第5話 新緑

 桜の季節も過ぎ、街路樹には若葉が繁った。

 赤信号で自転車のブレーキを掛け、薄い空気の流れる朝の空を見上げる。町を囲んでいる山並みも濃淡鮮やかな萌葱色に染まり、どことなく白灰色にくすむ町の最奥にありながら、手を伸ばせば触れられそうなほど近くに感じた。

 歩行者信号が赤から青に変わり、青信号は若葉に溶け込んだ。ペダルに足を掛け、心地よい重さを感じながら縞模様の横断歩道を渡る。柔らかな風が体に当たった。

 朝日が輝き、撓んだ電線の影がくっきりとアスファルトに映っていた。

 何もかもビビットで眩しい。繁華街の店先に立つのぼり旗やコンビニの看板、せわしく往来する車、道路標識。見慣れた風景なのに新鮮に感じる。キャンバスがあったらきっといい油絵が描けるだろう。

 上着を着てきてしまったけれど、こんなに晴れてないるならいらなかったかもしれない。体の芯から暑さが吹き出してくる。

 存在感のなかった鼓動が少しずつ生き生きし始めた。

 せっかく春になったのだから明るい色のシャツでも着たい。軽やかに裾をはためかせながら知らない町へも行ける気がする。

 湧き上がる冒険心で自転車を漕ぐ。特別な所へ行くわけではないけれど、何か新しいものを掴めそうで胸が踊る。

 若葉を纏った街路樹のトンネルをぐんぐん潜り抜けていく。

 こんな気持ちはどれくらいぶりだろう。感動なんて二度としないと思っていたのに。

 息が弾む。耳の中でしゅわしゅわと泡の弾ける音がする。

 町中サイダーの海に浸かったようにきらきらしている。

 こんなに綺麗な海の中なら息ができなくたって構わない。

 心が綺麗でいられるうちに、行けるところまでペダルを漕いでいく。

 宝石のような新緑の下で。

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