壁の様子を思い起こす限り。彼女は旭に対して、そういう想いを抱いている感じではなかった。

旭といつも一緒に居る空井は、様々な旭狙いの女子を見てきた。

徒党を組む女子グループの中で、リーダー格の女子はあからさまに旭へのアプローチをするのだが。その後ろに控えている女子も、旭に対して全く興味が無い訳では無く。ただ、グループ内での自身の立ち位置や調和等色々な理由を考慮して。表立って旭に接近しないようにしているだけで、視線だけでは熱烈なハートを送っているのに空井は何となく気が付いていた。


(今日、旭とヒナちゃんと一緒に勉強するのを。真壁ちゃんは避けようとしてた……友人のヒナちゃんが居るなら断る理由も無い。なら、男子が苦手って言ってたから陽太が居るのが嫌だったのか? いや、それなら俺と勉強なんて絶対するはずが無い……)


何故、真壁が空井の誘いを了承したのか……空井は、当初から微かに抱いていた疑問に向き合い始めることにした。


(男子が苦手な真壁ちゃんが、俺の提案を飲んだ理由。そうしなければいけなかったから? でも、なんで? そうしなければ、ヒナちゃんの誘いに乗らないといけない状況だったから……)


空井は、心の中で「まさか……」と呟く。


(真壁ちゃんは、俺と同じで。旭とヒナちゃんを、二人っきりにしたかった……?)


けど、なんで? 真壁ちゃんに何のメリットがあって? そう思った刹那、先程。旭の笑みを見て、嬉しそうに顔を緩ませていた真壁を思い出す。


(もしかして、真壁ちゃん……旭の気持ち――)


一つの可能性に辿り着いたその時、真壁の表情が変化する。

恐らく、我に返ったのだろう……推測した空井は、慌てて顔をノートへ移し。意味の無い言葉をノートに連ね始める。


「あっ、真壁ちゃんどうかした? また分かんないトコあった?」


真壁が自分を見たのに際し、空井は何も気が付いていない道化を振舞った。

彼が先程見出したのは、あくまでも可能性である。不確定で、空井と旭に都合の良い考え方の状況証拠を真壁に突き付ける気には到底なれなかったのだ。


「あっ、えっと……こっ、ココなんだけど」


なので、今はただ。空井は自分に出来ることをしよう……と、そう思うに留まったのであった。



  ***



翌日――。


(今日は真壁ちゃん、バイト入ってるって言ってたな)


思いの外、昨日の勉強会で真壁からの信用を獲得出来たらしい空井は。後日、また勉強を見て欲しいと彼女との約束を取り付けることに相成ったのだ。

自分には不慣れな女子との約束に、内心居心地の悪さを感じつつ。純粋に頼られることに嬉しさも抱いていた。


(陽太は、きっとヒナちゃんと自習室だよな)


大学内の廊下を歩きながら空井は思った。

本日、最後の授業は旭と被っていなかったので。空井はスマホで一言メッセージを送って、先に帰ろうかと考えていた。

けれど、少し二人のことが気になったので。軽く覗いてみてから帰路につこうかと思い直す。

自習室のある教室を目指し、歩みを進めて行く空井。T字に広がった角を曲がろうとした時、聞き覚えのある声が耳に入った。


「――きなんだろ」


それは、廊下の隅に小さく設置された自販機のある一角から聞こえてきた。


「好きなんだろ……真壁のこと」


聞き覚えのある友人、旭の声に。空井は壁に身を寄せて、彼の姿を探した。

旭は、空井が曲がろうとした角の反対側におり。壁に手を付いて、日向を捕らえていたのだ。

突然、目に飛び込んできた過激な状況に。空井は息を飲み、一切の音を立てぬようにしながら二人の様子を窺った。


「なんで……そんな事、言うんだ?」


旭の質問に対し、日向が尋ねる。


「昨日……ずっと、真壁のこと気にしてた」

「アレは、真壁が男子苦手だからちょっと心配で――」

「心配するってことはっ」


日向の言葉を、旭が少し荒い語気で遮り。


「好き……なんだろ」


苦しそうに、声を絞り出す。

日向との関係を踏み込むことを恐れていた旭が、突然。彼にあんな事を聞くなんて……空井は、旭の中で耐えられない嫉妬心が爆発したのだろうと察しをつけた。


「……好きじゃねーよ」


すると、日向の声が聞こえてくる。


「好きじゃない」


空井の位置からは、日向の表情を確認することは出来ない。


「好き、だったんだ……」


けれど、その声に。悲しみと苦しみの色が滲んでいるのを感じ取るのは、とても容易なことであった。

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