第21話 外伝~ひまわりの眼差し①~

旭陽太は、傍にあった自販機で飲み物を二本購入し。円柱の周りにある座席スペースに座る日向葵へと、冷たいミルクティーを差し出した。


「サンキュ、旭!」

「ああ」


旭は日向の隣に腰を下ろしながら、自身の無糖缶コーヒーのプルタブを上げる。


「……俺と真壁、高校からの付き合いでさ。三年間、クラス一緒だったんだ」


日向の話にしっかりと耳を傾けながら、旭は複雑な気持ちになりつつも。表情には出さなかった。


「まあ、最初は全然関わりなかったんだけどさ。夏休み前かな……丁度、今くらいの時期だったかも――」


そして日向は、自分と真壁との出会いを語り始める。

そう、これは――日向が恋をして。失恋するお話。



  ***



三年前、初夏。

制服は長袖から半袖へと切り替わり、外を少し歩くだけで太陽から降り注ぐ熱が汗を滲ませ始めていた。


「日向、日向! お前さ、真壁ってどう思う?」


教室の窓辺にて、微かに吹き込む風で数人の友人達と涼んでいた日向は。友人の一人に、そう尋ねられる。


「真壁? ……ああ、いっつも何か本読んでるアイツか」


日向は真壁の名前を出されても、すぐに顔を思い浮かべることが出来なかった。彼女は、それほどにクラスで目立つ存在ではなかったのだ。


「どうって言われても……話したことねーし、全然知らねーし……」

「眼鏡だけど、結構イケてね?」


日向は真壁へと視線を向ける。

彼女は一番後ろ、真ん中の列の席にて一人静かに包装紙のカバーを付けた本を開いていた。


「アレは眼鏡取って、髪とか上げたら割と可愛いと思うんだよな~」

「ふーん……」


あまり興味が持てず、日向は曖昧な返事をする。


「それにさ、あーゆータイプって。押したら簡単に付き合えそうじゃね?」


クラスメイトの言葉に、日向は違和感を覚え。微かに片眉を上げた。


久坂部くさかべさ、ついこの前まで。瑞野みずのの話しかしてなかったよな……」


そう今、真壁の話をしている久坂部は。つい最近まで、クラスで目立つ容姿の瑞野に目をつけていたのだ。


「アレ? 日向知らねーの?」


すると、下敷きで自身を扇いでいた別の男子が楽しそうな声を出す。


「瑞野、男出来たらしくてさ。コイツ、告ってもいねーのにフラれたんだよ!」

「おい、デカい声で言うなよ!!」


クラスメイトの説明に、日向は「ああ、そういう事か……」と納得した。


「そんで、次に狙うのが。地味で目立たなくて、簡単に行けそうな真壁ってワケだよ」

「最悪な言い方すんじゃねーよ!」


友人の言葉に、久坂部は続けて。


「そうじゃなくて! 体育の時、真壁。汗拭くために、眼鏡取ってるのたまたま見てさ~。アリだと思った!」


と、拳を握って言った。

その言葉に、男子達は全員。呆れたように息を吐き出す。


「軽い理由だな……」

「お前、彼女欲し過ぎて必死だよな……」

「久坂部玉砕に、俺一万!」

「俺もー!」

「俺も玉砕に千円!」

「いや、全員賭けたら賭け成立しねーじゃん!」


笑い合い、ふざけ合う友人達に。


「ひでーぞお前ら!!」


と、久坂部は言うのであった。


「久坂部はさ……スゲー簡単に人を好きになるよな」


ふと日向が呟く。


「日向、お前って案外乙女チックなんだな」


すると、男子の一人が言う。


「なっ!? 乙女チック……」


その言葉に、日向は目を剥いた。


「好きになって付き合うって、そうそうねーよ?」

「コイツだって、今の彼女。何となく成り行きで付き合い始めたんだぜ」

「まあ、成り行きっていうか流れな」

「いや、一緒だろ」


再び軽口を叩き始める友人達。


「まあ、けどさ。今時、恋愛して付き合うとかって。漫画とかドラマの世界だって」

「久坂部くらいの感じが普通だぜ?」


日向は内心、不服な思いを抱きつつ。


「ふーん、そうなのか……」


と、返答するにとどまった。



  ***



恋愛して、それから恋人になるのは。今では、おとぎ話なのか……。

そんな事を思いながら、日向は放課後。本屋へとやって来ていた。


(兄貴に頼まれた週刊誌と、あとなんか漫画ちょろっと見てくかな……)


日向は本屋の入口を潜り、店頭付近に置いてある漫画雑誌を手に取ってから。漫画コーナーへと歩みを向けた。

その際に、周囲に知り合いが居ないかを確認する。そこで、日向は見知っている人物を発見してしまう。


(アレって……真壁?)


真壁は、壁沿いの本棚の前に立っていたのだ。


(何見てるんだろう……)


この本屋には良く来るのだが、日向は真壁が居る本棚に何が陳列されているのかは知らなかった。

目を凝らし、表紙が見えるように置かれた本のタイトルを見る。


『俺専属のケダモノ君』


というタイトルに、半裸の男性が同じく半裸の男性を背後から抱き締めるイラストが描かれていたのだ。


(ここは……男子の禁足地、薔薇の園BLコーナーか!!)


日向は赤面しながら、混乱する脳内で自分の今居る場所を把握しつつ。真壁へと再び目を向けた。

彼女は、二冊程の冊子を手に取り。ニヤニヤと口元も目元も緩ませていたのだ。


(腐女子だァー!!)


偶然に知ってしまったクラスメイト女子の衝撃的秘密。

驚愕困惑しつつも、日向はこれから彼女――真壁万里まりと深く関わり、自分の知らなかった未知の世界へといざなわれていくことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る