第4話 そらなき

 夏の終わりのほんの数日間だけ、薄雲の這う群青色の宵の空が鳴くのだという。それはどういうことなのかと訊ねると、どういうことも何も、空が鳴くんだ、鳴き声を上げるんだと言う。

 この町に越してきて四ヶ月。仲のいい友人もできた。夏休みの間、彼と一緒に自転車を走らせてコンビニや本屋へ行ったり、塾へ通ったりした。

 盆が来るまでは確かに長かったはずの夕暮れの陽も、盆を過ぎると急に何かの境界線を越したように短くなった。時間を問わず暑かった空気も、夜になると涼しく感じた。ああ、本当に秋になるのだな、と思いながら、星の出た群青色の空を見上げた。西の方には黄色の光が残っていて、薄雲の向こうに輝いていた。

 塾帰りにコンビニに寄ってコーラを呷るのが僕らの息抜きだった。店の脇に止めた自転車に、スタンドを下ろしたまま跨り、ペットボトルの蓋を開け、二人でコーラを飲む。

 地元民の友人は時々この店先で知り合いに会い、軽く言葉を交わしたりしたが、引っ越してきたばかりの僕にはまだそんなに多くの知り合いはいない。

 今日も友人と仲良くしている学校の後輩が通り掛かったので、友人はその後輩と五分ほど話し込んでいた。僕は自転車のハンドルに凭れながらコーラを啜り、東の空にくっきりと浮かぶ星々の光を見ていた。

 その時だった。どこからともなく、風の唸るような、伸びのある低い音が、群青色の空気の中を流れていった。

 何だろう、と思って背筋と首を伸ばし、遠くを眺めたが、辺りには鳥の影一つないし、風も吹いていない。耳の奥で、語り掛けるように、音が流れていく。動物の遠吠えのようにも聞こえるし、チューバの音にも聞こえる。

 耳を澄ませていると、いつの間にか友人は後輩と別れ、空を仰ぎ見ながら、「ああ、そらなきだ」と呟いた。

「これがそらなきだよ。空が鳴いてるんだ」

 なぜ鳴くんだろうと訊ねると、友人は笑いながら首を捻った。

「さぁ、何でだろうね。僕にも分からないよ」

 僕らはコーラを飲み終えて自転車のスタンドを上げた。

「もう夏休みも終わりだね。寂しいな」

 友人が独り言のように呟いた。

 空はすぐに鳴くのを止めた。

 僕らはペダルを漕いで、群青色の星空の下を走った。

 夏が遠ざかっていくのを、風の中に感じた。

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